10月7日(木)

 本日、日帰り「大」旅行。
 天気もいい。
 台風が来る前に、速攻ででかけよう。

 午前9時30分。嫁と、東京駅へ。
 いつもの「資生堂パーラー」で、コーヒー。

「あれ? 土居ちゃん(土居孝幸)! もう来れたんだ!」
「うん!」
「じゃあ、このまんま新幹線に乗っちゃうか!」

 みどりの窓口に行ったら、指定席のチケットは、満席。
 その次も満席のマーク。
「ひえ〜〜〜い! どうしよう、土居ちゃん!」
「うーーん!」
「自由席で行くしかないか!」
「そうですね」
 キップを買った時点で、発車まであと3分しかない。
 うひょ〜〜〜っ!
 小走り、小走り。

 午前10時。新幹線あさま509号長野行きに乗車。
 おもったより、すんなり乗車出来たあげくに、空席も確保できた。

 車中、土居ちゃんとイラストの打ち合わせ。
「あれ? あれ?」
「何ですか、さくまサン?」
「ひょっとして、昨日の夜送った名産怪獣の絵も描いてきたの?」
「描きましたよ」
「えっ? ってことは、私が考えた名産怪獣20体、ぜんぶの絵を描いてきたってこ
と?」
「描いちゃったもーーーん!」
「くそっ〜〜〜。やられた」

 話は、土居ちゃんとハウステンボスまで行って、園内で井沢どんすけを待ち伏せし
て驚かせた、8月25日まで遡る。
 いつものように、土居ちゃんと『桃太郎電鉄16(仮)』について、打ち合わせし
ていたら、私のメイン構想を否定されてしまったのだ。
 しかもその否定は、井沢どんすけも否定した内容とまったくおなじだったのだ。
「でも、土居ちゃん! その内容だと、土居ちゃんの負担もやたらと増えるんだけど…」
「うん。まあ、そういうことになりますね」
「大丈夫なの?」
「そのときになったら、考える」
「いいかげんだなあ。だったら、どすん!と、名産怪獣を16個ぐらい作って、土居
ちゃんにぜんぶ新作のイラストを描かせちゃうよ!」
「うっ! そ、それは…」

 というやりとりがあって、先週から今週にかけて、パカスカ、パカスカ、名産怪獣
の下書きをどんどん、土居ちゃんに送りつけて、とうとう昨夜、最後の4体も送った
のだ。計、20体!
「ふっふっふ。これで、土居ちゃん、苦しめ〜!」
 苦しんだかもしれないけれど、それを顔に出さずに、シレッとやってのける土居ち
ゃんは、やっぱりたいしたもんだ。

 さすがは1980年ぐらいから、もう24年間コンビを続けている土居ちゃんだ。
うれしい大誤算を見せつけてくれる。
 こういう信頼関係があるから、長くコンビを続けて行ける。
 やはり、最初に「仕事」ありきの上の「遊び」が追従が基本だ。

「このキャラは、もっとさわやかで、くそまじめな雰囲気だから、眉毛を太くしてく
れない?」
「黒目をベースに、白い目を点にしてくれない?」
「おもいきって、大きなリンゴを頭の上に、乗っけちゃってくれない?」
 などと、要望はたくさん。
 でも土居ちゃんは、言ったその場で、絵を描きなおしてくれるので、こっちも「O
K!」を出しやすい。

「あとは、土居ちゃんの手になじむまで、何度も、何度も描きこんでね!」
「うん。やってみます」
 ゲスト・ボンビーや、名産怪獣のように重要なキャラは、プロ野球投手にとっては、
新しい変化球を身につけるのとおなじぐらいの負担だ。
 新しい変化球をブルペンで、何100球でも投げ込まないと、実戦でつかえるフォ
ークボールにならないように、土居ちゃんに何度でも描いてもらうのだ。

 よく漫画の単行本で、3巻くらいを読むと、「これって、1巻にも出ていたあいつ?」
っておもえるくらい、絵柄が変わっちゃっていることがあるでしょ?
 漫画のキャラって、だいたい3卷ぐらいまでかかることが多いのだ。
 漫画の場合は、読者は毎週のペースで読んでいるから、その絵柄の変化に読者も違
和感を感じない。
 でも、ゲームの場合は、3卷に至るまでのレベルを、初登場で、お客さんに感じて
もらえないと、おもしろいとおもってもらえないのだ。

