10月18日(水)

 午前4時。100年リプレイのせいで、早く目が覚める癖がついてしまった。
 まだTBS『朝ズバッ』も始まっていない。

『桃太郎電鉄18(仮)』の仕様書作り。
 今回はメッセージを徹底的に縮めるのをテーマにしている。
 1文字だけ削除するイベントも多い。
 画数の多い漢字は極力ひらがなに直す。

 午前9時。きょうこそ、日帰り取材旅行にでかける。
 ここ数ヶ月間仕事に追いまくられていたので、旅行に出る気持ちの余裕がなくなっ
ていた。
 曇り空だけど、寒くはない。
 VAIOを持って、東京駅に向かう。

 午前9時40分。東京駅から、東北新幹線253号郡山行きに乗車。
 最近の新幹線は、とうとう3分前じゃないとドアを開けなくなってしまった。
 プラットホームで待たされる時間が長いよ。
 途中駅の乗り換え時間とおなじだ。
 それじゃ始発駅のメリットがない。
 昔は、15分前に乗車できて、発車する前に駅弁を食べ終えていた私だ。

 車中、VAIOを広げて、『桃太郎電鉄18(仮)』の仕様書作り。

 午前10時51分。那須塩原駅で下車。

 この駅は、那須に行くために何度も降りたことのある駅だ。  小学校のときの林間学校、大学生のときの貸し別荘のふとん運びのバイト、那須ロ イヤルセンターでの似顔絵描きと、私の人生のなかで「那須」という文字は何度も登 場している。  数年前も、別荘を買うか?と訪れたものの、別荘を見たあと仙台まで行って、仙台 牛を食べてその日のうちに東京まで戻る暴挙をしでかした。  きょうは那須ではなく、塩原温泉に行く。  塩原温泉というのは、歴史のある温泉で、大正時代には大正天皇の御用邸があった というのだから、相当栄えた町なのだろう。  何でも那須塩原駅の隣りの西那須野駅から、塩原温泉まで汽車が走っていたことも あるそうだ。  いま90歳ぐらいの人が乗ったことがあるといっていたから、明治時代の頃のこと なのかな?  だから今でも、塩原温泉には、バスターミナルがあるけど、看板には「塩原温泉駅」 と書かれているそうだ。

 タクシーの運転手さんが話好きで、塩原温泉の歴史と今をたくさん語ってくれたの で、いっぱい知識を頭に叩き込めた。  午前11時20分。道の駅「湯の香しおばら」に寄ってもらう。

 おいしそうな野菜が直売されてて、買って帰りたい。  でもただでさえコンピュータをかついで来ているし、嫁も沖縄に行ったままなので 買って帰っても私では調理ができない。

 やけに中華まん風のおまんじゅうが多いので買ってみる。  豆乳まんじゅう、切り干し大根まんじゅう、紅芋まんじゅうと変わった具が多い。 切干大根まんじゅうは、塩原名産にしようとしているみたいだ。

 お土産品に、やたらと「リンゴ」が多い。  リンゴをつかった甘いお菓子も多い。  車に戻って運転手さんに聞くと、リンゴは最近作り始めたばかりだという。    少しずつ車は勾配が急になっていく。  紅葉の景色を期待したが、まだちょぼちょぼ。  しかも今年の大型台風のせいで、木がへばってしまっているので、山頂のほうの紅 葉も今年はきれいではないという。  このあたりでも相当木が倒れたそうだ。

 午前11時45分。塩原温泉郷に着き、きょういちばんの取材先「釜彦」へ。  塩原名物「スープ入り焼きそば」のお店だ。 「スープ入り焼きそば」!  いかにも『桃太郎電鉄』にふさわしい名前の食べ物でしょ?  このスープ焼きそばを食べるためにわざわざ新幹線とタクシーをつかってここまで 来たのだ!  ところが!  なんと「本日休業」の札が下がっているではないか!

