12月3日(水) 昨日のエアコンの故障は、フィルターがつまっていたからなんだって。 とくに私の部屋がひどかったらしい。 私の部屋のフィルターは、いちばんまめに洗ってたはずなのになあ…。 いずれにしても、京都のマンションは、12年目なので、あちこち手 入れしないといけない。来年だな。 午前7時。きょうから『桃太郎電鉄CHU-SHIKOKU』のための取材旅行に でかける山口県について、インターネットで調べる。 午前11時。嫁と、京都駅へ。 伊勢丹地下2階で「はつだ」の特選和牛弁当を買う。 午後11時29分。京都駅から東海道新幹線N700系15号博多行き に乗車。「はつだ」の特選和牛弁当を食べる。
う〜〜〜ん。この焦げた感じの香ばしい臭いが独特だ。 梅風味のしば漬けもうまい。 お肉の下に敷かれたキャベツのシャキシャキ感が、お肉の脂っこさを和 らげてくれる。 伊勢丹で売っているので、「はつだ」の特選和牛弁当は、駅弁ではない のかもしれないけれど、私のなかではNO.1駅弁だ。
車中、『世に棲む日日』(司馬遼太郎・文春文庫)を読む。 最終巻の4巻だ。 この4巻を読み終えてから、きょうの取材旅行に入りたかったんだけど 見ての通り何かと忙しい。 いや。忙しいということは軽はずみにつかってはいけないと、先輩方か ら教えられている。 午後2時37分。新山口駅で降りて、在来線に乗り換える。 山口線、山陽本線、宇部線…。 意外と在来線の本数が多く、ホームも8本もある。 乗り換える電車は、いちばん奥のほうだ。 午後2時58分。黄色い電車がやって来た。
このまますぐ折り返して、山口に向かって、発車する。 車掌室の前に、料金箱があって、まるで路面電車のようだ。 不思議と思わなければ、不思議ではないが、気にすると妙に気になる。 午後3時17分。この電車は急行らしい。 ひとつめの湯田温泉駅で、下車。
コートがいらないくらい暖かい。 朝は雨が降っていたそうだ。 またかい! もう晴れ男伝説はいいよ! 駅前には、巨大な白いキツネのモニュメントが建っている。
湯田温泉は、白いキツネが毎晩池に浸かっているのを見て、お寺のお 師匠さんが池を掘ったら温泉が湧き出たことから、この町は白いキツネ を大切にしているそうだ。 きょうの宿泊先まで、タクシーで行くには近すぎるので、以前も一度行 ったことがある「中原中也記念館」まで歩くことにする。
しかし、案内板がなく、道行く人に場所を尋ねると、ずいぶんと通り過 ぎてしまったようだ。 午後3時。「松田屋ホテル」にチェックイン。 この旅館は、前から絶対一度は泊まりたいとおもっていた。 やっと念願が叶ったよ。
このホテルは、由緒ある老舗旅館なんてぇもんじゃない。 よく地方に行くと、中尾彬さんが来た宿とか、松方弘樹さんがよく訪れ るホテルといったことを売り文句にしている旅館は多い。 この「松田屋ホテル」の場合、一番の常連客が、高杉晋作! あの明治維新の風雲児・高杉晋作だ! 高杉晋作だけじゃないよ、あの明治維新オールスターズが倒幕の密議 のために、ここに泊まっているのだ。 この話の続きは、もう少し後で。 きょうの日記はこの話題だけで終わってしまいそうなすごいホテルな ので、このホテルの話は、後ほどまとめて話す。 まずはこの庭だけでも、見てよ。 すごいでしょう!
