4月10日(土)

 茨城県水戸駅から、水郡(すいぐん)線という電車が出ている。

 この電車、福島県郡山駅まで延びる全長約150キロに及ぶ長大な路線である。 
距離の目安として、私のなかには、東京ー箱根間が、車で100kmのイメージがある。
その約1.5倍の長さだ。
 新幹線で換算すると、東京駅から静岡駅までには足りないが、その手前の新富士駅
よりも遠い。

 この長大な路線に急行はひとつも走っておらず、各駅停車の鈍行だけが走っている。
その駅の数、なんと38駅!
 鉄道マニアの間では、この水郡(すいぐん)線を全線乗って初めて「鉄道鉄ちゃん」
として一人前といわれるくらい、ここを乗り通すのがステーラスとされている。
 なにしろ、水戸ー郡山間を、直通の列車に乗って、およそ3時間半かかるのだ。 
3時間半といったら、新幹線のぞみ号なら、東京を出て、岡山駅を通り過ぎて、広島
駅の手前まで進んでしまう。

 おまけに、この水郡(すいぐん)線、別名:退屈線と呼ばれるくらい車窓からの景
色に変化がないことでも有名らしい。
 まさに鉄道マニアが、勇猛果敢にトライして自慢するのにふさわしい路線である。

 きょうは、その水郡(すいぐん)線に挑戦しようと思っている。
 前から一度チャレンジしようと思っていたのだが、何度も自分で理由をつけてキャ
ンセルし続けていた。
 ここらで気合入れて乗ってしまわないと、年齢も年齢だ。どんどん行くのがもっと
つらくなる。

 午前9時。嫁と、上野駅へ。

「みどりの窓口」で、キップを買ってから、駅構内の「染太郎(そめたろう)」へ。 浅草の焼きそばの名店だ。  この「染太郎」の外に出ていたメニューのコロッケサンドが、おいしそうな気がし たのだ。  しかし、お店に入って、コロッケサンドを注文すると「すみませーん! コロッケ ねえ、パンが切れちゃってるのよ〜!」との返事。 「困ったな。どうしよう?」 「コロッケサンドが食べたくて、ここに入ったからなあ! 駅弁にするか!」 「じゃあ、すみません。コロッケサンドが食べたかったので…」と言って、お店を出 ようとして、出口でお店のおじいちゃんと目が合った。 「すみません! コロッケサンドが食べたかったもんで…」というと、ごま塩頭の元 気のいいおじいちゃんは「コロッケかい? ここに陳列してるコロッケでいいなら出 してやるよ!」というではないか! 「えっ? いいんですか?」 「いいよ! 先に陳列用のコロッケサンドを作るんだよ。このあと千住からパンが届 くんだけど、まだ届いてねーんだな、パンが! バンズがね! だからここにあるの でいいなら、出してやるよ!」 「それでお願いします!」 「中身はカニコロッケだよ!」  かくして、コロッケサンドセット、550円にありつけることになった。

 待ったかいがあった!  予想通り、うまかったよ!  カニコロッケというから、カニクリームコロッケを想像していたんだけど、ジャガ イモの多い、ふつうにおいしいコロッケが、ハンバーガー用のバンズにはさまったも のだった。  このコロッケサンドは、上野駅の近くに仕事で来たら、寄ってでも食べたい味だ。  午前10時。原ノ町行きスーパーひたち15号に乗車。  今年は、このスーパーひたちに乗ることが増えそうだ。

 沿線には、まだ桜が満開なところが多くて、車窓からの景色もたのしい。  水戸の偕楽園は、梅の名所として有名だけど、千波(せんば)湖の畔に長く続く桜 並木は、ワシントンのポトマック河畔の桜のようにもきれいだねえ。