 午前11時44分。長野駅に着く。  土居ちゃんとの打ち合わせが、ほぼ終了すると同時に、長野に着いちゃった。 「長野って、近いんだね」と、土居ちゃん。 「だから、うちは最近、長野だといつも日帰りしちゃうんだよ!」 「1時間44分か。ほんとに近いな」

 長野駅前から、徒歩3分ほどの長野電鉄長野駅へ。  あれ? ひさびさに乗る長野電鉄って、地下に駅があったっけ?  1981年3月に地下化されたらしい。  そんなに前に来てはいないなあ。

 午後12時5分。須坂(すざか)行きの電車に乗車。  最初から、3つめ善光寺下駅までは、地下を走る。

 8つめの柳原駅にさしかかると、右側の小さなアパートに「めぞん一刻」の文字が 見えた。高橋留美子さんの漫画の名前とおなじだ。  駅を降りてまで見に行くほどではないが、おもしろい。  ちなみに、時計塔はついていなかった。  景色が広くなってきた。  りんごの木が増えてきた。  栗の木も増えてきた。  信州特有の遠くに山がそびえる風景だ。

 午後12時28分。須坂駅に着く。  しまった。  うっかり小布施(おぶせ)は、須坂駅の手前だとおもいこんでいた。  8分ほど待つ。  次の電車は、何ともレトロなデザインの特急がやってきた。

 午後12時42分。小布施駅で下車。  跨線橋がなく、踏切を渡って、改札口に出る。  この踏切を渡る駅が好きだ。  家でいうと、平屋のような魅力だ。

 改札口で、ひとり100円追加料金を取られた。  追加料金ではなく、特急料金なんだそうだ。  須坂駅から、2駅分しか乗っていないのに。  でも間違えたのは、こっちなので文句も言えない。  駅近くの観光案内所で、地図をもらう。 「栗のふる里 小布施」か。  いいキャッチフレーズだなあ。

 まさに栗の季節を待って、土居ちゃんを誘ってきたのだ。  きょうは思う存分、栗を食べまくるつもり。  300メートルほど歩いて、にぎやかな町並みに出た。 「栗」の文字が、一気に増える。

 桜井甘精堂、小布施堂、栗庵風味堂、竹風堂、塩屋桜井、松仙堂といった栗菓子の 専門店が並ぶ。  昔、来たときの風景がかき消されたかのように、町は様変わりしていた。  大型観光バスが何台も、何台も、駐車場に吸い込まれていく。  おばちゃんグループの観光客が、大型観光バスからドッと吐き出される。  栗の季節とはいえ、見事な観光地だ。 「モンブランだよ、モンブラン!」  土居ちゃんが叫ぶ。 「土居ちゃん、先にご飯食べようよ」 「うん。あ、そうだよね。ハハハ!」  午後1時。「小布施堂本店」へ。  小布施のなかでも、いちばん大きな栗菓子屋さんだ。

 季節の御膳を食べる。  もちろん栗が中心。  栗蒸しといっても、栗蒸しようかんではなく、甘さをおさえた百合根まんじゅうの ような栗蒸しまんじゅうから登場。

「うまいね!」 「おいしいね!」 「上品ね!」  最後は、栗おこわ。  透き通るような黄色の栗が、おいしい!  デザートは、栗ではなく、ぶどう餅だった。

 小布施は、巨峰の町でもあるようだ。  1時間かけてじっくり食べる。  食後、「小布施堂本店」の隣りの「桝一酒造」へ。  この「桝一酒造」が小布施を変えたとまでいわれるほど、近年話題になっている。 長野五輪のボランティアとして来日したアメリカの女子大生セーラさんという女性が、 この「桝一酒造」に就職して、経営難に陥っていた会社を立て直したのだ。  やみくもな近代化に反対して、伝統をいかしたお酒の手法を蘇らせたり、日本酒を 知ってもらうためのレストラン「蔵部」を作って、成功させた。  私はお酒が一滴もダメだけど、企業努力の話は大好きなので、テレビの特集でこの 外国人女性の活躍を見たりした。  この女性の努力で、小布施の町がどんな風に変わったのかを見届けに来たかった。  たしかに、もはや「桝一酒造」と「蔵部」は、にぎやかさも、場所までもが 小布施の中心になっていた。  嫁が、セーラさんがデザインしたお酒、スクウェア・ワンを買う。  スクウェア・ワン=「桝一」だ。

 ほかにも、「お栗桝」というお酒と小布施堂本店の栗菓子がセットになったものを 売っていた。 「お栗桝」=贈ります、だ。  だじゃれを正業に営む私としては、このシンプルなだじゃれに、ちょっと嫉妬。

