6月10日(火)

 さて。きょうから1週間、北海道取材旅行の旅である。
 松尾芭蕉が『奥の細道』の旅に出るときは、今生の別れとなるやもしれぬ門出
だったけど。
 小心者の私としては、たいして差のない気分である。

 遠足の前日のように、夕べ寝付けず、朝は午前5時に目覚める。
 情けないことだ。

 午前10時15分。家族3人で、東京駅へ。
 まるで東京の梅雨入りを逃げるかのような旅の始まりだ。

 午前10時56分。新幹線はやて11号に乗車。
 これから、わずか6時間30分ちょっとの旅だ。わっはっはっは。
 15〜6年前、初めて『桃太郎伝説』や『桃太郎電鉄』を作ったときには、ま
だ青函連絡船が通っていて、毎月札幌まで3日かけて通っていたのだから、6時
間30分ちょっとは、ロケットに乗るようなものだ。

 新幹線はやてに乗るのは、初めて。
 昨年12月に開業してから、すでに半年が過ぎている。
 新幹線の新車両に、半年も乗らないなんて、珍しいことだ。

 早く乗りたいと思わなかったのは、長野新幹線のカラーリングと大差ないので、
新鮮味がないせいかもしれない。
 長野新幹線開通のときは、伊東正義に頼んで開業前の試運転列車に乗せてもら
ったときの情熱とは、えらい違いだ。

 乗車後、駅弁「大人の休日」を食べる。
 夏バージョンになっていた。

 赤魚の白醤油焼き、翡翠丸小茄子、いか射込み煮、まといこんにゃく、にしん 湯葉巻き、穴子月環、ささ身のライス揚げ、里芋巾着、三つ葉玉子焼き、三度豆 のくるみ和え…。  値段がふつうの駅弁の2倍以上なので、みなさんには決してお勧めできないが、 一度は食べてほしい絶品の駅弁だ。  かつて小淵沢の「元気甲斐」を私は、駅弁業界のロールス・ロイスと評したけど、 「大人の休日」は、ジャガーのような流麗さがある。  いつものように、VAIOを取り出して、車中仕事。  仕事をしていると、ヒマな車中も、あっという間に時間が過ぎる。  午後1時22分。はやては、盛岡駅に到着。  ここから先が、私にとっては初めて乗る新幹線区間だ。  わくわくする。  と思ったら、VAIOのバッテリーが、残り8%。  やばい、やばい。  たしか座席番号1番のところには、コンセントが付いているはずだ。  と思って、いちばん前の席に行くと、無い!  東海道新幹線なら、1番の席には必ず付いているのに。  はやては、いちばん最新の車両だから、あると思った!  まあ、いいや。  新しい新幹線路線の車窓を楽しもうじゃないか!  頭のなかを、テレビ朝日『世界の車窓から』のヨーヨーマのチェロが流れる。  …と思う間もなく、はやては、トンネルへ。  トンネルを抜けたと思ったら、またトンネルへ。  またトンネルを抜けて、山だ、森だと、思う間もなく、トンネルへ。  トンネルが多すぎない?  東北新幹線は、東海道新幹線や、山陽新幹線よりも、トンネルが少ないイメー ジだったのになあ。  雪国を走るだけに、なるべくトンネルのなかを走ったほうが、トラブルが少な くていいんだろいうなあ。  午後2時4分。八戸駅に着く。  エスカレーターを登って、乗換え口へ。  東北のおばちゃんたちが、続々、乗り換え用のキップを入れる自動改札機のと ころで、やり方がわからなくて立ち往生、渋滞している。  おばちゃんにとっては、機械のなかに、2枚も、3枚も同時にキップを入れる ことは理解しづらいだろうなあ。 「えっ? 3枚も入れるの?」と、娘だって、驚いていた。  乗り換え時間は、15分間。  八戸駅の外に出ている時間がないのが、ちょっと残念。  きょうじゅうに函館まで行きたいんでね。  ホームの外に見える「おいでやぁんせ 八戸へ!」の文字をもっと近くで見た かった。  寒くはない。  午後2時15分。八戸駅から、函館行き白鳥11号に乗車。