 すみません。アメリカに行ったことがないのに、ポトマック河畔の桜をたとえに出 してしまいました。  午前11時5分。水戸駅で下車。  跨線橋を渡って、いよいよ水郡線へ。  あれ? 3両編成?  きれいなステンレス車両?  鉄道マニアが、鉄道マニアの名をほしいときの踏み絵のような水郡線の列車は、こ んなに新しい車両なの?  てっきり、1両だと思い込んでいた。  しかも3両編成なのに、車内は、私と嫁がバラバラの席に座るくらい混んでいる。 ちょっとどころか、かなり当てが外れた。

 午前11時15分。常陸大子(ひたちだいご)行きの水郡線が、しずしずと…いや、 かなり馬力たっぷりのディーゼル車両特有の身体をぶるぶる震わせながら、発車した。  この水郡線が、かなりマイナーなイメージが強いのは、駅名にもある。  なにしろ「常陸(ひたち)○○○○」という名前が多すぎる。 ・常陸青柳(ひたちあおやぎ) ・常陸津田(ひたちつだ) ・常陸鴻巣(ひたちこうのす) ・常陸大宮(ひたちおおみや) ・常陸大子(ひたちだいご)  途中、上菅谷(かみすがや)駅から乗り換えると、常陸太田(ひたちおおた)駅へ 行ける。  さらに、常陸シリーズが終わると、磐城(いわき)シリーズが始まる。 ・磐城石井(いわきいしい) ・磐城塙(いわきはなわ) ・磐城棚倉(いわきたなくら) ・磐城浅川(いわきあさかわ) ・磐城石川(いわきいしかわ) ・磐城守山(いわきもりやま)  混乱するわけだ。 「常陸」と「磐城」では、漢字も難しい。

 列車は、住宅街をかなり早いスピードで駆け抜けて行く。  無人駅も多い。  車掌さんが、ホームに降りて、お客さんからキップを受け取る。  このやりとりが、旅情だ。

 運転士さんの座席の裏に貼ってある「ご用件は停車中にお願いします」の文字も旅 情だ。バスじゃないんだから。  車窓からの景色が単調といわれる水郡線だが、いまは桜と菜の花の季節だから、 けっこう変化がある。ピンクと、白と、黄色のくりかえしは、楽しい。  乗客は、どこかの駅でゴソッとたくさんの人が降りるということがなく、ひとつひ とつの駅で、ぽつん、ぽつんと数人ずつ降りて行く。  かなりの駅数を過ぎて、ようやく乗客数が減ってきた。  それにしても、どこまでもまっすぐなレールだ。  たまにカーブを切ることがあっても、そこからまたずっと、どこまでも一直線に進 んで行く。

 高低の起伏はなく、住宅街と林のなかを通り過ぎて行く。  いかにも関東平野を走っている電車なんだなあ!ということを思わせてくれる。  玉川村駅という駅名があった。  駅名に「村」という文字まで入っているのは珍しい。  水戸を出てから、約1時間。  中舟生(なかふにゅう)駅というおもしろい駅名があった。 「中舟生」で「なかふにゅう」とは、読めないものだ。  水郡線は、音だけ聞いていれば、水軍線と思ってしまうのだが、もちろん海岸線な ど走らない。なのに「中舟生」と「舟」の文字が入っているのが、不思議。 あっ。 その謎は、すぐ解けた。  中舟生(なかふにゅう)駅の手前の山方宿(やまがたじゅく)駅を過ぎた頃から、 車窓の右側に、久慈(くじ)川が見え始めたのだ。  そうか。久慈川の「舟」で、中舟生(なかふにゅう)駅だったのか。

 おもしろい駅名なので、たしかこの辺の出身だったと記憶しているポニーキャニオ ン勤務のけーむら(木村真人)クンに、携帯メールする。  すると、中舟生(なかふにゅう)に本籍と、お墓があって、山方宿(やまがたじゅ く)に、実家があるというではないか!  ここまで、どんぴしゃりに、嫁と驚く。  久慈(くじ)川の登場で、車窓からの景色は一変した。  関東平野から、一気に「渓谷(けいこく)」だ!  いっぱい水をたたえた久慈川の水面が緑色の美しさを見せてくれる。  川沿いの桜並木が、ワシントンのポトマック河畔の桜のように美し…、ハイ、アメ リカに行ったことありません。  菜の花の群生も、見事だ。

