10月2日(木)

 午前4時30分。登別温泉第一滝本館。

 どうもこの時間に目が覚める癖がついてしまった。  必死に、二度寝。  私の場合の取材旅行は、観光地のお土産品売り場で目ぼしいものを見つけては、次々 に買って食べて、『桃太郎電鉄』に登場させるかどうかを決める暴飲暴食ツアーだ。  今朝も、胃がもたれていて、お腹も張っている。  朝食は、パンをひとつかじるだけにした。  第一滝本館から見える山は、かなり紅葉していた。  なんとか紅葉の季節に間に合った気がして、うれしい。  けっきょく、本日の襟裳岬行きは、正式に断念。  断念っていったって、通行できないんだから仕方がない。  また挑戦できる日が来るのだろうか。

 午前9時。登別温泉第一滝本館の隣りにある地獄谷へ。

 ああ! 27年前、北海道旅行したときの地獄谷というのは、ここだったのか。  当時カメラでたくさん取った写真のなかに、地獄谷というのがあったんだけど、どこ にあるのかずっと忘れていた。  というより、釧路と網走の間あたりだと思い込んでいた。  若い頃は、インターネットもないし、観光案内の本も、ブルーガイドブックスぐらい しか発売されていなかった時代だ。  現地で初めて知る名所は、けっこう多かった。

 まあ、地獄谷といったって、硫黄の匂いが臭いだけだ。  それでも大型観光バスが何台も連なってくるのだから、異様な景色というのは、人の 目を引くものなのだろう。  異様な体型のわれわれも、じゅうぶん人の目を集めているが。

 登別温泉街をちょっと物色。

「わかさいも」を売っていた。  この和菓子はおいしいのだ。  いつもハドソン札幌の開発スタッフが東京に来てくれるときに、お土産として持って きてくれることが多い。この「わかさいも」は、本来、洞爺湖が本社のお菓子なのだ。 「わかさいも」という名前から「若狭いも」を連想して、近畿地方のほうの銘菓だと思 ってしまう。なぜ北海道で「わかさいも」かと思ったが、理由は意外と単純。「わかさ いも」を作っているわかさいも本舗の社長さんが、若狭さんという名前だけであった。

 そうなると困るのは、『桃太郎電鉄』の物件名として登場させるときの名前だ。  もじりづらい。 「わかいいも」だと「わかさいも」から妙に遠ざかる。 「登別いも」だとさらに遠ざかる。 「わかさいも」の原料は、サツマイモではなく、「大福豆(おおふくまめ)」という白 い豆だそうだ。 「大福豆いも」では、さらにさらに「わかさいも」から遠ざかる。  困った。 「わかさいも」は、もじりにくい。 「さくまいも」にしてやろうかとも思ったが、地方を連想しづらい。  せめてその土地の人には、「ああ、あのお菓子のことね。おいしいよね!」くらい言 わせたい。  けっきょく、みんなで考えて「おふくいも」という名前をキープ。  もっといいもじ方があれば、教えてほしい。  土居ちゃん(土居孝幸)が、「わかさいも」をさっそく買っている。  柴尾英令くんが「わかさいも」を揚げた「いもてん」を買っていた。  みなさん仕事に熱心、いや、食い意地が張っているだけ?  出来立てのかまぼこも食べる。  海でもないのに、かまぼこ屋があるのが不思議。

 ワンボックスカーに乗り込んで、いざ登別を出発。 「昨日は、真っ暗な夜についたからわからないけど、この道って広かったんですねえ!」  登別で有名なクマ牧場は、以前見ているので、割愛。  きょうもあちこち効率よく回りたい。  土居ちゃんが「あっ、そうだ。昨日、いかめし食べる忘れちゃったよ〜! いま食べ ない?」と言い出す。  昨日の晩御飯のときに、いっしょに食べるつもりだったけど、第一滝本館の料理が多 くて、いかめしがあるのは知っていたけど、とても食べる気になれなかった。 「賞味期限、昨日までだったけど、平気だよね! はっはっは!」  土居ちゃんは細かいことには、こだわらない。

