10月3日(金)

 帯広北海道ホテル。
 昨夜、眠れないまま、ずっと明け方4時過ぎまで、旅行中の日記を書き続けてしまっ
た。
 それでも、まったく書き終えることなどできない。
 ある程度まで下書きをして、東京に戻ったら、清書するつもり。

 けっきょく、一昨日までこの帯広一帯は、余震の速報が、テレビをにぎわせていたの
に、昨日私たちが帯広に着いてからは、とうとう一度も余震の情報を見なかった。
 しかし、これほど身近な地震は、阪神大震災以来だ。
 しかもこれほどまで、中心地に肉薄する旅になるとは思わなかった。

 午前7時過ぎに、再び少しまどろむ。

 午前8時。1Fのラウンジで、朝食。
 いつも早起きなヤサカタクシーの宮本さんがもう朝食を取っていた。

「さくまサン、また今回も3日間ありがとうございました!」  最後まで宮本さんは礼儀正しい。 「いえいえ、こちらこそ!」 「ずっと運転させてしまって、すみませんね!」 「いえいえ!」 「あっという間の3日間でしたね!」 「ほんまに。帰りたない!」 「あははは! 宮本さんの『帰りたない!』が出た!」  土居ちゃん(土居孝幸)、柴尾英令くんも到着。    午前9時。ホテルの玄関で、宮本さんを見送る。  宮本さんは、ワンボックスカーを空港に行く途中のレンタカー屋さんに返して、その まま午前11時過ぎには、機上の人だ。  今回の宮本さんがワンボックスカーを運転した走行距離数は、794キロ!  ほぼ800キロだ。  800キロといえば、ほぼ東京から北九州くらいまでだと思う。  すごい距離を走ったものだ。  北海道は広い。  午前9時30分。私、嫁、土居ちゃん、柴尾英令くんの4人で、「帯広百年記念館」 に向かう。北海道ホテルから、街角にして4本目くらいなので、歩いて5分程度で行け ると思ったのだ。  とことが…。 「あれ〜、さくまサン、道間違えていません?」 「北海道ホテルから、左下に向かえばいいから、こっちだと思うんですけど…」 「何!?」 「いま午前中で、太陽が右側に出ているから、こっちの方角が西になると思うんですよ!  ということは、対角線上に逆に向かって進んでいることになりません?」  太陽の位置で、東西南北を考える柴尾英令くんは、すごいよなあ。 「それにしても、人間ジャイロスコープと呼ばれるさくまサンが方向を間違えるなんて、 珍しいですね!」  そうなのだ。  私はつねに歩いているときに、日本地図を頭に思い浮かべて歩いているので、まず方 向を間違えることがない。  昨日、2〜3時間しか寝ていないのと、襟裳行きが阻まれたために、いつもの集中力 に欠けているのだろう。  こういうときは、勝手な思い込みは大事に至る。  下手に動くより、出発地点に戻るほうがいい。  北海道ホテルまで戻って、タクシーで「帯広百年記念館」に向かうことにした。  北海道の道路は、一筋、一筋の道が大きくて、人家の模様が微妙に似ているので、道 を間違えたときなどに、迷うことが多い。  車で間違えるならいいが、歩いて間違えると、元の道路に戻るまで、30分以上かか ってしまう場合が多い。  帰りの時間のこともあるし、ここで歩き疲れたら、帰り道がつらくなる。  午前10時。「帯広百年記念館」へ。  大きい、大きい。笑っちゃうくらい、大きい。  広い、広い。あきれかえっちゃうくらい、広い。  ここには、植村直巳さんの記念館もあるようだけど、敷地内を歩いて、15分かかる そうだ。なにしろ、この「帯広百年記念館」のある緑ヶ丘という公園は、南北だけで、 1キロぐらいある。  1キロといったら、JR新宿駅から、新宿御苑前駅くらいの距離だよ。  東京だと、地下鉄2駅分だ。  本州では考えられない規模だ。 「帯広百年記念館」で、マンモスの時代からの帯広をお勉強。