 いやあ、水郡線が単調な車窓なんて、誰が言ったんだ。  こんなに変化に富んだ景色があったじゃないか!  飛騨高山に向かう電車の車窓に匹敵するような絶景だぞ。  午後12時25分。袋田(ふくろだ)駅で下車。  小さな山小屋のような駅だ。  駅前に観光バスが何台も並ぶ、けっこう大きな駅だ。  トイレはぼっとん便所だったけど。

 駅前から、タクシーに乗る。  タクシーの運転手さんが、陽気なおじいちゃんだった。 「お客さん! いいときに来たよー! きょうは天気いいし、風もないし、桜も満開 だし、最高だよー!」  午後12時30分。「こんにゃく関所」へ。  袋田は、こんにゃくが名産らしく、ここはこんにゃくの専門店だ。 「あの〜、こんにゃく資料館っていうのは、どこにあるのでしょう?」 「ここだよ! たいしたものはないよ! 見て行くほどのもんじゃないね!」  自分から言っちゃわないでよねえ。 「タクシー待たせてるなら、先に行ったほうがいいよ。メーター上がるから!」 親 切なことは、親切なわけだ。  そうめんこんにゃく、三色田楽、さしみこんにゃく、湯葉なども売っている。 こ んにゃくの田楽をひとつだけ買って、ほうばる。  おいしい。  写真撮り忘れた。  午後12時45分。袋田(ふくろだ)の滝へ。  袋田の滝は、日本三瀑布のひとつと呼ばれている。  ほかのふたつは、栃木県の華厳の滝に、和歌山県の那智の滝だ。

 門前町、城下町のように、お土産屋さんが並ぶ。  お店の名前も、滝本屋に、滝生屋に、滝見屋といった、滝にちなんだ屋号ばかり だ。そんなにすごいのかな、この滝は。  えっ? 滝を見るのに、入場料が必要なの? 300円?  まあ、いいや、郷に入ったら、郷ひろみだ。  ぐへっ! いきなり階段登るの?  おお! 遠回りだけど、スロープもあるのか。  こっちにしよう。  入場料はどこで払うんだい。  あった、あった。  ほっ? 袋田の滝トンネル?  トンネルの向こうに滝があるのか。ふーん。。  それで入場料が必要なのか。

 ひ〜こら、へ〜こら。  このトンネル、なだらかに登り坂になっているぞ。  微妙につらいじゃないか。  しかも長い。  200メートルもあるの?  おまけに、寒い。  きょうはいい天気だけど、クーラーが入ったみたいに涼しい。

 ちょっといつになったら、通り抜けるの? 「観瀑台→」の表示が出てきた。  しかし、「観瀑台(かんばくだい)」という言い方が大仰だね。  うわあああああああああっ!  これが、袋田の滝かあ!  でかい! ワイドだ! 高い!  ものすごい水量だ!  高さ120メートル?  幅73メートル?  氷壁から白糸のように吹き出る水が、ダイナミックにして、繊細だ!

 まいりました。  ごめんなさい。  まさに「瀑」の文字がぴったりな、雄大な滝でござんした。  いやあ、うっとりしちゃうくらい格好いい!  袋田の滝は、滝の流れが大岩壁を四段に落下することから、別名「四度の滝」とも 呼ばれている。  またその昔、あの西行法師がこの地を訪れたときに「この滝は四季に一度ずつ来て みなければ、真の風趣は味わえない」と、絶賛したことから「四度の滝」と呼ばれる ようになったとも言われているそうだ。  あの冬のニュースのトピックスでよく見る、凍結した滝っていうのは、ここのこと だったんだねえ。