 みんなで食べる。  車で移動中は、お土産品屋で買ってきたものを試食するのが慣わし。  要するに、食べっぱなし。  ゴルフの打ちっぱなしのようなものだ?  元祖「いかめし」は、イカの袋をつまようじで閉じてあるのが特徴。  やっぱり元祖の味はいい。  真空パックのものとは、比べ物にならない。  甘じょっぱさが、幸せ。  イカが小振りなのもいい。

!!!!!

 午前10時。登別のほぼ隣りの町・白老(しらおい)駅へ。

 白老牛で有名だが、本州の人はあまり知らない銘柄かもしれない。  15年前、札幌円山公園のほうに、この白老牛が食べられるお店があって、札幌に行 く楽しみのひとつになっていた。  ほどなく閉店になってしまって、がっかっりした。  あの味が忘れられなくて、白老(しらおい)に寄ってみたのだが、午前10時で白老 牛が食べられるお店などなく、さすがに強靭なる胃袋の持ち主であるわれわれも午前 10時から白老牛のステーキを食べる根性はない。

 気温は、13度。  いよいよ寒くなってきた。

 余談だが、白老駅の売店で、売っていた菓子パンがむちゃくちゃおいしかった。  おいしくても困っちゃうんだけどねえ。  鈍行しか止まらない駅に、もう一度来ることはあるのだろうか。  白老(しらおい)は、白老港もあるし、社台(しゃだい)ファームという有名なサラ ブレッドを育てたことで全国に名が轟いている牧場などがある。  白老牛牧場は、高速のインターチェンジのほうだ。  国道36号線には、白老牛のお店もいくつかあった。  放牧の馬や、牛、ポニーが見えた上で海岸線まで見える景観というのは、北海道なら ではのものだ。

 海岸線を走る。

 宮本さんの「ああ、帰りたない!」が出るような場面だが、運転中はつねに真剣だ。 たまに赤信号で停まると、横浜ベイスターズの投手陣のようなコントロールの甘いおや じギャグを言って、みんなを困らせるが…。  午前11時。苫小牧駅へ。

 27年前の豪雨が思い出される駅舎だ。  駅前で、VAIOを接続しようと試みるが、うまく行かない。  PHSカードのアクセスポイントが変わったのではないかと、メカ博士・柴尾英令く んがいう。  ホテルでコーヒーを飲みながら、VAIOと格闘してみようと、新しくてきれいな 「グランドホテルニュー王子(おうじ)」へ。

