10月4日(土)

 午前7時。函館シーボンホテル。
 かなりいいね、このホテル。
 よく眠れた。

 午前9時。シーボンホテルをチェックアウト。
 前回、このホテルの近所で見つけた、けっこうおいしいパン屋さん「ぼんぱん」で、
豆パンなど買う。
 ここの豆パンはおいしいよ。

 函館でいちばん有名な二十間(にじゅっけん)坂の中腹で、不動産屋さんと待ち合わ せ。五島軒の本店のはす向かいだ。  ここに「売りビル」がでていたので、見せてもらう。  いやなに。うちの娘が今回家で留守番をしているから、函館の夜景が見えるビルでも ひとつお土産に買って行って、あげようと思ったのだ。  …という話、私の場合、けっこう信じられてしまうよね。  函館は大好きな町だし、以前、五稜郭にマンションを持っていたので、たしかにまた 函館に家を持っても、変ではない。  でも家というのは、買うとやっぱり高いのですよ。  でも、たとえば値段がざっくり5000万円だとして、私と嫁が、ひとり1万円のホ テルに泊まったとしたら、ふたりで2万円。2500日泊まれてしまうわけだ。250 0日といったら、あなた! 約7年間ホテルを借りっぱなしにできるって、金額ですよ。  これに函館ー八戸間の料金が、ひとり1万8490万円。2万円と計算しても、25 00回往復できてしまう。  ホテルと電車で往復しても、1000回以上、函館に来てやっと釣り合いが取れる金 額なのだよ。

 というわけで、函館でいちばん有名な二十間坂の最高に眺めのいい場所のビルだった んだけど、昭和46年築の古いビルなので、買ったとしても、2000万円くらいつぎ 込まないと、住むこともできなさそうだ。  2000万円といったら、あなた! ホテルに1000回、電車に500回。ええい、 もういいわい。  鉄道ファンが時刻表を好きなように、私の場合、不動産を見るのが好きである。  不動産屋さんにとっては迷惑な客かもしれない。  でも一応長年の知識で、この家のいいところはどこで、悪い部分はどこかというアド バイスはしていく。  実は、前回6月に函館に来たとき、このあたりを歩いていて、こんないい場所にビル が買えたら、日産シルビアを展示できていいのになあ!と言っていたビルが、そのまま 売りに出ていたので、見てみたかっただけなのだ。  午前10時15分。売りビルのすぐ上の道が、レイモンハウス元町。  その隣りの喫茶店「やまじょう」で休む。

 メニューにないカフェオレを作ってくれる。  函館の人は誰もがやさしい。  そのやさしさの典型のようなお店だ。  映画祭に参加したり、芸術活動も支援しているようだ。  地方ではこういう人がいないと、町が活性化されずに停滞してしまう。 「路面電車サミットっていっても、函館の人も、えっ、そんなのやってたかってもんだ よ!」  ほんと、ほんと。路面電車サミットをめあてにやってきたこっちの身にもなってほし いよ。

路面電車&馬車

 午前11時。函館駅へ。  コインロッカーに、荷物を預けて、朝市へ。  函館朝市でいちばん有名な「きくよ食堂」へ。  いつのまにか、きくよ食堂は、通路の前にも支店を作り、朝市の奥のほうにも支店を 出して、ぜんぶで4軒に増殖していた。  昭和31年創業のお店だ。  たしかに、おいしいお店だけど、いまはどのお店でもおいしい。  朝市に届く、新鮮な海産物をつかっているのだから。  ただ昔、食べ物屋さんがほとんどない頃に、きくよ食堂は新鮮な海産物を出していた ので、ほかのお店が気づいて、追随する頃には、すっかり朝市の顔として、定着した。  先行者有利の原則だ。

 ホタテ、イクラ、ウニの入った巴丼を注文。  イカソーメンを単品で。  ちょうどイクラの季節なので、巴丼のなかではイクラがいちばんおいしかった。  朝市を歩く。  10年前くらいの朝市がどうしようもなく、イヤな場所になった頃に比べて、見違え るように明るくなっている。  本来、函館の人は、日本でいちばん親切で、やさしい人揃いだと思っているので、元 に戻れば、いい場所なのだ。  バブル期に、カニがたくさん売れすぎて、みんないい気になっていたのかな。

 まだトウモロコシを売っていたので、トウモロコシを食べる。1本100円。 北海 道では、トウモロコシのことを、「とうきび」といってみたり、「とうきみ」といった りする。  お店の人に聞いてみたら、「とうきみ」という言い方をするのは、函館だけで、札幌 の人に「とうきみ」と言っても、わからない場合があるらしい。  函館だけの言い方のようだ。  でも「とうきみ」は、「とうきび」の「黍(きび)」が、「黄実(きみ)」と書くこ ともあることから、「とうきみ」と呼ばれるようになったという説があるようだ。  朝市のいちばん奥にある「珍味館」で、きょうの帰りの電車のなかで食べるお弁当用 の「いかめし」を作ってもらう。  どうやら、自家製の本格的な「いかめし」のようだ。  待っている間に、とろろ昆布スープを出してくれる。  こういうやさしさが、函館の人たちの持ち味だ。