 本当に、しばらく呆然と滝を見つめてしまったよ。  さっきのトンネルがいいんだね。  寒くて、狭いトンネルを抜けると、バ〜〜〜ン!と、視界が広がって、この絶景の 滝だもんね。  滝の落差もすごければ、この演出の落差も見事だ。  滝の頂上を見上げながら、滝のフェンスまで近づいて行くと、ひっくり返りそうに なるくらい大きい。

 ああ! こんなに私は滝が好きだったのかと驚いたくらい、この滝を気に入った よ。だって高所恐怖症だから、滝なんて好きじゃないとおもってたもん。  美しいものは、何でも美しいね。  四度見に来るには、遠いけどなあ!  袋田の滝のお土産屋さん街に戻って、食べ物チェ〜ック!  まずは、奥久慈名物、鮎の塩焼きから!  こういう串に刺さった鮎の塩焼きみたいなのは、大好き!  山芋とこんにゃくの串焼きもおいしいなあ!

 おせんべいも買う。  ねぎみそせんべいが、気になった。

 袋田の滝を後にする。

 途中、けーむらクンが推薦する、常陸大子のトンネルの手前の絶景という場所に 行ってもらうが、運転手さんの勘違いか、電車からの車窓のほうが雄大なのか、ち ょっと違う場所のような気がした。

 午後1時15分。道の駅「奥久慈だいご」へ。  おいしそうなシイタケとか、野菜を売っている。  買って帰っても、食べるチャンスがないなあ!  このあと、どこかで食べて帰りたいし。  しかし、ニンジンの大きさにびっくり。  杖くらい大きくて、230円だって!

 いちごソフトを食べる。  食べて食べまくるのが、私の仕事。  栃木のとちおとめの苺をつかったいちごソフトかな?とおもって食べたんだけど、 ここは茨城県だった。  気づいたときには、すでに遅し。  いちごソフト、おいしゅうございました。

 しゃもつくねを食べる。  うまい!  こんにゃくや、鮎の塩焼きを売っている道の駅は多いけど、軍鶏つくねを売ってい るのは、珍しい。奥久慈しゃもが、このあたりの名産だからだね。  おいしいものがたくさんある取材先は、高感度もぐんぐん上昇する。  水郡線も、想像していた2倍も、3倍も、好印象だ。  午後1時30分。常陸大子(ひたちだいご)駅へ。

 げっ! 次の郡山駅行きの電車の発車時間は、午後2時36分!  1時間6分後じゃないか!  や、や、やるなあ、水郡線!  ついに本領発揮か!  かなり商店街は広がっているようなので、とにかく喫茶店を探しにでかける。  駅前中央通りを歩く。  ファッションタウンという洋品店があったんだけど、う〜ん。ちょっと巣鴨の洋品 屋さんっぽい品揃えだ。

 シャッターの閉まったお店が多い。  どの町も、郊外の大型スーパーの進出で、ほとんどの商店街が潰れてしまってい る。そのまま大型スーパーが繁栄すれば、それは時代の流れなのだから、甘んじて受 け入れるしかないのだが、そのうち大型スーパーまでもが経営破たんを起こして、町 が消えてしまうのだけは、カンベンしてほしい。  駅まで戻る。  こまった。喫茶店がない。  時間はちっとも経っていない。  駅前には、おそば屋さんしか…、あれ? おそば屋さんに、コーヒーがある。  ええい、もう、おそば屋さんでも、とにかくコーヒーが飲みたい。  カウンター式のいかにも駅そば風のお店だ。  コーヒーを飲む。  ああ、コーヒーがおいしい。  しばらくすると、お店にいたお客さんが話しかけてきた。  何を話したか忘れたが、ダラダラと一本調子な会話に困惑する。  困るのは、その土地の地名をずらずら並べて解説されても、こっちは旅人なのだか ら、急に難しい英単語を並べられたようなものだ。  旅先では、親切でいい人に出会うことのほうが圧倒的に多いのだが、たまにこうい う面倒な人に会うことがある。  最後に、このおじさんに「ここの駅から、郡山駅までどのくらい時間かかるんです か?」と聞いてみた。 「う〜ん。そ、そんなにかからんよ! 1時間とちょっとくらいかの〜!」  ほんとうかなあ。  せっかく、ここでのんびり電車を待つつもりだったけど、コーヒーを飲み干して、 駅の待合室で休むことにした。  駅で時刻表を調べると、郡山まで、1時50分だった!  やっぱり、さっきのおじさん、嘘をついていた。  嘘ではないのだろう。  ああいう性格だ。 「知らない」と言えなかったのだろう。  どうも私が嫌いになる人は「知らない」といえない人が多い。  それにしても、頻尿の志士としては、1時間50分もの間、トイレがないのは、 ちょっと不安だなあ。 『ロード・オブ・ザ・リング』の3時間を我慢して以来の難行苦行だ。  待ちきれずに、午後2時20分。  電車の発車まで、まだ16分ほどあるんだけど、プラットホームへ。  少し風が吹いてきて、暖かい陽射しのなかで、気持ちいい。  おお! 3両編成の電車がやってきた。