 苫小牧は、「王子」という名前のついた建物が多い。  王子総合病院、王子製紙スケートリンク、王子アカシア公園、パレス王子、王子通り、 王子町という町名まである。  別に広井王子くんの故郷ではない。  王子製紙の城下町なのだ。  このホテルもそうなのだろう。  コーヒーラウンジで、柴尾英令くんに私のVAIOのソネットを繋げるべく、奮闘し てもらう。  なにしろ、東京を出てから、『桃太郎電鉄U(仮)』、『桃太郎電鉄14(仮)』の 仕様書、『桃鉄研究所』の原稿、毎日の日記の下書きなどを書いているものの、嫁のコ ンピュータに送れないものだから、気持ちがあせっている。 『桃太郎電鉄U(仮)』の新キャラのメッセージや仕様書などが、ここで飛んだら、も う絶対二度と書きたくない。 「さくまサン、これはおそらくパスワードが違いますね! パスワード覚えていますか?」 「そんなの私が覚えているわけがないだろう! どうせvictoryーbaystarsとか、come back sasakiーbaystarsとか、そんなようなやつだろう!」 「さくまサン、コンピュータに『そんなようなやつ』は通用しません!」 「私より、料簡の狭いやつだなあ!」  嫁が脇から「***********なんじゃないの?」と助け舟。  何でも嫁が覚えてくれるから、私はどんどんアホになっていく。  でも違うようだ。  その後も柴尾英令くん、懸命の努力もソネットは繋がらず。  どうもソネットはアクセス・ポイントの電話番号をしょっちゅう変えるという噂があ るらしい。  そんなの変えても、私は知らんぞ。  私に断りもなく、いつ変えた! 「たぶん、通知のメールが来てたはずですよ!」と、柴尾英令くん。 「まったくわからない!」  だいたいPHSカードを買ったのは、5年前だ。  日進月歩のIT産業で、おなじものを5年つかっていること自体、そろそろつかえな くなるんだろうなあ!とは思っていた。  買い換えてもいいが、解約の方法など知らぬ。  とにかく、今夜のホテルでLANケーブルを借りれば、インターネットを見ることが できるようになるらしい。  何だかよくわからぬが、コンピュータに対して私は、無抵抗主義、無血開城派なので、 嫁と柴尾英令くんのアドバイスに従う。  横で、ヤサカタクシーの宮本さんが「みなさんの会話、ちんぷんかんぷんでちっとも わからない!」と苦笑いしているが、宮本さんのほうが最近は、私よりコンピュータに 強くなっているかもしれない。  土居ちゃんが、薬屋さんから戻ってきた。 「鼻の頭に面疔(メンチョウ)が出来ちゃったんだ!」 「食べ過ぎってことか!」 「そうかもしれない!」 「塗り薬なんだ!」 「うん。これしか売ってなかった!」 「だったら、塗ってから絆創膏を貼っておいたほうが、よく効くよ!」 「ボクサーみたいに?」 「そんなニコニコ顔のボクサー、いないよ!」 「ハハハ。じゃあ、減量に失敗したボクサーってことで…」 「減量に失敗した量ではない! その顔は!」  さて、実は苫小牧に来たのは、あの出光興産の石油タンクを見て行こうかという野次 馬気分もあった。  柴尾英令くんが、カーナビの立ち寄り地として、すでに入力しておいた。  ところが、私のVAIOの復旧に手間取り、時間をロスしてしまった。  残念ながら、先を急ぐことに。  あとで知ったのだが、あの石油タンク、引火の恐れがあって、立ち入り禁止になって いたそうだ。  もし行っていたら、爆発に巻き込まれたかも。  苫小牧から再び道央自動車道に乗る。  高速道路に入る前から、激しい雨が降り出した。  集中豪雨だ。

 ワンボックスカーの窓ガラスを雨が激しく叩く。 「さくまサン! こういうときこそ仕事モードになって、晴れ間を呼んでくださいよ!」 「出来ましぇーーーん! 昨日の襟裳行き断念で、ぷっつり集中力が解けて、仕事モー ドに入れましぇーーーん!」  午後12時20分。南千歳あたりで、道央自動車道から、道東自動車道に乗り換える。 高速道路だから、乗り換えるわけではないが。  急に、高速道路が狭くなる。  片側一車線線だ。  中央分離帯もなくなって、センターラインにゴルフのティーを巨大化させたような杭 が打ち込まれているだけで、県道とあまり変わらなくなる。  俄然、対向車も少なくなって、まったく対向車に会わなくなる。  これはたしかに道路公団と族議員が、むやみやたらと道路を作りまくっているといわ れても仕方がないねえ。  一車線では、遅い自動車が1台でもいると、追い抜くことができなくなって、大名行 列状態になり、低速道路になってしまう。  眼下の普通自動車道のほうが、片側二車線で、よっぽどゆったりしている。しかも無 料だ。  これじゃ、高速道路の意味がない。  ただ景色は、見渡すかぎりのトウモロコシ畑で、気持ちがいい。 『フィールド・オブ・ドリームス』のケビン・コスナーでも現れそうだ。  雨は、一向にやむ気配なし。 「さくまサン、仕事は?」 「ダメ! それどころか、集中力が途切れてしまったので、ほとんど風邪を引きかけて いる状態! ぐすぐす…」  道東自動車道は、夕張で終点なので、夕張で降りる。  ああ、本当に寒気がしてきた。  旅行中の風邪はつらいぞ。  午後12時30分。JR石勝(せきしょう)線の沼ノ沢駅に着く。  沼ノ沢駅に着くも、無人駅だ。