 展示物を見ながら、もっとわかりやすい説明を加えてくれる柴尾英令くんという肥満 体は貴重な才能の持ち主である。  相手がもう聞きたくないというのに、自慢げにべらべら知識をひけらかす人と違って、 いつも柴尾英令くんの説明は、わかりやすくて、興味の引くものばかりである。『トリ ビアの泉』のようなムダ知識でゃなく、トレビア〜ンな知識ばかりだ。  このまま太らせておくには、もったいない人材である。

 大きな池のあるほとりで、天気がいいので、石のイスに座って、のんびり、ほっこり する。陽射しが強くて、気持ちいい。

 午前11時。タクシーを呼んで、北海道ホテルまで行って、荷物を受け取り、そのま ま帯広の駅のロッカーに荷物を預ける。

地震で割れた駅前通路

 これから、6月に来て、感動した豚丼のお店「ぱんちょう」に行こうと思っている。  すろと、タクシーの女性運転手さんが、「ぱんちょう」は観光客の人に大人気だけど、 味が薄くて、地元の人間は、もっと味の濃い豚丼を好むというではないか。 「味がもっと濃い?」  無類の濃い味好きの柴尾英令くんの大きな目が、きらりと光って、さらに大きくなる。 「行こう! 行こう!」 「ぜひ案内してください!」  ちょうど、「ぱんちょう」以外の豚丼のお店も取材しておきたかった。  午前11時30分。そんなわけで、豚丼のお店「新橋(しんばし)」へ。  いきなり、メニューを見て悩む。

・豚丼           700円 ・豚丼 肉盛        900円 ・豚丼 肉、ライス、特盛 1000円 ・豚丼スペシャル     1500円 ・豚丼超スペシャル    2000円 「超スペシャルというのは、量の多さですか?」 「いえ、スペシャルになるほど、ど〜んどんお肉がよくなっていくの!」 「それはいい! 豚丼超スペシャル!」 「ボクも!」 「オレも!」 「わたしも!」 「量はどのくらいにしますかね!」といって、おばちゃんが丼のなかに盛って見せてく れたご飯の多すぎること、多すぎること! 「ちょっと多すぎるよ!」 「多いよね! あははは!」  元気で威勢のいいおばちゃんだ。  私と嫁は、土居ちゃんの丼のご飯の半分にしてもらう。  おばちゃんの「食べない?攻撃」はつづく。 「みそ汁はいかがですか〜! おいしいですよ〜!」 「お新香はいかがですか〜! おいしいですよ〜!」 「何でも遠慮しないで、いってくださいね〜〜〜!」  威勢のいいおばちゃんの声につられて、ぜんぶ注文する。  出てきたお新香の量の多いこと! 「しまった! 北海道はこういうものの量が多いことを忘れていた!」 「そうだよ〜! 北海道は何でも量が多いよ〜!」  でも、このお新香、抜群においしかった。

 おお! 豚丼がやってきた。  何! この色!  真っ黒くろすけだあ!

 これはたしかに、味が濃そうだなあ。 「ぱんちょう」の豚丼は、豚肉が、丼からだら〜ん!とこぼれるような大きな豚肉が特 徴だったけど、ここはひとつひとつのお肉が小さくて、ひたすら黒い。  まるで、名古屋のみそかつにつかう味噌のように、まっ黒だ。 「おお! おお! これは!」 「あま〜〜〜い! おいし〜〜〜い!」 「これは、ぱんちょうの味とは、まったく違う!」

 女性運転手さんが、帯広は寒いから、濃い味が好きだからという説明がよくわかるよ うな濃さだ。  濃いけど、くどくない。  するする喉に通っていく。  困ったことに、「ぱんちょう」よりもおいしい!  いやあ! 最後の最後で、逆転満塁ホームランだ! 「何だか、宮本さんに申し訳なかったね!」 「次回、ここで宮本さんに食べてもらうしかないな!」 「また宮本さんを誘うのには、いい口実だな!」 「豚丼は、あんまり口実にならないと思うけど…」 「おいしかったですかあ?」とお店の人が聞く。 「おいしかったですよ! 本当に!」 「どこから来たんですか?」 「東京からです!」 「あれま。うちは新橋(店の名前)だから、すぐ近くだね! ガハハハ!」 「いや! おいしかったから、ホントに新橋に支店を出してほしい!」  あの甘かった濃いたれは、味噌ベースではなく、醤油ベースと聞いて、二度びっくり。 秘伝のたれを何10年とおなじ甕で作っているそうだ。 <私がもう一度行くためのメモ> 豚丼「新橋」 住所:帯広市西2条南4丁目6の2 電話:0155(23)4779 営業時間:11:00〜22:00  帯広駅に向かって歩く。  わざと裏通りを歩く。  かつて栄えたであろう飲食街の廃墟があちこちに見える。