 1両目がずいぶん混んでいるなあ!  2両目がかなり空いているし、トイレがあった。  頻尿の志士としては、トイレがあるという安心感だけで、トイレに行かなくてすむ 場合が多い。  2両目に乗る。  あれ? まったく乗客がいなくなってしまったぞ!  みんなここで降りちゃったの?  そこへ、アナウンスが流れた! 「この駅で、2両目、3両目を切り離すので、1両目にお移りください!」  ええ〜〜〜ッ!  ここから、1両になってしまうの!  トイレないんでしょ!  1時間50分でしょ!  新幹線のぞみ号で、東京ー京都間は2時間10分だぞ。  1時間50分は、名古屋よりも遠い。  がび〜〜〜ん!  1両になったもんだから、電車は、満員だ。  トイレに行きたくなったら、どうすりゃいいんだろう。  途中下車したら、次の電車が来るまで、2時間だろうし。どうすればいいのだろう?  タクシーなんてある駅はほとんどないんだろうし…。  絶体絶命のピ〜〜〜ンチ!  乗るしか選択肢はない。  RPGの「はい」「いいえ」みたいだ。 「はい」を押さないと、先に進ませてくれない。  午後2時36分。郡山行き水郡線の1両電車が発車する。  ピンチとは裏腹に、久慈川の景観は、ますます美しくなってきた。

 常陸大子駅の次の下野宮(しものみや)駅を過ぎると、いよいよ水郡線は、福島県 に入った。

 東京都、千葉県、茨城県、福島県…。  本日4つめの県だ。  妙な達成感を覚える。  矢祭(やまつり)山の桜が、このあたりでは美しいと聞いていたけど、矢祭山駅の まわりの桜が満開で、気持ちいい。  さすがに、車窓からの眺めに、人家が減って、畑が増えてきた。  トラクターが走っている様が、似合う景色だ。  景色を眺めながら、『桃太郎電鉄14(仮)』のアイデア出し。  今朝からずっと、けっこうつかえそうなアイデアがぽこぽこ生まれている。  先日、吉報が入って、『桃太郎電鉄』シリーズの続行が決まったので、そろそろ 『桃太郎電鉄14(仮)』のアイデアをまとめないと、来年の発売に間に合わない。  しかし、毎年、毎年、出るかどうかわからない作品のアイデア出しをするのは、か なりつらいものがある。  母畑温泉、猫啼温泉の文字が目に入る。 「母に、畑で、何て読むんだ?」と、嫁に話しかけると、隣りに座っていたおばさん が「母畑(ほばた)温泉です!」と、答えてくれた。 「母畑(ほばた)温泉! 読めないなあ!」  あとで調べたら、母畑(ほばた)温泉は、源義家が発見したといわれ、打ち身に よく効く湯として有名らしい。5軒の宿があるそうだ。  まだまだ知らない温泉は、たくさんある。  猫啼(ねこなき)温泉というのは、いい名前だね。 「猫」に「鳴く」ではなくて、「啼く」と難しい文字をつかっているのが、由緒あり そうだね。  あとで調べたら、泉式部が京に上るとき置き去りにした猫が鳴き続けたことから、 名が付いた温泉だという。なるほどね。  袋田の滝で買ってきた、おせいんべいを食べる。  ねぎみそせんげいが、うまい! 抜群にうまい!