樹齢100年を越えるような松に、滝! 回遊式の庭園の池には、鯉が悠然と泳ぐ。 その鯉が、でかいのなんの! お相撲さんのふくらはぎぐらいの大きさの鯉が、20匹以上あっちで ゆったり、こっちでまったり、余裕の泳ぎを見せているんだよ。
もう少し、私が日本庭園の知識が豊富なら、あれこれ解説できるんだ けど、ただただ「すごい!」という言葉しか浮かばない。 午後3時30分。「松田屋ホテル」のほぼ真ん前にある中原中也記念 館へ。
私は、2001年6月22日にも来ている。 でも、わずか7年の歳月で、あのときの印象がガラッと変わってしま ったのだから人の気持ちはおもしろい。 私は若い頃、作詞家をめざしていたから、宮沢賢治、佐藤春夫、中原 中也といった人たちの本をむさぼるように読んだ。 あの頃は青雲の志がかなり消えうせたとはいえ、わずかながら青春時 代の気持ちを残したまま、2001年に訪れた。 だから、あこがれの地を訪れた気持ちでいっぱいだった。 要するにミーハー度のほうが高かったわけだ。 ところが、今回訪れると、かなり冷静に、中原中也の年表を読める年 齢と経験を重ねてしまった。 6歳のとき、弟を亡くしたことから、詩作を始め、18歳のとき、友 人が病没、21歳が死去、25歳で結婚、28歳で長男、死去。 この頃から精神が不安定になり、30歳で死去。 翌年、次男が死去。 この年表を読むと、悲劇の人と思うよりほかない。 でも多くの友人を罵倒した文章をたくさん残しているのを見ると、ち ょっと疑問符がふつふつと…。 さらに、自分の彼女が、文芸評論家の小林秀雄の元に走る三角関係に なり、その話題が表沙汰になっているのを知ると、どうも非常に面倒な 人だったのではないかという気持ちのほうが強くなってしまった。 「実家にナイショで、大学を中退」なんていう記述も、私が若い頃なら 喝采しただろうが、いまでは何かと面倒を起こす人のひとつのエピソー ドに過ぎなく思えてしまう。 私が歳を取ってしまったんだろうね。 建物自体、あいかわらず清潔で、きれいで、少しでも中原中也のこと を知っている人なら、非常に満足の行く作りになっている。 知らない人が見に来ても、中原中也に深い興味を持つかもしれない。 午後4時。湯田温泉の通りをいくつか歩く。 あちこちに、足湯がある。 道路のマンホールは、白いキツネをテーマにした絵がいっぱいあって デザインがそれぞれ違う。
ちょっと太り気味の白いキツネの石像もあちこちに置いてあって、こ の町はどこまで白いキツネが好きなんだというくらい白いキツネを大切 にしている。
「湯田アート・プロジェクト」というイベントも12月27日まで開催 されていて、この町を何とかしようという意気込みは感じられるのだが、 通りを一歩右や左に入ると、疲れ果てた商店街で、町の復興が急務のよ うに感じられた。
井上馨(井上聞多)の邸宅跡や、井上聞多が幕末、瀕死の重傷を負っ たときに、手術をして奇跡的に助けた名医・所郁太郎の碑があったりし て、山口県は明治維新の歴史の宝庫だけど、その扉が早くもギギギッと 開き始めた感じがする。 今回はまさに「明治維新の旅」だ。 ういろうの「豆子郎(とうしろう)」へ。
山口県出身のサクマニア・しゅあまクン推薦の生絹(すずし)豆子郎を 買う。 なるほど、これは名古屋の外郎(ういろう)とは、全然違う。 甘ったるさがなく、中途半端なもっちり感がなく、水ようかんに近い。 上品で、うまい! 実は、チェックインした「松田屋ホテル」で、最初に、御堀(みほり) 堂の外郎(ういろう)が、出たんだよ。