 夕張というのは、その昔、石炭で栄えたから、実は5本も6本も電車が走っていた。 この沼ノ沢駅にも、何本もの草ぼうぼうの線路が放置されている。

 この駅に隣接する洋食屋さんがけっこう有名なお店なのだそうだが、沼ノ沢駅の荒れ 果てた駅舎を見ると、終点夕張のホテルのレストランか、メロン城と呼ばれるところで、 昼ごはんにしたい。  雨は、ますますひどくなってきた。  午後1時。夕張駅に着く。  夕張はもう紅葉が始まっていた。

 夕張といえば、以前、柴尾英令くんが「夕張映画祭」で来ている。 「うわあ! あのときは一面雪景色で、真っ白な町だったけど、こんな町なんだあ!」 「夕張にくわしい柴尾英令くん、ぜひとも夕張を案内してくれたまえ!」 「さくまサン! ボクは前に一度来ただけですよ!」 「でも私や土居ちゃんの2倍、夕張に来ている!」 「1回と2回の差じゃないですか!」

 夕張は、映画で町おこしをしようとしているので、町じゅうに昔の映画館のような看 板があふれている。  ちょうど東京の青梅(おうめ)市といっしょだ。

『七人の侍』、『エデンの東』、『荒野の七人』、『シャレード』、『クレージー大作 戦』、『太陽がいっぱい』、『ジャイアント』、『大脱走』といった看板が並ぶ。 「ゆうばりキネマ街道」というネーミングもいい。

 非常に素晴らしい試みだと思うが、もったいない。  お客さんが来て喜ぶだけだ。  どうせなら、小さな小屋で、年代別に映画を見ることができるとか、映画の古いパン フレットを売っているとか、映画専門の本屋さんとか、ムービー・カフェとか、映画に 出てきた料理が食べられるお店とか、もっともっと映画づくしにして、お金がつかえる 施設がほしい。  そういえば、柴尾英令くんのホームページで、「夕張映画祭」のとき、漫画家の万乗 大智くんが、電車の乗り継ぎなどを考えずに来たために、映画を見ることすら出来ず、 おそばだけ食べてすごすごと日帰りで帰って行った話題を思い出した。  柴尾英令くんと「ひょっとすると、万乗大智くんが食べたおそば屋さんはここかなあ?」 といいながら、一応デジカメに写す。

 うひ〜〜〜、ちょっと雨が小降りになったので、外に出てみたけど、寒い。  昼ごはんを食べていないので、ますます私の風邪は悪化する一方だ。

 メロン城をめざす。  夕張駅の手前に、映画『幸せの黄色いハンカチ』のロケにつかわれた思い出広場とい うのあるらしいんだけど、とにかく通過。  映画は観たことあるんだけどなあ。  時間がなくなってきている。  むむっ。またしても雨が激しくなってきた。  やややっ! 雨じゃないぞ、これは!  雹(ひょう)だよ、雹(ひょう)、むひょう〜〜〜ッ!  でかい! 5ミリ以上の雹だ。  ばしっ、ばしっ、ばしっ!  そんなに旅行を盛り上げなくていいよ〜〜〜ッ!  おとなしく取材だけさせてくれいっ!  こんなに必死の思いで取材に来ても、物件名は最大9文字。  わずか9文字ひとつしか採取できないんだ。  ほとんど砂金みたいなもんなんだろう。  だから、静かに取材させてくれいっ!  かぎりなく視界ゼロに近づいてきた。