 十勝沖地震で潰れた家とかは、まったく見当たらない。  意外と目に見える被害は少なかったんだね。  阪神大震災との違いは、やっぱり火災だったのかな。  こっちは道路が広いから、延焼しないんだろうなあ。  午後12時。「六花(ろっか)亭本店」へ。

 前回は閉店ぎりぎりに来た。  豚丼「新橋」を教えてくれた女性運転手さんが、この本店だけでしか販売していない ものを売っているという情報も教えてくれたので、また来てみた。  ほかの支店で売らない理由は、3時間しか日持ちしないため。  お店で買ったことにして、喫茶室のほうで出してもらった。 「さくさくパイ」というお菓子だ。  さくさくしたパイ生地が筒状になっていて、その中にバニラビーンズがクリ詰め込ま れている食べ物。  さくさくパイの生地が、本当にさくさく食感がいい。  クリームは、シュークリームにつかわれるバニラビーンズなんだから、好きでないわ けがない。  情報では、午後3時には売り切れてしまうそうだ。

 またこれを食べに、帯広に来ないといけないね。 「六花(ろっか)亭本店」から、何軒か帯広駅寄りに、「柳月(りゅうげつ)」を発見!  このお店の銘菓「三方六(さんぽうろく)」を買う。  北海道の白樺をイメージしたバームクーヘンで、15年前しょちゅう札幌のハドソン に来ていたとき、よく買ってはホテルで食べていた。 「柳月(りゅうげつ)さんは、帯広が本社なんですか?」 「はい。そうです!」  そうか。『桃太郎電鉄12〜西日本編もありまっせー!』の帯広で、「三方六(さん ぽうろく)」を入れ忘れたなあ! 『桃太郎電鉄14(仮)』では忘れずに入れないと。  物件名は、白樺クーヘン屋だ。  午後12時30分。帯広駅へ。

 土居ちゃん、柴尾英令くんとはここでお別れ。  ふたりは夕方、帯広空港から東京へ。  私たちは例によって、陸路だ。

涙で視界がぼやけました

 えっ! 池田ー幕別(まくべつ)間は、バス代行中だったの?  池田ー幕別間といったら、帯広―釧路間を結ぶ大動脈じゃないの!

 すごいところを分断されてしまったもんだなあ。  日高本線が不通とか、襟裳岬が不通というのは、昔からちょっとした大雨でもよくあ ったことだけに、根室本線のような重要な路線が不通と聞くと、初めてすごい地震だっ たという実感が湧いてきた。  今回の十勝沖地震は、民家より、道路、鉄道に多く被害が出ているようだ。  こっちのテレビは連日、苫小牧の出光興産の石油タンクの特集ばかりだが、あれはど うも人災の様相を呈してきたからね。  午後12時52分。池田ー幕別間不通となってしまったために、帯広駅から始発にな ってしまったスーパーおおぞら6号に乗車。

 この列車はグリーン車が取れたから、コンセント付きの座席で、快適に仕事ができる ぞ!と思ったら、コンセント付きは、ひとり用の座席のみだった。  そうか。前回の旅行では、うちの娘もいたから、私がひとり用の座席に座って、コン セント付きの座席でVAIOを叩きまくっていたんだっけ。  いいかげんな記憶だったんだなあ。  人間はこういう風に失敗して、知識が身についていくわけね。  運良く、前の座席がひとり用の座席になっていて、いかにもコンピュータなどつかい そうもない方だったので、お願いして、コンセントをつかわせていただく。  日記の下書きの続きを書き始める。  ついでに、今回の旅行で、新物件の候補になった食べ物なども、物件台帳に記入する。  車窓から見える景色は、雄大だったり、雨が急に降ったり、変わりやすい。