このときも、上品な味に驚いたけど、こっちの味にも驚いたね。 なるほど、山口では御堀堂と、豆子郎が外郎(ういろう)で、人気を 二分しているのがよくわかったよ。 甲乙つけがたいけど、私が豆子郎、嫁が御堀堂のほうが若干好き。 午後4時30分。「松田屋ホテル」に戻る。 このホテルには、1860年に作られたお風呂がある。 ペリー来航が、1853年。 大老井伊直弼の安政の大獄が、1858年。 桜田門外の変が、1860年。 そんな時代に作られたお風呂なので、このお風呂ごと、明治維新の歴 史のなかに巻き込まれていった。 多くの明治維新の英傑たちが、このお風呂に入ったため、いまでは、 「維新の湯」という名前がついている。 このお風呂に入った人たちは、高杉晋作、桂小五郎(木戸孝允)、西 郷隆盛、大久保利通、伊藤博文、大村益次郎、井上薫、坂本竜馬…。 つい1ヶ月ぐらい前に、歴史キャラ・アンケートで人気投票した人た ちばかりだよ。 この「維新の湯」に、いまも入ることが出来る。 湯船は明治維新の頃のままだそうだ。 入るでしょう。歴史好きとしては。 華麗なる歴史を汚す、いや、お風呂だけに洗い落としてしまうかもし れないけれど…。
いやあ…。歴史の重みを感じる前に、温泉の気持ちよさに筋肉が思い 切り緩んでしまったよ。 意外と湯船は深い。 まろやかで癖の少ない泉質だ。 何かあまりにも昔の英雄過ぎる人たちが入ったお風呂だけに、あまり ピンと来なかった。 ふつうにシャワーも、シャンプーもリンスもあると、西郷隆盛とかと おなじ気分にはなれないよ。 でも貴重なお風呂に入れたのは、感激。 この「松田屋ホテル」に泊まりたかったのは、もうひとつ理由がある。 あの尊敬する司馬遼太郎さんが明治維新を舞台にした小説書くために ここを定宿にして、何度も訪れているからだ。 『街道をゆく』(司馬遼太郎・朝日新聞社)にも登場している。 司馬遼太郎さんが泊まった宿に泊まれば、『桃太郎電鉄CHU-SHIKOKU』 の歴史キャラにもいっそう磨きがかかるアイデアが浮かぶような気がす るじゃないか。 館内には、高杉晋作が木に彫った文字や、西郷隆盛、桂小五郎、大久 保利通が会見した場所があったり、当時の歴史書が並ぶ部屋があって、 歴史マニアには、ディズニーランドのようだよ。
午後5時30分。お風呂から上がって、すっかり眠くなる。 仲居さんが、料理の準備に来る。 「このホテルは、創業300余年とか、330余年になるとか書かれて いますが、旅館を始めたのはいつごろからなのですか?」 「それが…、江戸時代の始めぐらいかららしいので、正しい創業の年がわ からないんですよー」 「えーーーっ! 江戸時代の始めーー!?」 「最初のうちは、名主さんがご好意で知り合いをお泊めしていたのが、次 第にいろいろな方をお泊めするようになって、旅館を始めたそうです」 時間の物差しが違いすぎる…。 仲居さんが「よく見えられたのが、高杉晋作さんで…」と、つい昨日の ことのように語のもすごい。 「ずいぶん迷惑なお客さんだったそうですよ」 「はっはっは! 司馬遼太郎さんの本に書いてある通りだったんだ! よく旅館で歌って踊って暴れたそうですね!」」 「いつ殺されるか知れないような生活をしていたからでしょうねえ」 これほど重大な歴史が、ふつうに語られる町は、京都を除いたらここ だけかもしれない。 明治維新の頃、この辺は、湯田温泉の熱い源泉よりも倒幕の気分が沸 騰していたのだろう。 だいたいからして、この部屋の壁にかかっている額の文字は、あの伊 藤博文が書いたものなんだよ。 「欣遊暢神(きんゆうちょうしん)」!
「楽しく遊んで身も心も気持ちよく癒す」っていう意味らしいけど、明 治20年、松田屋の客室棟が新しく増築されたときに、伊藤博文は初代 総理大臣としてここに来て、この文字を揮毫したそうだ。 歴史が多すぎて、頭がくらくらして来た。 午後6時。食事が出る。
下関が近いので、メイン料理は、ふぐ鍋にふぐ料理。 私が大好きな瓦そばも、ちょこっとだけ出た。
どれもおいしい。 食後、猛烈な睡魔に襲われて、うとうと…。 途中で目が覚めたものの、またうとうと…。 明治維新の夢でも見ると思ったのだが、ただひたすら熟睡。ZZZ…。
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