 栗菓子屋さんだらけなので、どのお店に入ったのか、忘れてしまったけど、栗ソフ トクリームに、栗のシュークリームを食べる。  いよいよ栗のジュータン爆撃開始だ。  爆撃を自ら受けに行っているという言い方のほうが正しい。 「栗ソフトにオブセ牛乳をつかっているそうですよ、さくまサン!」という土居ちゃ んの言葉は「食べませんか?」にしか聞こえない。  午後2時35分。「北斎館」

 江戸時代の浮世絵画家・葛飾北斎の記念館だ。  葛飾北斎は、私も大好きだし、土居ちゃんの絵も、けっこう北斎の影響を受けてい る。実は、RPGの『新桃太郎伝説』を作ったときは、鬼のキャラ作りのために、土 居ちゃんと葛飾北斎の絵を間において、打ち合わせたこともある。 「鳥獣戯画」が、日本の漫画の開祖なら、葛飾北斎が、日本の漫画の中興の祖だとま で、私はおもっている。  気分がひさびさに、漫画評論家時代に戻っている。  それにしても、葛飾北斎がすごいのは、有名な『富嶽三十六景』を描いたのは、7 0歳のときなんだって! 70歳で、あんなダイナミックな絵が描けるかあ? こっ ちは、52歳にして、すでにアップップだよ。  さらに、葛飾北斎が、小布施に来て描いた岩松院(がんしょういん)の天井絵は、 88歳のときなんだよ!  江戸時代の人間の平均寿命は、50歳ぐらいだからね。  その88歳のときの絵の迫力ったらない!  枯れていないんだよ。  躍動感にあふれた絵なんだよ。 「画狂人」と呼ばれるのが、よくわかる。 「土居ちゃん! 88歳でこれだけ描けるんだから、土居ちゃんももっといっぱい絵 が描けるね!」 「無理だな。ハハハ!」  館内の写実的な絵柄を見て行くうちに、葛飾北斎という人は、漫画にたとえると、 手塚治虫さんではなく、石ノ森章太郎さんなんだね。  エネルギッシュな作風、作品量。  奇抜な構図の取り方。  石ノ森章太郎さんに通じるものがある。  とすると、手塚治虫さんは安藤広重さんかな。  マルチスライドによる「画狂ー北斎と肉筆画」、「小布施の北斎」がよく出来てい た。18分と、14分の映像だけど、これは必見。  非常にわかりやすいし、北斎の絵の上手さをやさしく解説してくれる。 3時45分。「北斎館」の前の「小布施堂」へ。  お昼ごはんを食べた「小布施堂本店」の喫茶部だ。

・栗のババロア。 ・栗のクレープ。 ・栗のシフォンケーキ。 ・栗のアイス。 ・栗のガトードゥリ。  人数と、デザートの数が合わない!  いや、取材ですから。

「にょほほほほ〜! おいひい〜〜〜!」  いや、取材ですから。

「うん。うまいな、これ、うん!」と土居ちゃん。  いや、取材ですから。

「この栗のアイス、さっきの観光用の栗ソフトとは比べ物にならない本格的な味だね!  すごい!」  いや、取材ですから。

「いやあ、食った! 食った! おいしい! 満腹! 苦しい〜!」  いや、取材ですから。

 このお店でのんびりデザートの海に溺れてしまったばかりに、岩松院(がんしょう いん)の天井絵を見に行けなくなってしまった。はっはっは!  4時半で閉まっちゃうんだよ。  せめて5時までなら、よかったのに。  私と嫁は、以前岩松院の天井絵を見ているだけに、土居ちゃん、残念。  午後4時45分。おぶせミュージアム・中島千波(なかじまちなみ)館へ。

 中島千波さんは、3メートルとか、5メートルの幅のキャンバスに、美しい桜の木 を描くことで有名な現代作家だ。  京都のわが家にも、1枚飾ってある。  うちの絵はもっと小さいけどね。  見事な桜の絵だなあ…。  ホレボレする。  ほんとに目の前で、桜吹雪が舞っているように見えるんだよ。  中島千波さんが描いた深川不動尊の天井絵の下絵のスケッチも展示されていたんだ けど、尋常な枚数ではない。  天井絵の蓮の1本、1本に対して、下書きがスケッチブックいっぱいに描かれてい るのだ。天井絵というのは、もっとラフな下書きをしてから、エイヤッと描くものだ とおもっていた。  まるで家の設計図を見ているようだ。  うーむ。素晴らしいものは、舞台裏の努力がすごすぎる。  まだまだ『桃太郎電鉄』に努力の余地、運動場の広さほど大いにありだ。