 がびーーーーーん!  そ、そげな…。  たしかにガイドブックには「不定休」と書いてあったけどさあ…。 「不定休」って、毎週1回休まない代わりに、たまに休みますよってためのものじゃ ないの?  きょうが、そのたまの日。  私はこのスープ焼きそばを食べるためだけに来たんだよー! 「運転手さん! ほかにスープ入り焼きそばを食べられるお店とかってないですか ねー!」 「この<釜彦>以外、聞いたことなーなー!」  でも、親切な運転手さんは「そこに塩原タクシーがあるから聞きに行ってみっぺ!」 と車を走らせる。  するとタクシー会社の人が「もう1軒あるよ! バスターミナルの先を…」と教え てくれた。  午後12時。「こばや食堂」へ。 「スープ入り焼きそば」の看板もある。

 スープ入り焼きそば、600円を注文する。

 600円のために、きょう1日を棒に振ることになるところだった。  このお店に来る人のほとんどが、スープ入り焼きそばを注文している。  厨房から聞こえる音は、間違いなく焼きそばを炒めている音だ。  この「こばや食堂」のスープ入り焼きそばは、焼きそばの麺ではなく、ラーメンの 麺を、豚肉、キャベツといっしょにソースをかけて炒める。  この炒めたものを、醤油ベースの鶏がらスープに入れて出来上がり!  これが、絶賛するほどではないが、うまい!  しかもあとから、あとから、おいしさがこみあげてくる。  ソースの匂いが何ともノスタルジックで、びっくりするほど鶏がらスープとの相性 がいい。  食べ始めたときより、2〜3倍好きになっていた。  やっぱりこれはおいしいよ! 『桃太郎電鉄』で、1000万円、80%→100%→150%の収益率にしてもいいくらい おいしかった。  B級グルメの最高峰かもしれない。  でも塩原温泉で、このスープ入り焼きそばをメニューとして出しているのは、2軒 だけというから、きょう「こばや食堂」が営業してよかった。

<おすすめのお店> 「こばや食堂」 住所:栃木県塩原市塩原795 電話:0287-32-2371 営業時間:11:00〜19:30 定休日:不定休。 おすすめ:スープ入り焼きそば。

 食後、塩原温泉界隈を散歩する。 「塩原温泉1200年祭り」ののぼりが多い。  ちょうど今年が、開湯1200年に当たるそうだ。  開湯は、大同元年(806年)!  空海とか、最澄の時代じゃないか!  想像がつかない。

 町は適度に古く、適度に新しい。  その分没個性的かもしれない。  つい最近オープンしたばかりの「湯っこの里」に行ってみるが、足湯だけで温泉が ない。

 さっきの運転手さんも「わざわざ2億円もかけて作って、足湯だけで、お土産品も 売っていないのはどうかと思うよ!」といっていた。  ちなみに新聞報道では、総工費8億円と書かれていたが、運転手さんがいうよう に、2億円でじゅうぶん作れそうだ。  午後12時45分。ここから東北新幹線の那須塩原駅に戻って、さっさと東京に戻 るのはおもしろくない。  つねに旅行は日本テレビ『鉄腕DASH!』のソーラーカーのように、一筆書きで 進みたい。  プロアトラスで地図を見ながら、勝手に想像した山越えルートを実行してみようと おもう。  タクシーで、東武鬼怒川線の新藤原駅まで向かってもらう。  ところが、運転手さんに言わせると、「上三衣(かみいより)駅のほうが、15分 ほどで着くよ!」というので、どこだかわからないまま行ってもらう。  午後1時5分。上三衣塩原温泉口駅に着く。

 げっ! 電車はたった5分前に出たばかりだ!  次の電車、1時間後!  おまけに、駅前には喫茶店ひとつない!  人家すら見えない。  ここで1時間立っているだけは、つらいぞ!  しかもこの駅、東武鬼怒川線ではなく、野岩(やがん)鉄道の駅であった。  あの電車マニア泣かせ…いや、電車マニアなら絶対チャレンジして自慢の種にでき るといわれている野岩鉄道だ。 「野岩(やがん)鉄道」という名称は、栃木・福島両県を結ぶため、栃木県の旧名称 「下野国」の「野」、福島県の旧名称「岩代国」の「岩」から来ているそうだ。わか りづらい! 「どうしますか?」と、運転手さん。 「ここで1時間立ってるのはつらいので、新藤原駅まで行ってください!」  湯の香ライン、日塩もみじラインとか、いかにも紅葉のピークに来たら美しそうな 道をひた走る。  ときどき紅葉の濃い木が目に入る。