 甘じょっぱい食べ物に滅法弱い私のツボを直撃だ、このおせんべいは!  これはもう一度食べたい味だ。  でも、袋田の滝のお店オリジナルのようだ。  困った。袋田の滝は、気軽に行けない。  でも、嫁はこのねぎみそせんべいを「そんなにおいしくない」といっていたから、 私の味覚をあまり信用しないでね!  私はときどきB級グルメに夢中になることがある。 「おせんべい食べたのに、お茶飲まないの?」と嫁がいう。 「飲みたいけど、もしトイレに行きたくなったら困るから、飲まない!」  私のペース配分では、郡山駅まで、あと30分くらいになったら、お茶を飲もうと おもっている。  でも本当は、すでに喉が渇いて、お茶を飲みたくて仕方なくなっている。  頻尿の志士は、まだ尿意はもよおしていないのだけが救い。  まだ郡山までは、1時間近い。  しばらく、車窓を眺めながら、うとうとしたりする。  だいぶ時間が経った。  おお! もうすぐ郡山まで、30分だ!  あれ? 前の座席に座っていたおじいちゃんが、急に立って、運転士さんのほうに 近づいて行くぞ! あのおじいちゃんも見るからに、頻尿の志士だろうなあ…、っ て、おい! あのマークは!  あああああっ! この車両にも、トイレがあったのか〜〜〜!  な、な、なんたる勘違い、早とちり、思い込み!  ああ! 水戸駅から乗った3両編成の水郡線の1両目には、トイレがなかったの で、この車両には、トイレがないものだと思い込んでいた!  く、く、くそ〜〜〜ッ!  あわてて、ペットボトルのお茶を飲み干す。  もうすぐ、郡山駅だ。  途中、袋田駅から常陸大子駅までの区間の水郡線に乗車しなかったけど、一応水郡 線の全駅を踏破目前だ!  私も、鉄道マニアと呼ばれてもおかしくないかな?  隣りのおばちゃんと話す。  母畑温泉の読み方を教えてくれたおばちゃんだ。  郡山で何を食べたらいいのか聞こうと思ったのだ。  でも案の定、最初に出てきたのは、薄皮饅頭。  郡山といえば、薄皮饅頭だからね。  ほかにも三万石の和菓子とか、ロールケーキとか、お菓子類しか出てこない。 「夕食になるようなものは?」 「ほほほ。ないですねえ!」  やっぱり、ないんだあ!  それより、おばちゃんの口から出た言葉にたまげた!  なんと、このおばちゃん、息子さんの入学式のために、福島から東北本線に乗って きて、郡山から、水戸まで、水郡線で行って、きょうはまた水郡線で、郡山から、福 島まで行くのだそうだ。 「水戸から、ノンストップで郡山までですか?」 「はい。もう本を読みきっって、することもなくなっちゃって。ほほほ…」  思わず「おばちゃん! あなたこそ、真の鉄道マニアだ!」と叫ぶところだったよ!  午後4時26分。郡山駅に着いた。  ついに念願の水郡線、踏破!  やった! うれしい!  ゴールのテープがあるわけでもないけど、感無量!  トイレにも行かなかったぞ!  それにしても、水郡線は、郡山駅でも冷遇されてるね〜!  東北本線のホームと共有で、水郡線だけのホームがないんだよ。  しかもホームのはじっこ。  何だかかわいそうになってしまうよ。 『桃太郎電鉄』では、青マスだらけにしてあげるからね!  水郡線、気に入ったぞ!  駅を降りて、駅構内のお土産品売り場などを物色。

