9月4日(木)


 午前8時45分。嫁と、博多駅へ。
 ラッシュアワーにぶつかってしまった。
 博多駅から吐き出てくる人の群れに押されて、駅に入れない。
 というか、まだ足が熱を持っているからだ。

 ふつうの人から見たら、たいした距離を歩いていないんだけど、文筆 業は毎日、ふつうの人の10分の1も歩いていないから、ちょっとでも 歩くと、もう途中棄権状態になってしまう。  午前8時53分。博多駅から、鹿児島本線経由直方行きに乗車。  車両に「福北ゆたか線」の文字が入ってる。  福北ゆたか線って何?

 JR九州の黒崎・折尾〜(直方・飯塚・桂川・篠栗経由)〜吉塚・博 多間66.6kmの愛称なのか。 「福」岡と「北」九州と筑「豊」を直通する運転系統という意味らしい。  実際、この電車に乗るにあたって、ずいぶん戸惑った。  たとえば、事前に調べた時刻表は、これだ。 10:01発 博多 ↓ [ 3分 ] JR鹿児島本線(快速) [直方行き] ↓ 吉塚 ↓ [ 28分 ] JR篠栗線(快速) [直方行き] ↓ 桂川(福岡) ↓ [ 25分 ] JR筑豊本線(快速) [直方行き] ↓ 10:58着 直方  この間、3つの路線の名前が出てくるが、乗り換える必要はなくて、 乗り入れているので、そのまま座っていればいい。  だから、愛称として、「福北ゆたか線」という名前を作ったのだろう。  地図で見ると、この「福北ゆたか線」は、ものすごい「Uの字」の形 に曲がっている。  実はこの名前、あまり定着していないようだ。  きょうは、この「福北ゆたか線」を中心に、筑豊地方を回る。  長者丸駅という縁起のよさそうな駅を過ぎると、あっという間に電車 は、田園地帯を走るようになった。

 午前9時33分。飯塚駅で、下車。

 人口13万人、福岡県第4の都市とは思えないほど、駅前は閑散とし ている。  どうも、飯塚市の中心地は、飯塚駅と新飯塚駅の間にあるようだ。

 飯塚の中心地まで、タクシーで向かうことに。  飯塚は、筑豊地方の中心地なので、炭鉱のボタ山もたくさん残ってい ると思ったら、全然ないようだ。  タクシーの運転手さんが「あそこに3つ見える山があるでしょ。あれ がボタ山やったところですよ」という。  ボタ山というのは、石炭の採掘のときに、資源として使えず廃棄する 岩石が山のように貯まった集積場のことだ。  ボタ山のなかには、高さ100mを越えるものまであったそうだ。  現在は、法規制により、ボタ山の維持管理は厳しく、地すべり等防止 法といった法律まであって、ほとんどボタ山は残っていない。  捨石(ボタ)とはいえ、たまには石炭分が強くて、自然発火したり、 子どもが遊びに来て、土砂崩れに巻き込まれるといった事故もよく起き たという。  いま見た飯塚のボタ山は、草木が生えていて、とてもきれい。  草木は自然に生えたものではなく、市が木を植えたそうだ。  木を植えることで、根が張って、地すべり防止になるからだ。  この3連のボタ山は、日本最大のボタ山だとか。  昔、九州を舞台にした映画には、必ずこのボタ山が登場した。  五木寛之さんの『青春の門』で、私も筑豊のボタ山に憧れたものだが、 やはり憧れたその足で、筑豊に向かうべきだった。  ボタ山のほうが、先に無くなってしまった。 「いつか行ってみたい」は、行かずに終わることが多い。  午前9時45分。飯塚市の中心地にある「千鳥屋本店」へ。

 飯塚は、長崎→小城→佐賀と続いた、シュガーロードがまだここまで 続いていて、千鳥饅頭、チロリアンの千鳥屋と、ひよ子の吉野堂の本店 がここにある。  それは、なるほどシュガーロードだ。  チロリアンの味を忘れかけていたので、買って食べてみる。  うん。思い出した。  何度も食べたコロンの味だよ。  お店にあった新聞記事には、チロリアンのことを、洋風巻きせんべい と書いてあったけど、物件名は、チロルクッキーのほうがいいよね。  千鳥饅頭は、丸ぼうろと、カステラをヒントに作ったそうだ。  長崎→小城→佐賀→飯塚のシュガーロードは、いまも続いている。  飯塚の商店街を歩く。  かなり大きいし、「元気のある商店街百選」にも選ばれたそうだ。