 午後6時。長野に戻って、以前、長野駅近くの「長谷川書店」の長谷川浩一郎さん につれて行っていただいた、絶品のおそば屋さん「蔵之内(くらのうち)」へ。  ところが、このお店の場所がわかりづらい。  タクシーの運転手さんも困り果てる。  無線で何度も聞いてもらうが、向こうも困っている。  嫁がお店に電話を入れると「目印はありません」。  そうなんだよ。  私はけっこう一度行った場所は覚えている能力に長けているつもりだけど、あのと きに「ここはわかりづらい場所だなあ!」と呻いたほどだ。  けっきょく、「長谷川書店」の長谷川浩一郎さんに電話して、道順を教えていただ く。わざわざ途中で、長谷川浩一郎さんはバイクで駆けつけて、「蔵之内(くらのう ち)」に顔まで出してくださった。面目ない。

 鴨ロース、穴子の天ぷら、キノコのみぞれおろしなどをつつきながら、石臼せいろ と、田舎せいろ。

 うまいよ〜! うまいよ〜! うまいよ〜!  ほかの表現考えるの面倒なくらい、うまいよ〜!  苦しいよ〜! 苦しいよ〜! 苦しいよ〜!  そこまで食べちゃダメだよ〜!  でも、おいしいから食べちゃうよ〜!  麺が鮮烈にシャキッとしているから、おいしいんだよ〜。  麺の量が多いのに、ぺろりだ。  午後7時30分。長野駅近くの「長谷川書店」へ。

 長谷川浩一郎さんと、近所の「景家(けいや)」へ。  もう満腹でお腹がはち切れそうなのに、きのこのジコボーを醤油で焼く匂いを嗅ぐ と、たまらず食べてしまう。  うめ〜〜〜!

 土居ちゃんは、長谷川浩一郎さんと初対面。 「土居ちゃん! ほら、福岡の大栄丸を教えてくれた人だよ!」 「あ〜〜〜! でも何で長野の人が、福岡のお店の常連さんなの?」 「本当に長谷川浩一郎さんって、不思議な人なんだよ。私は仕事が旅行することなん だけど、長谷川浩一郎さんは本職が書店さんで、動きが取れないはずなのに、私が見 つけた日本じゅうのおいしいお店のほとんどに行っているんだよ」 「何でっ!」 「昨日も、四国高松にいましたから!」 「ひえ〜〜〜!」 「はっはっは。バカヤローですから!」 「ほんとに、長谷川浩一郎さん、バカヤローだ!」  もともと長谷川浩一郎さんは、『ダビスタ』伝道師の成沢大輔くんと大のなかよし で、紹介してもらった。  だいたい、長野の人が成沢大輔くんとなかよしってこと自体、変なんだけどね。  成沢大輔くんもじゅうぶん変だけど。  長谷川浩一郎さんは、大の横浜ベイスターズ・ファンでもあるので、会うなり、 「昨日の広島戦は、助かったあ!」という話題から。  長谷川浩一郎さんの食い道楽ぶりの武勇伝はいつくも聞いているけど、その巨漢振 りを見ていただければ、言葉はいらない。  ひとつだけ書き留めておくなら、やはり飛行機の乗るとき、座席のベルトを、延長 ベルトを要求することだろう。  まわりのお客さんが、ギョッとするそうだ。  午後9時9分。長谷川浩一郎さんと、居酒屋さんにいるんだから、きょうは長野に 泊まるとおもうでしょ?  日記の冒頭にも書いたように、日帰り「大」旅行なので、これから帰る。  長野駅から、あさま532号に乗車。  これでも、新幹線の最終電車より、1本早い。  最終は、午後9時40分だ。  東京と長野は、本当に近い。  午後10時52分。東京駅に着く。  またしても、2泊3日の旅を、1日に凝縮してしまったみたいだ。  土居ちゃんと、『桃太郎電鉄16(仮)』の打ち合わせも出来たし、栗も食べすぎ たし、満足、満足。  これで横浜ベイスターズが勝てばいうことなしなのに、阪神に負けて、広島が勝っ たので、また最下位まで0.5ゲーム差。  おまけに、T・ウッズ選手の退団濃厚の記事に、がっくり。  お金がないなら、プロ野球経営しないでよ!  午後11時30分。帰宅。  葛飾北斎のことや、長野電鉄の資料を漁っていたら、あっという間に午前2時近く になってしまった。  早く寝ないと。

 
さくまNEWS


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