 午後1時30分。ひたすら坂道を登って行って、ついにメロン城に着く。  しかし、入り口は、駐車場から石の階段を何10段も登って行かないとない。 ため しに、裏口を探してみたけど、ない。  この土砂降りの雨のなか、石段は登れんですたい。  しかも、襟裳岬行きを諦めて、目的地変更で夕張に来ているので、誰もこのメロン城 について知識がない。  いちばん知識のあるはずの私のうろ覚えの記憶のなかでは、メロンのお酒を作ってい た気がする。お酒が飲めない私だから、よけいに記憶がない。  いまは勇気ある撤退を決断するのみである。  というより、私なんぞ雨のせいで、とうとうメロン城の全貌すら見ることができなか った。  簡単に全員の意見の一致を得て、撤退!  夕張駅のすぐ前にあるホテルへ。  う〜〜〜、さぶ、さぶ…。  私の風邪はどんどん悪化していく。  腹減った。  もう何でもいいから食わせてくれ!  えっ? いまなんといった?  食事できない?  なぜに!  このホテルでは、午後2時までのランチ・バイキングしかやっていない?  ホテルのくせに?  喫茶店のほうにも、軽食すらないそうである。  うおう! 北海道っぽいピ〜〜〜ンチ!の連続になって来たぞ!  北海道旅行は、本州で考える常識が、いい意味でも、悪い意味でも通じないところが 楽しい。  午後2時30分。沼ノ沢駅まで戻り、地元で評判の洋食屋さん「おーやま」に入る。

柴尾英令くんが、携帯で調べたときに、長いものハンバーグステーキがあるというのに は、ちょっと興味があった。  何たって、今年のグルメ探訪のテーマは。ハンバーグだから。  お店に入って、メニューを見て、驚いた。 ・夕張マウントハンバーグ 1800円 ・夕張びっくりハンバーグ 1500円 ・夕張長いもハンバーグ   980円  このネーミングだけで、私たちの冒険心がメラメラと燃える。 「この夕張マウントハンバーグというのは、どういう感じの料理なんですか?」と柴尾 英令くんが、ご主人に聞く。 「夕張の山をイメージして、すっくと立つようなハンバーグです!」 「にやり。ぜひそれを!」  柴尾英令くんの大きな目がさらに、大きくなった。  いつも不思議に思うのだが、柴尾英令くんは作家なのに、どうしていつも、お笑い芸 人がおいしいと思えるような場面に、自らを投げ込むのが好きなのだろうか…。本当は 芸人志望だった?

 夕張びっくりハンバーグは、土居ちゃんが注文。  夕張長いもハンバーグは、私と嫁が注文。  宮本さんは、長いもカレーを注文。  長いもは、夕張の名産なんだそうだ。

 私はもともと、長いもが大好きだ。  宮本さんのカレーには、大きく丸くスライスされた長いもが入っていた。おいしそ〜 〜〜ッ!

 柴尾英令くんの夕張マウントハンバーグはお見事〜〜〜!  そそり立っている〜!

 土居ちゃんの夕張びっくりハンバーグは、横に広がって、びっくり〜〜〜!