 とにかく、私は足がだるいので、だんだん感受性も鈍くなって来て いる。やっぱり旅の取材は、2泊3日が限界かな。  商店街を描写することも出来ず、ひたすら前に向かって、ふらふら 歩いているだけ。  町の人たちに、もうしわけない。

 午前10時15分。表通りの「芽崙(めろん)」に入る。

 店先に見本で置いてあったメロンパンが、でかい!  朝からチロリアン1個しか食べていないので、小腹を埋めるために、 メロンパンを1個だけ注文。

 おいしい。  メロンパンだけに、物件にしづらいけど、飯塚市の近くに住んでいる 人はぜひ食べてほしいおいしさだ。  午前11時。国道201号線を通って、田川市へ。  田川のほうが、ボタ山が多いとおもったのだが、田川にはまったくボ タ山は残っていないそうだ。  タクシーの運転手さんは、61歳で、飯塚の炭鉱に従事していたので なかなか興味深い話を聞かせてもらった。

 運転手さんに言わせると、飯塚が石炭のイメージで、田川はセメント 工場のイメージだそうだ。  その三井鉱山セメント跡地に「池のおく園」というのが出来た。

 先日来、熱海や恵比寿でばったり病している同世代の佐藤雅一さんから ここの「中村美術館」というのが素晴らしくて、和食のお店と、フラン ス料理のお店もおいしいと聞いていたので、昼食はここですることに決 めていた。  ところが、「中村美術館」に着いてみると、「本日休館」の貼り紙が。

 えっ? 水曜休みじゃなかったっけ? 「中村美術館」の前に人がいるので、嫁に聞きに行ったら、どうもその 人がオーナーのようで「お休みが、まちまちで、すみません」と、謝ら れてしまった。最近、定休日が変わったようだ。  うーーん。残念。

「中村美術館」で、日本画、洋画、陶磁器、彫刻、ガラス工芸といった 名品を見ているうちに、ちょうどほどよくお腹が空いてきて、和食にす るか、フレンチにするか悩むつもりだった。

 悩む必要は、なくなったけど、お腹だけ空いてきた。ハハハ!  だいたい、次にどこに行くかも決めていなかった。  とりあえず、見てみたいと思った後藤寺田川駅に向かってもらう。  午前11時。後藤寺田川駅へ。

 2時間に3本しか走っていない日田彦山(ひたひこさん)線の電車が、 9分後に発車する。  あわててタクシーに戻り、お金を払って、後藤寺田川駅へ。  この路線に乗ってみたかった。  以前、小倉駅から、何度もこの路線に乗ろうとして、失敗している。  一度など、夕方に小倉駅から、日田彦山線を通って、湯布院まで行こ うとして、駅員さんに「お客さん! 絶対無理だよ。直通電車は1本も ないからね」と、引き止められたことがある。  跨線橋を渡って、ぜいぜい、はあはあ言いながら、電車に飛び乗る。

 電車は、のんびり走り出した。  4人掛けのボックス・シートだ。

 日田彦山線については、複雑すぎて、よほどの鉄道マニアか、地元の 人しか語ることが出来ない。  添田線、田川線、日田線という風に、しょっちゅう路線の名前が変わっ た。炭鉱の発展と衰退に翻弄され続けた鉄道ということは間違いない。  そのほかの詳細は、あまりにも変転していて、覚えられない。

 採銅所駅という、いかにも筑豊炭鉱の名残りのような駅を通る。  呼野駅という無人駅に停車して、驚いた。  前方の山が、大きく削り取られていて、アメリカの大統領の顔が彫ら れたラッシュモア山のようだ。

 こんな雄大な景色が拝めるとは思わなかった。  三菱マテリアルという会社の鉱山のようだ。  日田彦山線は、城野駅から、日豊本線に入る。  城野駅が、城野(しろの)駅と読めば、野性爆弾のロッシー(城野克 弥)になったのだが、残念ながら、城野(じょうの)駅。  午後0時10分。終点、小倉駅に到着。  桁外れに大きい大都会に来た気がする。  午後0時30分。旦過(たんが)市場の南端へ。

 市場で何か食べようとおもったのだが、あまり飲食店がない。  まだスイカを売っている。  ええ〜! 4分の1のサイズで、100〜200円?

