5月31日(月)


 午前9時。原宿駅。
 昨日漫画原作者のあかねこかサンに、ストレス解消のために、海を見るといいと
言われたので、嫁とでかける。
 品川駅から、横須賀線に乗る。
 いつも電車のなかはぶっ通しで仕事をするんだけど、きょうは家に仕事の道具を
置いて来た。
 のんびり車窓からながめる景色を楽しむ。

 午前10時30分。北鎌倉駅。
 この北鎌倉駅構内に、日本一美味しい、おいなりさん(いなり寿司)のお店があ
るので、やって来た。
 10年ぶりかなあ。
「光泉(こうせん)」というお店。
 ところが、お店のなかで食べることができなくて、テイク・アウト専門になって
しまっていた。
 でもどうしても食べたいので、とりあえず2人前のいなり寿司を買う。あとから
来た人が「4人前ください」と言ったら、「4人前はない」と言われていた。
 このお店のおいなりさんは、ほとんど午前中で売り切れてしまうのだ。

 午前11時。どこか座って食べられるところはないかと探す。やっぱりお寺の境
内だろう。
 東慶寺があった。別名・縁切り寺と呼ばれる有名なお寺だ。
 入場料を整美料と呼んでいた。
 整美料100円を払って、わざわざおいなりさんを食べるのも妙なもんだ。
 境内は、まだ紫陽花(あじさい)の季節には早いけど、薄緑色の紫陽花がけっこ
うきれいだ。
   ホーホケキョ! ホトトギスも鳴いている。  あ〜、たしかになんだかストレスが薄れて行くような気がする。 「行く春や 鳥啼き魚の 目は涙」  芭蕉の句である。  私はすでにちょっと歩いただけで、魚の目が痛い。  魚の目に涙である。ちょっと決まったかな?  東慶寺のなかのお墓の側の階段に腰を降ろして、日本一のおいなりさんの包みを 開く。  おお、なつかしい! 白ゴマが乗った、おいなりさんだ。  なつかしゅうございました。  もぐもぐ。もぐもぐ。ん? ん?  どうも味が違うなあ。甘味が薄い。しょっぱさが混じっている。  またしても、私の舌は口奢りで、レベルアップしてしまったということかあ?  味のほうが落ちたんじゃないのかなあ。  テイクアウト専門にしたんで、お客さんの反応を見ることができなくなってない かな。  う〜む。これでは長いこと守り続けていた、おになりさんの部・第1位を、四谷 の志乃田寿司に譲らないといけないような気がするなあ。横浜の大量生産型・泉平 とどっこいどっこいだぞ。  味の道は難しいのー。  食後、東慶寺階段下の喫茶店「吉野」でコーヒー。  大正浪漫の香りがする喫茶店と思ったら、お店の人まで大正生まれっぽかった。    鎌倉に向かって歩く。  途中、ビーフシチューの看板が目に入る。  日本家屋で、ビーフシチュー。そそる佇まいだ。  お店の名前も「××庵」と洒落ている。  お腹がいっぱいなのだが、無理して入る。  いきなり曲がりくねった石段を登り切ると、玄関に大きな花瓶に大きなゆりの花。  こういう門構えは期待できるぞ。  しかし戸を開けて、がっくり。  困ったな。海の家みたいだ。  こういうところの味は、だいたい予想がつく。  ライバルは、レトルトだ。  ビーフシチューを単品でひとつだけ頼む。  早くも退却態勢に入っている。  来た。ははは。予想通り、ビーフシチューの味も、押してシルベスタ・スタローン ってやつで、はい、さよならと後にする。    午後12時30分。急な石段のあるお寺に出くわす。 「円応寺(えんのうじ)」とある。  ここが、円応寺か!  名前だけは知ってるのである。  私は『桃太郎伝説』の作者だから。  重要文化財のえんま大王座像がある、円応寺である。  鬼関係の本はほとんど読んでいるので、この寺の存在は知っていたのだが、ここに 来たことがなかった。  これは偶然いいところに来てしまったものだ。  石段はきつかったが、登る。  何度も写真集で見た、閻魔、脱衣婆(だつえば)、冥界十王などの像を見ることが できた。 「三途の川」が、実は、亡者を渡す場所が3カ所あったから、「三途の川」と言われ たとううことを初めて知った。  これはますます『桃太郎伝説』のラスト・ダンジョンを作りなおさないといけない なあと思った。  午後1時。切り通しを抜けて、いよいよ小町通りへ。  本当によく歩くようになったもんだと、我ながら感心する。  最近話題の「いも吉館」で、むらさきソフトを食べる。  さつまいものソフトクリームだけど、どこのよりもさつまいもの味がしてよい。人 気があるわけだ。  さつまいもは、グルメ・バカ娘の大好物だから、芋製品を何品か買う。「わお!」 な食べ物だそうだ、娘にとっては。  それにしても、月曜日だというのに、人の多い通りだ。  修学旅行生がやたらと多い。  意外とみんなお行儀がいい。  午後1時30分。鎌倉駅に着く。  やっぱりこのまま帰るのも何なので、江の電に乗る。