 おお? 私と嫁の長いもハンバーグは、長いもが擦ってある。  ポテトのように短冊で、ハンバーグに添えて出てくると想像したのだが、外れた。

 ちょ、ちょ、ちょっと待った。  このハンバーグの味は何だ!  私の好きな外側がカリカリで、なかがやわらかいタイプではないのに、たまらないお いしさだ。長いもが甘〜〜〜い!  味が上品なのに、人なつこい。  まるで、雨宿りにたまたま立ち寄った人家のご主人が、柳生十兵衛か、宮本武蔵だっ たみたいだ。  なぜこんな人里離れたレストランに名人が!  なんと、ここのご主人は、帝国ホテルに4年間いたんだそうだ。  そうだったのかあ!  江戸の千葉道場で修業した剣豪が、故郷に帰って、道場を開いたようなものだったん だな。お店に新聞に載ったときのインタビュー記事があって、お父さんが勝手にこの沼 ノ沢の駅のお店を借りてしまったので、開店させてしまったことなどが書いてある。  いやはや、夕張の近くで、こんなおいしいハンバーグに遭遇するとは、思ってもいな かったよ!  どのくらいおいしかったかというと、私の最新ハンバーグ・ランキングを刮目(かつ もく)して見よ! 1位・京都「はふう」のハンバーグ 2位・五反田「カサローエモ」のハンバーグ 3位・銀座「ケテル」のハンバーグ 4位・夕張「レストランおーやま」の長いもハンバーグ 5位・函館レイモンハウスのガーリック・ハンバーグ 6位・麻布十番の「ミスターガーリック」の夜ハンバーグ 7位・浅草「大宮」のハンバーグ 8位・高田馬場「ザ・ハンバーグ」 9位・京都「キッチン・ミヤタ」のハンバーグ 10位・京都「くいしんぼー山中」のやわらかハンバーグ 番外・「プティ・ポワン」の宮廷ハンバーグ(隠れ1位)。  4位だよ、4位!  私よりグルメな嫁の評価では、2位の「カサローエモ」よりも上だってさあ!  ど〜する、「カサローエモ」普及委員会会長の友清哲くん!  夕張まで食べにくるしかないよ!  …って、夕張でこんなおいしいハンバーグに出会っても、困っちゃうよ!  どぎゃんするとね!  長いもハンバーグに添えられていたレタスがまた絶品なんだよ!  私が30年前、軽井沢の友人の家で、庭にあったレタスを食べて以来、あのレタスを 越える味だったのだよ。  いやあ、こんな達人を夕張に埋もれさせておくのはもったいないけど、新鮮な食材の 入手を考えたら、ここでお店をやるのが、いちばんなんだろうねえ。  おいしさに悲鳴を上げながら食べる私たちに、ご主人の大山幹夫さんが照れながら 「うちはコーンスープもおいしいんですよ〜!」という。  コーンスープといえば、トウモロコシ。  私がこの世でいちばん好きな食べ物は、トウモロコシだ。  それにしても、すでにハンバーグを食べ終わって、車に乗り込もうとしているときに、 そういうこと言わないでよ! スープは。料理の前に飲みたいよ。 「何分くらいで作れます?」と嫁。 「いやあ、5分もあれば…」 「注文して!」と、私が叫ぶ。