 戦後の闇市の値段か(それはオーバー)!  何でそんなに安いんだ。  信州産と書いてある。 「ぬかみそ炊き」のお店が多い。  北九州、筑豊地方の郷土料理で、鰯のぬか炊きという言い方をするけ ど、鰯(いわし)だけでなく、サバ、あさり、竹の子までぬかみそ炊き にする。

 いかにも、白いごはんといっしょに食べるとおいしそうなお惣菜。  その歴史は古く、江戸時代この辺を治めていた小笠原氏が、海の幸を 保存食として利用するため、漬物のねか床を用い、いわし・さば等を炊 き込んだのが始まりだそうだ。  たまたま、ぬかみそ炊きを買ったお店は、創業100年の「吉勝(よ しかつ)」というお店だった。  このお店が、ぬかみそ炊き、とくに、イワシのみそ炊きを始めたお店 だった。  イワシのみそ炊きを考案したときの話がおもしろい。  明治の終わりの頃、初代社長が、イワシの仕入れを10キログラムに したつもりが、1桁多い100キログラム注文してしまった。  10キロと、100キロでは、間違えたどころの話ではない。  そのとき、奥さんがこのイワシを、ぬか味噌炊きと言い出したそうだ。  本当に、名作、名物、ベストセラーは「失敗」から生まれている。 「失敗」を恐れてはいけない。  …というようないい話をしている場合ではない。  お腹は減ったし、足がもうもつれに、もつれている。  足が、モッツァラチーズ…。  ほら。だじゃれも、不発するようになって来た。

 実は、この旦過市場あたりに、関門海峡の蛸バーガーという地バーガー のお店があるという噂を仕入れて、探していたのだ。  どうもないようだ。

 この際、残りの体力も底をつきそうなので、以前も行ったことのある 焼きうどん発祥のお店に行こう。  午後1時。「だるま堂」へ。

 焼きうどんは、戦後の物資不足で、中華のそば玉が手に入らず、代わ りに乾燥うどんを茹でて出したところ、大好評になった。  そのお店がここだ。  前回同様、「天まど」を、注文する。 「天まど」というのは、「天窓」で、まんなかに玉子が乗って、屋根か ら覗く月に見えるところから名前がついたそうだ。

 水で溶いた小麦粉を薄く敷いたクレープ状の生地を丸く敷く。  その上に、生卵をぽとんと落とすと、「天まど」の出来上がり。  卵が、半熟状態なのがいい。  うまい。  小倉駅方面に戻って、小倉に来たら必ず買うのがお約束の「揚子江」の 豚まんを、買う。

 もう少し小倉駅に近い「シロヤ」というパン屋さんで、サニーパン、 黒胡麻フランス、バターパンの3種類を買う。

 サニーパンという名前が、レトロチックで妙に気になった。  どんなパンかとお店の人に聞く。 「練乳パンです!」  練乳パン! 何てステキな響きの名前のパンなんだ。  私が絶対気に入るに違いないパンではないか。  サニーパンは、2個買う。  午後1時30分。「松本清張記念館」へ。