   私は江の電が大好きで、10年ぐらい前、江ノ島に合宿所を借りていたほどだ。  わけもなく毎日乗っていた。  とにかく緑の濃い車体が、なんともいえずかわいい。  きょうの運転手も、顔が『こち亀』の両津勘吉さんみたいなのが、いかにも江の 電でいい。  軒先をかすめながら、とろとろ江の電は走る。  七里ヶ浜にさしかかるあたりから、パッと海が広がる、あの瞬間が何とも言えず いいのだ。  海が好きだから。
   午後2時。江ノ島駅。  ひさしぶりの江ノ島駅は、駅を出てすぐのところに、江の電グッズ屋ができていた。  江の電と言えば、えのサン、榎本45歳の連想なので、えのクンに江の電ライター を買っていく。  借りていたマンションがある海岸通りを歩く。  ちっとも変わらない景色だ。  おしゃれなお店より、ひもの屋さんとか、射的屋さんのほうが目立ってしまう。  江ノ島海岸に出る。  潮の匂いがそんなに強くなく、日焼け用のココナッツオイルの匂いがする。  でも水着姿の人は、10人ちょっとぐらいしかいない。  ほどよいまばらな人数なだけに、とても気持ちがいい。  天気は眩しすぎる一歩手前の晴れ具合で、最高。  風も強からず、そこそこあって、眠くなる。
   しばらく、ぼーっと海を見る。  やっぱり海が好きだなあ。  また江ノ島に住もうかなあ。  PCエンジン版『桃太郎伝説2』はこの江ノ島で生まれた。  そのうち顔がパリパリしてくる。  この感覚がいい。  ストレスがひゅ〜〜〜っと抜けていく。  休まないとな〜〜〜。  午後3時。小田急江ノ島駅。  ロマンスカーがちょうど無い時間帯なので、急行に乗る。  乗ってすぐ、眠る。  はっ!と、目が覚めたら、まだ相模大野駅だ。  そうだ、小田急線はこれがあったんだ。  江ノ島から新宿まで、わずか1時間10分なんだけど、東京b京都間の2時間10 分より長く感じるのだ。  たぶん昼間でも混雑するせいだろうなあ。  座席に座れても、必ず前に人が立つから、圧迫感がある。  その調子でずっとだから、疲れるのだろう。  以前、江ノ島を借りていた時も、最後はこの小田急線がイヤになって、やめてしま ったことを思い出した。  だいたいロマンスカーと急行の新宿までの所要時間がおなじというのが許せないよ なあ。  ロマンスカーと銘打つんだから、30分ぐらいで着いてくれないとねえ!  午後4時。思いつきで代々木上原駅で降りる。  町をちょっと散策しようと思ったが、駅前の本屋さんい入ったら、またたくまに嫁 とふたりで、20冊近くの本を買ってしまい、身動きが取れなくなる。  実は代々木上原から原宿というのは、とても近いので、大きな通りに出て、タクシ ーで自宅へ。  午後4時30分。帰宅。  陽に焼けた身体をぼ〜〜んと、ベッドに投げ出す心地よさ!  ああ、気持ちいい〜〜〜!  午後5時。イラストレーターの高内優向(たかうち・ゆうが)さんが来る。 『さくま式人生ゲーム2(仮)』の打ち合わせ。  完成原稿を持って来た。  悪くはないのだが、緊張のせいか、ペンタッチがおどおどしてるので、描き直すこ とに。  土居ちゃん(土居孝幸)と、かすやたかひろのイラストを見て、高内優向さんが自 分から描き直しを言い出す。いいことだ。 『さくま式人生ゲーム2(仮)』の松坂投手なんだから、のびのび描いてくれなきゃ だったので、快諾。  フィギュアカードのほうの絵は、さすが得意ジャンルなので、申し分ない。  午後7時。グルメ・バカ娘が学校から帰って来たので、高内優向さんもいっしょに 四谷のカレー屋さん「オーベルジーヌ」に行く。  甘口カレーが美味しいお店だ。  グルメ・バカ娘は、ジャガイモがおまけでつくので、このお店に対する評価は高い。  グルメ・バカ娘は、イモに弱い。  午後8時30分。帰宅。  夜、鍼灸師の弓削くんに来てもらう。  朝起きたとに、背骨の左側の部分がいつものように痛かったのだが、こりが取れて いるという。  早くも海に行った効果が出ているそうだ。  いつものように2時間たっぷりマッサージしてもらって、録画しておいた『Hey! Hey! Hey!』を見ながら、寝てしまう。  ぐっすり。  朝起きたら、背骨が痛くない。  休まないとねえ。


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