 長いこと、私が札幌を往復していたときに必ず乗っていた、はつかり号は、時 刻表から消えてしまったみたいだね。  消えたのはいいけど、はつかり号より、古い車体だよ。  最新型のはやての接続列車なんだから、新しい車両の列車にしてよ。  ちょっと、がっくり。  おまけに、また車両にコンセントがないので、仕事もできない。  なつかしい東北本線の車窓を眺めながら、読書。  読書だと、時間が経つのが遅く感じられる。  東京駅で買った、東京駅限定商品「ごまたまご」を食べる。  上から読んでも、下から読んでも、「ごまたまご」。  玉子状のこの食べ物は、まんなかに黒ごまペーストが入っていて、その外側 は、黒ごま餡。その餡を、スポンジ生地が包み、いちばん外側がホワイト・チョ コレートでコーティングされた、地球の断面図のようだ。  味は、まさにデブのための食べ物!

 う、う、うまいっ!  これはおいしいよ!  東京土産として、これはお勧めだ。  午後3時17分。青森駅に到着。  青森まで来ると、遠くまで来たなあ!という気分になる。  と同時に、旅の達成感としては、申し分ない。  旅のレベルアップだ。  ここ16年間で、何回青森を通過したんだろう。  感慨にふけるには、ホームにお客さんが全然いない。  ホームいっぱいに雪が積もっていたこともある。  青函連絡船に乗り換えるのに、必死に自由席を争って、走ったこともある。  プラットホームで、ほたてそばを食べるのが好きだった。  いつも12分間くらい、停車したからだ。  いまは3分間ぐらいの停車なのかな。  午後3時20分。青森駅を発車。  東京駅から、乗り換えたのは、八戸駅の1回だけ。  なのに、もうすでに何回も乗り換えたような気分だ。  いきなり青森駅で、下車するのを忘れたらしきおばちゃんが、車掌さんに詰め 寄っている。 「電車を停めることができないか」とまで言っている。  おばちゃんには悪いけど、単調な旅の清涼剤だ。  次の停車駅は、蟹田(かにた)駅。少なくとも40分間は停まらない。  青森駅を発車すると、とたんに速度が遅くなるのも、昔のままだなあ。  この青森から函館までは、2時間10分ぐらいかかるんだけど、新幹線でなく ても、新型車両なら、1時間くらいで着くのは可能な気がするんだけど。  なにしろ、青森駅を発車して、20分もしないいちに、上り列車との待ち合わ せのために、駅のないところで停車する。そのロスタイムは、3分間。昔は、6 分間だ。さっきのおばちゃんは、駅が無いので下車することも出来ない。

 何10回も通過した青函トンネルを抜ける。  少しうたた寝。  青函トンネルを抜けると、なつかしい北海道の海が見えて来た。  海沿いの道といっしょに走り、美しい海のカーブが続く。  この函館本線はこの辺が、絶景だ。

 函館まであと4駅分くらいというところで、また上り列車の通過待ちで停車。  またしても3分間。寝台列車北斗星の通過待ちだ。  寝台列車北斗星なんか、遅いのが当たり前の列車なんだから、函館駅で、こっ ちの列車が到着するのを、待っていればいいじゃないか!  午後5時31分。函館駅に着く。  ♪は〜〜〜るばる、来たぜ、函館〜〜〜!  この駅に着いて、この唄を歌わない人はいないだろう。  6月ともなると、5時でもまだ外は明るいね。  秋なら、5時だと、真っ暗だ。  思ったより、函館は寒くなかった。  ええっ! ええっ! あれは何だ!?  跨線橋がない!  エスカレーターもなくて、重い荷物を、うんしょ、うんしょと、気合を入れて 渡らされた陸橋がなくなっているではないか!  何やら、工事中だぞ!