 午後1時30分。道の駅「湯西川」に寄る。  まだ出来立ての道の駅なので、お土産品にあまり特徴がない。 「五十里トンネル」と書いて、「いかりトンネル」と読むのがおもしろい。  午後2時。新藤原駅でタクシーを降りる。  ここでもまだ電車の発車まで、30分近くある。

 駅前に喫茶店ひとつない。  野岩鉄道の終着駅で、東武鬼怒川線の始発駅なのにだ。  でも、もう覚悟を決めて、駅のホームで待つことにした。  ホームのひとつしかない木のベンチに腰掛けて、VAIOを広げてお仕事。  空気が澄んでいて、山の稜線がくきっりとした日本的な風景を見ていると山の天狗 様に「喫茶店? それはそういう動物じゃ?」といわれそうだ。 「ローカル鉄道の旅」という本に絶対載っていそうなプラットホームだ。

 午後2時28分。東武鬼怒川線浅草行きに乗車。  列車の行き先案内板には「区間快速」と書いてある。  車中、『桃太郎電鉄18(仮)』の仕様書作り。  午後3時18分。下今市駅で下車。

 まだ寄り道をする。  このまま電車に乗っていれば、浅草まで行くのに。  駅から歩いてわずか2分のカフェ&バー「加茶話(かしわ)」へ。  実はこのお店のオーナー夫婦と、古い知り合いなのである。  しかも突然訪れて驚かそうという魂胆。  しかも30年ぶりに!  お店自体に来るのは、初めて。

 かつて東京のJR西荻窪駅北口に「珈琲美学」という、喫茶店を開く人たちが経営 を学ぶ学校があって、喫茶店も併設されていた。  この学校のほうの事務員として入ったのが、濃い『ジャンプ放送局』マニアなら覚 えているであろうシュタタタタッの中西日出海くんである。  単行本の巻末漫画でいつもものすごい勢いでハガキを仕分けしていたキャラだ。  彼は、私の中学、高校時代の同級生で、この「珈琲美学」の仕事の後、私のマネー ジャー兼経理となって、私が脳内出血で倒れた後は、榎本52歳経営のデザイン会社 バナナグローブ・スタジオで経理を担当した。  その関係で、「珈琲美学」には毎日コーヒーを飲みに行っていた。  当然この時期の生徒さんたちとなかよくなることが多かった。  そのなかのひとり、いや、ふたりがこの東武線下今市駅前のカフェ&バー「加茶話 (かしわ)」のオーナー夫婦である。  ちょうど私が24歳の頃。  人生最大の下積み生活を送っていたころだ。  下積みというより、どん底時代。  大学を5年かかって卒業はしたものの、まったく仕事がなく、1日一食ぐらいしか 食べていなかった時期だと思う。  忘れもしないのは、貯金通帳の残高が、375円だった。  375万円ではない。375円だ。  毎日ケチャップ炒めライスを作って食べていた。  劇画村塾に行ったのもこの頃じゃないかな?  あっ。ってことは「劇画村塾」も、30執念じゃないのか?  何かやらなくていいのか?  話がそれた。  その頃唯一の楽しみが、この喫茶店まで家から20分かけて歩いて行って、アイデ ア出しをすることだった。  やってることも、いまと変わっちゃいないね。  昨日、この喫茶店のホームページを見ておいたので、オーナーの顔はすぐわかった。 「こんにちわ! さくまあきらです!」 「あっ! ああ〜〜〜ッ! 来てくれたんだあ!」 「すみません! 来ると言ってから、3年ぐらい経っちゃって!」 「何年ぶりですかね?」 「ぴったり、30年ぶりですよ!」