「松本清張記念館」の前で、揚子江の豚まんを食べる。  豚まんが、熱いうちに食べたかった。  はふはふ…。はふはふ…。

 想像していたより、揚子江の豚まんは熱かった。  陽射しも強い。  またしても、汗で顔がだらだらになる。  今回の旅は、歩いて、汗をかく旅だった。  最後もまた、汗だ。 「松本清張記念館」は、以前も来たことがある。  実はこのところ、DVDで松本清張さん原作の映画を何本も見ている。 『砂の器』、『霧の旗』、『球形の荒野』などだ。  学生時代にも見ているのだが、大人になってから見ると、ずいぶん印 象が違う。  大人になると、橋本忍さんの脚本のときの作品はいいと気づくように なるものだ。  なので、ここに来れば、DVDや小説が手に入ると思ったからだ。  いまの本屋さんは、新作ラッシュで、巨匠と呼ばれる作家の人たちの 本が、だんだん隅っこに追いやられている。  絶版になってしまうものも多い。  だから、こういう「松本清張記念館」のようなところでは、その作家 のすべてが買えるようになっていてほしい。  きょうも、DVD1本と、小説を2冊購入。  午後2時30分。小倉駅に戻る。

 駅の売店で、九州朝日放送の山本耕一が「ぜひ食べてみてください!」 と言っていた、ぶどう大福を探すがない!  この間から、お気に入りの「博多やわかぁ」と、孫が喜ぶとおもって、 「ひよ子」は、買う。  N700系の発車時間が迫ってきた。  山本耕一推薦の「ぶどう大福」は、博多駅でしか売っていないのかも。  山本耕一! 「ぶどう大福」を買って送ってくれ! ハハハ!  午後2時50分。小倉駅構内で、必死に「かしわめし」を買って、N 700系新幹線のぞみ36号東京行きに飛び乗る!  本当に、間一髪だ。

 これで、今回の九州取材旅行は、終了。  柳川と、唐津がよかった。  とくに柳川は、川下りのところに、もっとなまこ塀を増やせば、もっと もっと観光客が増えるとおもう。  柳川は、毎年100万人の観光客が訪れ、客足が衰えていないのは、す ごいけど、繁栄に胡坐をかいていると、ある日を境に、急降下するものだ からね。  唐津は、商店街がよかった。  魚ロッケを、気に入った。  白いごはんに、小倉のいわしの味噌炊きを乗せて、魚ロッケをおかず に食べてみたい。  本当はこれから、京都で下車して、数日間京都でのんびりして行くつも りだったのだが、足がもう前に出ない。  疲れ果てた。  このまま新幹線に乗っていれば、東京駅に着くので、東京に帰ること にした。    乗車と同時に、松本清張さんの対談集を20ページほど読んだところ で、爆睡。ZZZ…。  どのくらい熟睡したかというと、『桃鉄』を遊んでくれている人なら、 すぐわかるだろう。  起きたのは、姫路駅を過ぎたところだ。  すごい熟睡度でしょ?  京都を過ぎて、伊吹山が見えて来たあたりで、「かしわめし」を食べる。  もちろん、東筑軒の「かしわめし」だ。

 鶏そぼろが、うまい!  錦糸玉子が、うまい!  きざみ海苔が、うまい!  3本柱が、しっかり機能している。  昆布も、うまい!  ウグイス豆も、うまい!  ローテーションの谷間の脇役も、うまい。

いわしの味噌炊きもうまい!

 駅弁だと、米沢の「牛肉ど真ん中」と、横浜の崎陽軒の「シウマイ弁当」 と、この東筑軒の「かしわめし」が、御三家かな。 「シウマイ弁当」は、いまや駅弁っぽくないから、北海道森の「いかめし」 を入れておかないと。  午後7時33分。終点、東京駅に到着。  途中、新横浜駅あたりで、ものすごい雨が降っていたが、東京駅に着 いたら、まったく雨の気配無し。  まさかあの雨で、横浜ベイスターズが6−3と阪神タイガースをリー ドしていた試合を降雨中止に追い込んだとは知る由も無い私であった。  まあ、横浜ベイスターズは最下位独走中だから、試合が中止になろう が、成立しようが、焼け石に水だ。  午後8時。帰宅。  玄関を開けると「ジッジー! カッカー! おかえりなさいっ!」の 大声が降って来た。  ひえええっ! 孫に会えるのはうれしいけど、きょうの私は本当に、 疲労困憊している。 『うたばん』に出演している藤岡藤巻と大橋のぞみちゃんを見ながら、 孫姉&孫妹が大声で歌う。  ダメだ。きょうの私は、完全にダウン。  部屋に戻って、休ませてもらう。  孫とお風呂入りたかった…。

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