 えっ? 6月21日に「JR函館新駅」オープン!?  そんな話、初めて聞いた。  16年間、函館に通い、一時期、函館に中継地点として、マンションも購入し て、京都のようにお正月は函館ですごしていたこともあるのに、駅が新しくなる なんて話、まったく知らなかった。  こんなことなら、来週来ればよかったかも。  でも思い出の詰まった函館駅を見納めさせてくれたのは、神の配慮かも。

 東京生まれの東京育ちの私にとって、初めて拠点の家を構えたのは、函館なの で、函館は、いまでも第二の故郷の意識が強い。  それだけに、「JR函館新駅」オープンには、驚いた。  ちょうどいまは、新しい駅が、古い駅舎に覆い被さっているような状態だ。  オープンの後に、古い駅舎を壊すと、後ろに、ザザーーン!と、新しい駅が現 れるそうだ。

 そのまま、ホテルに行こうかと思ったんだけど、いつもより大きくて重いキャ リーバッグをガラガラと転がしながら、駅近くの「鮨金総本店」へ。 『おいしい桃鉄』(小学館)に登場する、函館でなかよしになったお寿司屋さん だ。いちばんなかよしの福田さんがいるようなので、予約無しで寄ってみた。

 寄ってみたら、板前さんの顔ぶれが、昔から知っている人ばかり。 「いやあ! おひさしぶりです!」 「うわ〜〜〜、なつかし〜〜〜!」 「元気でしたかあ?」  なかには、10年ぶりに会う人もいる。 『桃太郎電鉄』の歴史は、この「鮨金総本店」と伴にあったと言っても過言では ないからね。  いくら電車が好きだからといって、毎月、10日間札幌にゲームを作りに行っ て、2日かけて、東京に戻って来て、10日間のあいだに『ジャンプ放送局』の 2本録りをして、ラジオに出たり、ほかの雑文を書いて、また札幌に行く生活 は、正直言って、つらくなかったと言えば、嘘になる。  そんなときに、北海道の行き帰りに寄ったこのお店の人たちのやさしさと笑顔 が、私をホッとさせてくれた。 「ううっ。福田さん、ちょっと、わさび、きついよ!」 「はは。サービスだ!」  こういうやりとりが、どれだけストレスを解消してくれたことか。

 きょうも、キングサーモン、八角(はっかく)、生にしん、ウニイカソーメン といった函館ならではのお寿司を食べる。  私はシャコというお寿司は、グロテスクなんで、あまり好きではないのだが、 「甘いんだよ〜!」の福田さんの言葉に誘われて、食べてみる。  ほんとだ。甘い。  シャコに対して、甘いという言葉をつかえると思わなかった。 「ふに〜〜〜! ふに〜〜〜!」  ひさしぶりに娘が、お寿司酔いしている。 「きょうは、どこ泊まってるの?」 「国際ホテルの予定!」 「ああっ。だったら、車出すから!」 「えっ!?」  お店の人が、商用車を出して来てくれて、ホテルまで送ってくれるというのだ。  信じられないでしょ?  どうもこういう歓待のされ方に馴れていないわが家族は、ただひたすら狼狽す るだけで「最近、食が細くなってすみません!」と、見当違いな言葉を吐くのが 精いっぱい。  たぶん「前よりたくさん食べなくなっちゃったのに、車で送ってもらっちゃっ て、すみません!」ということを言いたかったんだろうなあ、自分は。  言えたとしても、あまりにも陳腐で無粋な言葉だけど。

 午後6時30分。函館国際ホテル別館へ。  午後7時。チェックインのあと、家族3人で、近くの「海鮮市場」へ。  まだ外が明るいので、歩きたかった。  1日じゅう、電車に揺られていただけで、あまり歩いてなかったからね。  でも歩いたら、函館は道が広くて、まるでお台場を歩いているみたいに、建物 は近くに見えるのに、なかなかたどりつかない。  さすがに風が冷たい。  おお! 「海鮮市場」も新しくなっていた。  すっかりきれいになってしまっている。 「海鮮市場」の正式名称は「魚長(うおちょう)本店」ということを、きょうの イルミネーションを見て、初めて知った。