 本当は、オーナーの柏木保之さんから3年ほど前に、突然メールをもらったのだ。 「どうもお店でさくまサンのファンだという子がいるんだけど、そのさくまサンとい うのは、西荻窪の珈琲美学に来ていたさくまサンと同一人物なのでしょうか?」とい うような文面だったと思う。  そのとき、PS2で『桃太郎電鉄〜関東編』を作るつもりだったので「近いうちに 行きます!」と言って、『桃太郎電鉄USA』、『桃鉄15』と、地方編の入らない ゲームばかり作っていたので、来るのが遅れてしまったのだ。  もう勘のいい人は気づいていると思うけど、『桃太郎電鉄CHUBU』の次の作品は、 『桃太郎電鉄KANTO』である。  きょうの取材は、『桃太郎電鉄KANTO』のため。  お店は、びっくりするほど広くて、10月28日(土)には、中本マリさんのライ ブをやるそうだ。  この広さなら、できるだろうなあ…。  すごく立派なお店。  ここでもう25年になるという。  これだけ続けられるというのは、やっぱり柏木保之さんの人柄だろう。  当時からのやさしそうな雰囲気は全然変わっていない。  ただオーナーの柏木保之さんは、ゲームも全然やらないし、テレビも全然見なくて 陣内智則くん、若槻千夏ちゃんのことも知らない。  柏木保之さんは私より2歳年下だから、ゲームをやる人のほうが圧倒的に少ない。 あのインベーダーゲーが流行ったころ、大学生だった世代だから、知らなくて当然な のである。  でもおかげで、ゲームの話は放っておいて、思い切り昔話に花を咲かせることがで きた。  私の場合、『ジャンプ放送局』と『桃太郎電鉄』のせいで、けっこう昔の知り合い と再会することが多いけど、ゲームの話ばかりさせられて、そっちの話をもっと聞か せてよ、なつかしい話をしようよと思ったまま終わってしまうので、きょうのような 再会のほうが、うれしかったりする。  しばらくして、奥さんが登場! 「うわあ! もう来てくれないとおもってたあ!」 「ごめん! ものすごく遅れた!」 「さくまサンって、有名人なんですってね!」 「そういう言い方に、自分から、はい、そうですよ!とは言えないでしょ! ゲーム 業界ではそこそこね!」

 話が乗ってきたところで、私は帰らないといけない時間になった。  電車の時間だ。  あわててもう一度来ることを約束して、あたふたとカフェ&バー「加茶話(かしわ)」 を出る。  あわてたせいでコーヒーのお金を払うのを忘れてしまった。  いつも嫁がお金を払うのですでに払ってもらっていた意識になっている。  これでは無銭飲食だ。  下今市駅で、キップを買ってから電話を入れて、詫びる。

<おすすめのお店> カフェ&バー「珈茶話(かしわ)」 住所:栃木県日光市東町1147 電話:0288-22-5876 営業時間:Cafe11:00〜19:00 Bar19:00〜翌1:00 アクセス:東武下今市駅徒歩2分。 定休日:: 火(定休日が祝日の場合は営業)

 午後4時45分。下今市駅から、東武日光8号に乗車。  ここから浅草まで帰ると思っているでしょ。  実は、これから新宿!  日光に行く電車というと浅草からだと思っている東京の人が大半だと思うが、最近 1日何本か、新宿始発、新宿着の列車が運行されているのだ。  その新宿行きに乗ってみたかった。  電車は、栃木、JR大宮を通って、ここから湘南ー新宿ラインに入り、JR池袋、 JR新宿に着く。  いわゆる乗り入れ運転というやつだ。  午後6時35分。終点新宿駅。  ひさびさに通勤客のラッシュアワーにぶつかってしまった。  新宿駅でのホームから人がこぼれそうな状態に遭遇するのは、何10年ぶりだろう。 この時間帯には来ないようにしてたからなあ…。  あいかわらず、新宿駅の混雑っていうのは全然解消されてないんだね。  午後7時。帰宅。  新宿の小田急本店で買ってきたサンドイッチで夕食。  帰る途中、那須塩原の道の駅で買ったおまんじゅうを食べている。  切り干し大根まんじゅうが、おいしかった。  こまったな。 「切り干し大根まんじゅう屋」だと、12文字だ。  物件名は、8文字までだ。 「切り干し大根饅頭屋」で、9文字だ。  漢字ばかりで読みづらい。  とくに携帯だと、画数の多い漢字は潰れてしまう。  そんなことを考えながら、きょうたどった町の経路を地図とインターネットでたど る。  スープ入り焼きそばのソースの匂いも思い出される。  あのB級感は、よかったなあ…。 『桃太郎電鉄KANTO』では、1000万円、80%じゃなくて、100%でもいいような気 がしてきた。
 
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