 待っている間に、店内を見ていると、イカを水槽から出してきて、若い女の子が、お 客さんの目の前で、イカをさばくサービスをやっていた。  この趣向は、おもしろい。  もうお腹いっぱいで、頼めないのが残念。 「イカは、骨と皮以外は、ぜんぶ食べられるっからねえ!」  この目の前パフォーマンスは、2000円でやってくれる。  イカ刺し定食が、2000円のお店もあるから、さほど値段の高い料金設定ではない。  午後12時。函館駅前の停留所から、函館の市電に乗る。 「函館どっく」行きだ。  一応、第6回函館サミット期間中は、料金一律200円のサービスをやっているよう だけど、ふだん近い場所で、200円。遠い場所でも、250円なんだから、一律20 0円で乗れるといわれても有難味(ありがたみ)がない。

 サミット期間中なら、「一律10円」にしなきゃ! 「一律10円」なら、全国のニュースも飛びついて、放送してくれたら、10円でも宣 伝費として、お釣りが来るくらいだ。 「函館どっく前」で降りても、何もないことは知っているので、終点界隈をちょっとだ け歩いて、再び「函館どっく前」駅から、市電に乗る。

 嫁が道端の花を、デジカメしながら驚いている。  紫陽花と、サルビアと、コスモスと、朝顔が、同時に咲いていて、季節感がむちゃく ちゃだというのだ。さすが北海道はちがうね。

 午後12時40分。市電「十字街(じゅうじがい)」で降りる。  函館の市電のなかでも、景色がいちばん美しいところだ。

「昆布よろず屋」で、昆布などを買って、「高田屋嘉兵衛(たかだやかへい)資料館」 に行く。

 高田屋嘉兵衛は、司馬遼太郎さんの『菜の花の沖』の主人公だ。  北前船で、貿易を営み、函館を開発した豪商だ。  昨年だったか、NHKで竹中直人さん、鶴田まゆサン主演で『菜の花の沖』は、ドラ マ化された。  こういう博物館は、自分の知識が増えると、前に来たときには気づかなかった資料や 遺品に気づくことが多いので、楽しい。  歴史のお勉強の成果を確かめに来るような部分がある。 「海鮮市場」で、最後のお土産品を買って、函館駅へ。  午後1時40分。スーパー白鳥24号に乗車。

 6号車、6号車…、ああ! グリーン車が満員なのは悔しいなあ。こんなにグリーン 車はガラガラなのに。どうせ三沢から八戸までの短い区間だけグリーン車に乗るお客さ んばかりだろうに。  ぎゃひーーーん! 6号車は、スーパー白鳥ではなくて、旧型車両ではないかあっ!  騙されたあ!  こんな車両なら、もっと早い列車に乗って、とっとと東京に帰ったよ!  無神経だなあ。あいかわらずJR東日本は。  列車が走り出した。  さよなら函館だ。  やっぱり私は函館が好きだなあ。

 柴尾英令くんにいわせると「さくまサンは、海があって、市電が走るような町が好き なんですよ!」  あっ。ほんとだ。  鎌倉もそうじゃないか!  松山とか、広島、長崎も好きなのは、海があって、市電が走っているせいか。  最近、柴尾英令くんに「さくま分析」をしてもらうのが楽しい。  今度は、函館に3日間だけという旅行をしたいな。  年内にも。クリスマスを函館で、というのはロマンチックでしょ。  函館は、雪がほとんど降らないけど、坂道のイルミネーションは最高だよ。  またロマンチックじゃないおデブさんたちがついて来たりして…。  午後4時43分。八戸駅に着く。  満員のスーパー白鳥から、たくさんの人たちが吐き出されて、そのほとんどが新幹線 はやてに向かっていく。  それにしても、若者がひとりもいないのはどういうわけだ?  老人のほうが、旅好きということなのかな。  午後4時55分。八戸駅から、はやて24号に乗車。  乗車と同時に、函館の朝市で作ってもらった「いかめし」を食べる。  さすがに時間をかけて作ってくれただけあって、手作り感満点のおいしさ。

 イカがやわらかい。  イカの頭のところにまで、ご飯がぎっしり。  ただ例によって、いかめしは大きすぎ。  ふたりで1個でよかった。  車中、VAIOの充電が残り少ないので、ずっと読書。  文庫本がちょうど1冊読めた。  午後8時8分。東京駅着。  1週間雨が降らなかった東京が、私が帰った瞬間に雨が降ったそうだ。  どういう歓迎の意味かな?  午後8時30分。自宅に着く。  疲れていないつもりでも、身体は正直。  机の前のイスに座った瞬間、思い切りひっくり返って、左足から血が出てしまった。 いかん、いかん。家に帰るまでが遠足…もう、家には着いたよ。  うひひひ…。  左足の傷口がお風呂のお湯にしみる…。  自業自得なり。

 

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