 会津若松の名物・棒たら煮や、喜多方ラーメン、仙台名物・ずんだ餅など売ってい て、郡山オリジナルは、やっぱり薄皮饅頭ぐらいしかない。  郡山は、交通の要所なんだから、もっと独自の食べ物、お土産品があるとおもって いたんだけどなあ!  駅弁の「ずうずう弁」は、以前クイズ問題につかったことがあるような気がするな あ。

 午後5時。駅前から、少し歩いたところの「麺家くさび」へ。  極上あぶりチャーシュー豚骨麺という、麻雀の役を数えるような名前のラーメンを 食べる。

 なかなか、うまい。  でも、東京タイプのラーメン屋さんだ。  郡山でこの味なら、繁盛する…、いや、もう繁盛してるんだろうな。  できることなら、郡山ならではのラーメン屋さんを作ってほしい。  喜多方ラーメンに奥久慈の軍鶏つくねを乗せたものなどがいいと思う。  ほう! 駅前の高いビルが、水郡線で隣り合わせたおばちゃんが言っていた、プラ ネタリウムが入っている、ビッグアイというビルか!  郡山駅は大きいよね!  大きな街だ。

 駅前からエスカレーターで、新幹線乗り場に向かおうとしたら、なんと駅ビルの2 階にカウンター形式の小さな「薄皮茶屋」が!  しかも「できたて薄皮饅頭」の魅力的な文字が躍っている…、いや、躍っていたの は、私かもしれない。

 1個85円で、お茶付き。  せいろの乗った出来立てで、ほかほかの薄皮饅頭のうまいこと!  お店のおじさんが「薄皮饅頭は、江戸時代の創業じゃからね。150年以上にもな る!」と話してくれた。  薄皮饅頭に関しては、私はけっこう特別の思いがあった。  憎き継母のお父さんという人がいい人で、子どもの頃、よく家に来たのだが、その とき必ずこの薄皮饅頭を持ってきた。  だからこのおじいちゃんが来ると、また薄皮饅頭が食べられると、いつも楽しみに していたのだ。  おじいちゃんはまた「ブリジストン」という名前が入った鉛筆もよく持ってきてく れた。当時ブリジストンは、タイヤだけでなく、マットレスも作っていて、その宣伝 材料用に配っていたものだろう。  HBではなく、Bくらいのやわらかい鉛筆で非常に書き心地のいい鉛筆だった。  この鉛筆で私はよく漫画を描いた。  出来上がった作品を、おじいちゃんに見せると、おじいちゃんは私にお小遣いをく れた。このお小遣いに味をしめた私は、おじいちゃんがいつ来るかわからないので、 つねに作品を書き溜めていた。  もう気づいた人もいるだろう。  締め切りぎりぎりにならないと仕事をしない人が大半の文筆業の人たちのなかにあ って、「締め切り前に原稿を書き上げる不思議な男」と呼ばれる私は、どうもこのお じいちゃんのお小遣いめあてで出来上がったようなのだ。  そう思うと、薄皮饅頭を持ってきてくれるおじいちゃんに感謝しないといけない。 そんなことをふと思い出した。  午後6時1分。郡山駅から、東京行きMaxやまびこ122号に乗車。

 新幹線の電光ニュースに、きょうの試合速報が流れる。 「横浜ー広島 5−1…」  おっ、勝ってるぞ!  おや? えっ? 「横浜ー広島 5−15(終了)」  ええ〜〜〜ッ! なんちゅう点差! しかも終了?  きょうは土曜日だから、デーゲームかあ!  これで勝率5割。  まあ、阪神3連勝で見た夢が、当分持続するから、それほどの落胆はない。  昨年の勝てっこない雰囲気よりも、数倍いい雰囲気だ。  午後7時24分。東京に着く。  午後8時。自宅に戻る。  こんなに早い時間に帰ってこれた。  身体も先日の糸魚川、直江津、高田公園の旅よりも、ずっと楽だった。  でもまさか、このあとこの日記を書き上げるのに、8時間もかかると思わなかっ た…。どっぷり疲れた。

 
さくまNEWS


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