 2人前注文して、みんなで分け合う。 「ぬほほほほほ〜〜〜! これは一体!」 「シャーベットみたいだよ、このスープ!」 「コクがあるけど、重くない!」 「うわ〜〜〜、まいった! これ何?」 「甘い! 甘い! 甘い! トウモロコシが甘い!」  ひょっとすると、全員キツネに騙されているんではないだろうなあ。  このあと、ふわ〜〜〜と眠くなって、起きたら、翌朝になっていて、店も駅もなかっ たって、話じゃないだろうなあ!  とにかく、私たちも極力、このお店を訪れるように努力するから、北海道でこの日記 を読んだ人、全員に命令する!  私たちが次に行くまで、通って、通って、通って、通って、通って、通って、通って、 通って、通って、通って、通って、通って、通って、通って、通って、このお店の味を、 絶やさないようにせよ!  場所は、石勝線沼ノ沢駅だ!  これ以上の目印はないだろう! 「レストランおーやま」!  よろしく頼み申す!  午後3時40分。沼ノ沢を出発。  なんと! 食事に30分以上時間をかけない私たちが、「レストランおーやま」に1 時間40分も滞在したのだった。 「みなさ〜〜〜ん! あとはゆっくり、車のなかで寝てくださって、けっこうですよ〜!」 と、宮本さん。  おいしいものを食べたあとは、眠くなるからねえ。  宮本さんは本当に、私たちのことを考えた言葉を発してくれる。  国道274号線を帯広に向かって、ひた走る。  ヘアピンカーブ連続の険しい道だ。  こういう道にこそ、真っ直ぐな高速道路を作ればいいのに、この峠を越えるまでずっ と曲がりくねった1本道だ。  外は、もう真っ暗。 「道の駅」に2ヵ所くらい寄ったけど、寒い、寒い!  この寒さは本場の寒さだ。  国道274号線は、別名・石勝樹海ロードという名前がついている。  わざわざここを樹海といわんでも、苫小牧も、登別も、みんな樹海みたいな景色ばか りだ。  日勝(にっしょう)峠を越えて、再び十勝清水から、高速道路に乗る。  道東自動車道だ。  千歳から夕張までの高速道路とおなじ名前じゃないか!  ってことは、夕張と帯広を高速道路で結ぶ気はあるのだな。  何だか本当に高速道路の建設っていうのは、水面下で我が家のお風呂工事のときのよ うな信じられないことが起きているような気がする。  高速道路の時速制限が、50キロだ。  本来、70キロ制限の高速道路だが、十勝沖地震の余震のせいで、規制がかけられて いるせいだ。  いよいよ地震の中心地に近づいている感が強くなる。  ちょっと顔がこわばる。  たぶんもう大地震は起きないとは思うんだけどね。  あっというまに、音更(おとふけ)帯広ジャンクションを降りて、帯広市内へ。  もう夜なので、どこに震度6の影響が出ているのか、さっぱりわからない。  早くホテルに入って、休みたい。  午後6時30分。6月にも来た北海道ホテルに到着。  このホテルが現状の北海道で、ナンバーワン・ホテルなので、今回から旅の最後はこ こにすることにした。  初日からここだと、あとの旅がつらくなる。  午後7時。1Fのレストランで、十勝牛ステーキで、旅の最後を飾る。  嫁が食べた豚のストロガノフがおいしかった。  私が食べた十勝牛は、ちょっと優等生過ぎて、ひっかかりのない味だった。おいしい んだけど、うめくほどの味ではない。  案の定、宮本さんの「帰りたない!」が始まった。  いよいよ「第2回ヤサカタクシーの宮本さんの有給休暇をつかっていく北海道ツアー」 も終了である。 「あと半日ほしかったあ!」と、宮本さんが悔しがる。  修学旅行のシーズンで、どうしても新千歳空港から、関西空港に行く飛行機が取れず、 帯広空港のほうも、明日の朝、9時30分には、帯広を後にしないと、飛行機に間に合 わないのだそうだ。  今回は、念願の襟裳岬はブロックされたものの、夕張がじゅうぶん目的地になりえる 駅であることを確認できた。思い切って、沼ノ沢ハンバーグ屋という名前で『桃太郎電 鉄』に登場させてしまおうかと思ったほど、きょうの長いもハンバーグと、コーンスー プはおいしかった。  登別も、白老も、江差も、室蘭も、『西日本編』ならじゅうぶん物件駅になる駅だっ た。  午後8時。北海道ホテルは、LANケーブルで、インターネットがつかえるし、LA Nケーブルを無料で貸し出してくれるので、つかってみる。  ほへ〜! あっけないほど、インターネットが繋がった。  急激に世間の風が、窓を開けたときのように入り込んできた。  間違いなくインターネット依存症になっているなあ。  いくつかの掲示板に書き込みをしようとして、文章を書き始めるも、文章が乱れてい るのが、よくわかる。  相当疲れているのだ、これは。  こういうときは、さっさと寝るにかぎる。ぐ〜〜〜!

 午後11時。早々と寝たら、1時間で目が覚めてしまった。  眠れなくなったので、旅行中の日記を書き始める。  ときおり、地震で揺れているような気がするんだけど、テレビの地震速報が伝えない のだから、気のせいなのだろう。  午前3時。あ〜、いくら書いても、日記が書き終わらない。  テレビがどんどん本日の終了時間になっていく…。

 

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