 午後2時48分。南千歳駅で下車。  ここで40分近く、函館行きの列車を待たないといけない。  さぞや、お土産品売り場や、喫茶店などが充実しているのだろうと思ったけど、改札 口を出ると、待合室があるだけ。  カーーー、カーーー!と、カラスが鳴くような場面だ。

 一応、駅の外にも出てみる。  工業団地があるようだけど、ほとんど埋まっていない。  もともと私は空港の位置などに疎い。  南千歳自体が、新千歳空港に隣接しているとばかり思ったが、この南千歳駅で、快速 エアポートに乗り換えないと、空港まで行けないようだ。  しかも、空港は南千歳駅の、さらに「南」にある。  まぎらわしいね。  古い千歳空港なら利用したことがあるんだけどね。  もう12〜3年、飛行機に乗っていない。  たぶんもう乗ることはないと思うけど。

 十勝沖地震のせいで、駅には不通区間のお知らせが多い。 「日高本線は、台風10号の影響に加え、9月26日の地震の影響により、鵡川(むか わ)ー様似(さまに)間は、バス代行を実施いたします。なお、苫小牧ー様似間の前面 開通は、10月6日の予定です!」  3日後かいっ!  午後5時34分。南千歳駅から、スーパー北斗16号に乗車。  苫小牧→登別→室蘭→長万部と、まるで今回の旅行をおさらいするかのようなルート を列車は走る。  道路から見たレールを、今度は鉄道のなかから、「ああ! あの道路通ったなあ!」 と眺める。

 土居ちゃんたちとは、わずか3泊4日なんだけど、1週間以上いっしょにいたような 気分だ。  午後6時24分。函館に到着。  わが家に帰ってきたような気分。  午後7時。金森倉庫群のほうの「シーボンホテル」へ。  ちょっと乙女チックなプチホテルだ。  何年も函館に通っているけど、「ここがいい!」と断定できるようなホテルがまだな い。ぜひ定宿が作りたいと思って、いろんなホテルを試してみている。  いまのところ、今回の「湯の川プリンスホテル」に泊まって、食事をキャンセルとい うのが、いちばんいいかな。  でもこの「シーボンホテル」はけっこうこじんまりとしていていい。 「サクマ様」宛の手書きの挨拶状があったり、冷蔵庫のお茶、お水、缶ちゅーはい、缶 ビール700ミリが無料。  アップルティー、コーヒー、お茶のティーバッグがおいてあって、お湯を注げば飲め る。  お風呂には、バラの香りのボール状の入浴剤が置いてあったりするし、パジャマもか わいい。  企業努力のカルピスの原液のような濃いサービスのホテルだ。  背の低いホテルなので、圧迫感もない。  ちゃんと部屋の窓が開くのもいい。  チェックアウトが、午後12時までなのも、遅く起きる人にはいいかもしれない。朝、 散歩してから、一度戻って、横になってから、チェックアウトも可能だ。  チェックインして、ホテルの真ん前の和風レストラン「古希(こき)庵」で食事。  お刺身、ジャガイモのホイル包み、カニ雑炊、甘エビのかき揚げなど食べる。  甘エビのかき揚げが、抜群においしかった。  これはちょっと感動的なさくさく感。

 まだ午後7時を過ぎたばかりだというのに、函館は午後9時を過ぎたような暗さだ。 港のあたりをそぞろ歩くには、ちょっと寒い。  じゅうぶん疲労しているし、昨日あまり寝ていないので、ホテルに戻って、ぐーたら する。  PHSの調子が悪くて、インターネットに繋げないと、テレビを見て、本を読むしか ない。  ありゃ。また帯広、釧路を中心に余震があったの?  連日、余震の情報がない日はなくて、私たちが帯広にいたときだけ、余震情報がなか った。あいかわらず、こういうときの悪運が強い。  北海道取材の旅も、あと少し。

 

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