 うわ〜〜〜、売り場もまったく新しくなっちゃった。    ここでもなかよしになった人がいるので、ちょっと会っていく。 「海鮮市場」に、ファックス1枚送るだけで、絶品のイクラと海産物を送ってく れた加賀さんに挨拶。  加賀さんは、いまここではなく、魚長のスーパーのほうに勤務しているんだけ ど、ちょうど戻って来る時間に会うことが出来た。    昔から、旅行をして、日本じゅうに知り合いが出来るような人生を送れたらい いなあ!と思っていた。  まさか本当に思い通りの人生を歩めるとは思ってもいなかった。  しかもそういう夢は、死にかけるほの大病のあとに訪れるのだから、神様のシ ナリオは小池一夫師匠の原作くらい、うまく出来ている。  ここで耳より情報。 「海鮮市場」に貼られていたお土産品ベスト5を紹介。函館に来る機会でもあれ ば、ご利用ください。 <海産物の部> 1位・いかめし 2位・函館こがねさきいか 3位・いくら醤油漬 4位・ボイルたらば蟹 5位・数の子松前 <お菓子の部> 1位・白い恋人 2位・マルセイ・バターサンド 3位・六花亭ストロベリーチョコ 4位・ロイズ・ピュアチョコレート 5位・はこだてビール  うーーん。まだ「白い恋人」が1位かあ…。  思えば、『桃太郎電鉄』を作るきっかけは、北海道のお土産といえば、「白い 恋人」だけじゃないでしょう!だった。  別に私が「白い恋人」を嫌いなわけではない。  チョコレート製品を私が嫌うわけないでしょ! 「夕張メロン・シャーベリアスはおいしいよ!」 「函館は、みそラーメンじゃなくて、塩ラーメンですよ!」 「じゃがバターを、一度食べてみてよ!」 「大通り公園のベンチで食べるトウモロコシは最高だよ!」  こういうおいしいものを広めたい気持ちで作り始めた。  で、いまだ「白い恋人」が1位なんだから、まだまだ『桃太郎電鉄』の使命は 達成できていないってことだね。精進せねば。  午後8時。ひさしぶりの函館なので、100万ドルの夜景でも見に行くかと、 タクシーで函館山へ。  もちろん、ロープウェイが出ているんだけど、そんなもの私が乗るわけもな  タクシーの運転手さんは、こっちが交渉する前に、格安の観光料金でいいと、 言ってくれた。 「言わなかったら、言われたとおりの料金を払っちゃったかも!」 「ははは! 料金どおりだったら、高い、高い!」  函館の人って、びっくりするくらい親切で、やさしいのよ。  初対面の人にも。  函館は外国の人が多く居住した町だけど、外国の人も、函館の人のやさしさに さぞや助かったことだろう。  なつかしい東本願寺別院の急坂を登る。  この坂を登ると、函館に来た気分は、最高潮に達する。  へ〜! 函館山の高さは、334メートルなの!?  ほとんど東京タワーとおなじ高さなんだね。  函館山は、修学旅行生でいっぱい。  まるで『マトリックス・リローデッド』のスミスだらけのようだ。  次から次へと現れて、突進してくるところまでそっくり。  足の不自由な私としては、怖い。  ただでさえ、夜景のような高いところは苦手だ。

 大型観光バスが、駐車場に停まりきれなくて、函館山の中腹で待たされている。  その数たるや、数10台だよ。  係りの人が何10人も出ていて、交通整理をしているほど。  山のふもとまで渋滞する山道というのは初めて見た。  でもやっぱり、函館の夜景はいいねえ。  町の灯りが、ゆらゆら、揺らめくのよ。  ちょうど、ガスが流れて、くっきり見えた。

 ちょっと移動したら、もうガスが出て、100万ドルの夜景がぼやけ始めたか ら、いいときに来たものだ。 『マトリックス・リローデッド』の増殖スミスのように、わらわらと突進してく る修学旅行生たちは、うっとおしいけど。  午後9時。函館国際ホテルに戻る。 『桃太郎電鉄12〜西日本編』の手直し作業を始めたら、寝る時間がどんどん減 って来た。いかん。旅先での睡眠が減ってしまう。

 

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