4月24日(木)

 飛騨高山は、きょうも雨。

 午前7時。うへっ。目薬の残量がまったくない。
 目薬って、持ち歩いていると、蒸発しちゃうの?
 知らなかった。

 午前9時30分。ホテルをチェック・アウト。
 タクシーの運転手さんがいい人なので、次の町へ急がずに、高山の市内観光を
することにした。

 新興交通の長瀬さんだ。  こう書いておけば、また高山に来たときに、日記のバックナンバーを見ればま た運転を頼める。  午前10時。城山公園へ。  高山の町の人は、この城山公園に桜を見に来るそうだ。  まだ桜が咲いていない!  寒いんだ、高山は。  高山盆地の底のほうは、満開なのに、さして高くない城山公園の桜はまだとは。  でも、歴史マニアとしては、金森長近(かなもり・ながちか)像を見ることが できて、大満足。

 金森長近という人は、織田信長に仕え、長篠の合戦にも参戦した。  その後、豊臣秀吉に仕え、この飛騨高山の町づくりをした。  さらに、関が原の戦いのときには、徳川家康方についたというのだから、世渡 り上手だったのかもしれない。  高山の町が、「キング・オブ・観光地」と呼んでもいいくらい、お客さん本位 の町なのは、この金森長近さんの影響なのかもしれない。  高山のいまやシンボルになりつつある高山陣屋へ。  陣屋に用があるのではなく、陣屋の脇の屋台「陣屋だんご店」のみたらし団子 を食べに来た。運転手さんも高山のみたらし団子としては、ここがいちばんおい しいと言っていた。私も以前からここのみたらし団子がいちばんだと思っていた。 「名物にうまいものなし」という言い方があるけど、名物に便乗して、まずい食 べ物を観光客に食わせるお店がいけない。行政がしっかり指導して、味の改善に 努めたほうがいい。  湯布院などは、「たまたま寄った旅館のご飯がまずければ、ほかの旅館に行か ず、二度と湯布院を訪れなくなる」といって、町で料理の研究に取り組んでいる。  さて、「陣屋だんご店」。  1本60円。

 あいかわらず、やわらかく、甘くない醤油の味がたまらん。  30年前、高山で食べたみたらし団子が忘れられなくて、何度も高山を訪れる ようになった。観光地は豪華ならいいってものではない。60円のだんご、65 円のさぬきうどんで、観光客を呼べるのだ。  商店街を抜ける。  昨日、町火消しの像があった通りだ。  高山は昔から、火事が多かったそうで、それで火消しが注目を集めたそうなん だけど、いまも家の屋根のところにベランダの柵のようにレールが敷いてある。  このレールは商店街をずっと遠くまで走っている。  これがなんと、消火作業用のレールだというのだから驚かされる。

 高山には、コンビニが少ない。  牛丼屋や、ファーストフード店がないのも、この町を非日常の町に仕立てあげ ているような気がする。  午前10時30分。高山の真ん中を流れる宮川の朝市へ。  あいにくの雨なので、朝市のお店が少ない。

 飛騨牛で有名なお店「牛政(ぎゅうまさ)」の飛騨牛串焼きの出店があったの で、食べる。  昨日のもおいしかったけど、さすが「牛政」!  味のレベルが違う!  私と嫁が「おいしい〜〜〜!」と合唱すると、お店のおばちゃんが「ありがと うございます!」と返してくれる。  この「おいしい!」と言って「ありがとうございます!」の言葉で返してくれ るかどうかで、一流と二流は、区別できる。

 早くも「史上空前の食べっぱなし旅行」は、絶好調!  高速道路に入った自動車のように、アクセル全開だ!  へ〜、朝市なのに、珈琲スタンドまであるのがいいねえ。  しかし高山は本当に観光のことをよく考えている。  観光客としては、野菜ばかり売っている朝市より、何か買い食いしたい。買い 食いしたら、コーヒーが飲みたい。  ところが、意外とほとんどの朝市では、コーヒーが飲めない。

 そんなわけで、迷うことなく「珈琲スタンド」で、コーヒーを飲む。  1杯200円という値段も良心的だ。  ちゃんとコーヒー専門店以上の味だった。  地元のおじいちゃんがコーヒーを飲みに来ていて「天気予報だと、高山は大雨 洪水注意報だって言ってたで〜!」とお店の人に話し掛けた。 「ええ〜〜〜、それは困ったなあ!」と、私は思わず返事してしまった。 「大丈夫! 大丈夫! 高山の天気予報は当たらんから!」 「ええ? そうなんですか?」 「だいたい高山の下のほうの飛騨萩原とか、飛騨金山のほうが、天気予報どおり だ!」  高山の町の人は、よくしゃべってくれる。  地方の町の人特有の人見知りな感じもないし、歴史のある町特有の気位の高い 態度もない。実に肩の力の抜けた素晴らしい人たちが多いように思えた。  そんな町の人とのやりとりが楽しいので、嫁は次から次へと、お土産品を買っ ていた。  山くじらと呼ばれる野菜、赤かぶら漬け、こも豆腐、など。 「えっごまかな」という胡麻のお菓子は、「荏胡麻(えごま)」と呼ばれる脂が 強くてちょっとまいった。「えごま」って、戦国時代、部屋の明かりにつかった 油のことだよね。  司馬遼太郎さんの『国取り物語』で、斎藤道三が、この「荏胡麻(えごま)」 を扱っていたような気がする。  朝市の店先を見て歩く。  下呂温泉から高山にかけて、赤かぶら漬けを売っているお店が多いなあ。

 高山名物さるぼぼは、どのお店でも売っていて、流行の風水を取り入れて、6 種類の色のさるぼぼまで売っていた。  さるぼぼは、災いが去る(サル)ように。家内円(猿)満・良(猿)縁という 意味の人形だ。

 四国高松の「桃太郎電鉄石像」の貧乏神に上にサルが乗っていて、「貧乏が去 る」というのは、この高山のさるぼぼが、ヒントになっていることはいうまでも ない。  高山屋台会館へ。

 春と秋に開催される「高山祭り」でつかわれる屋台を展示している。  6メートルほどの高さの屋台は、京都の祇園祭りの「山鉾(やまほこ)」似て いるけど、屋台の先頭に、からくり人形をつけるのが、特徴。  このからくり人形はよく動き、パカッと人形が早代わりを見せたりする。

 屋台会館では、巫女さんの衣装をまとった女の子が、屋台の解説をしてくれる んだけど、文節をやたらと区切る独特の口調というか、たとえようのない不思議 なイント―ションだ。高山に来たら、ぜひ屋台会館で、この独特なイントネーシ ョンをお楽しみあれ。  一之町、二之町、三之町、いわゆる「さんまち」の古い町並みを歩く。  下一之町、下ニ之町、下三之町は「しもさんまち」と呼ばれているそうだ。  ここが古くからの商人の町で、高山の古い町並みが並んでいる地域だ。  ちなみに「重要伝統的建造物群保存地区」という仰々しい名称がついている。  覚えられるかい、こんな名称!

 この古い町並みは、今回の旅のテーマである「史上空前の食べっぱなし旅行」 にまさにふさわしいトラップにあふれていた。  まず、「屋台寿し」の文字が眼に入る。 「寿し」といっても、ここは山の中・飛騨!  飛騨牛にぎりに決まっている!  昨日、飛騨牛ステーキ屋に行けなくて、飛騨牛にぎりが食べられなかった私に は、「待ってました!」の屋台だ!

 一人前2個で、500円。  甘いたれがついた飛騨牛にぎりは、とろ〜り、とろとろ、鼻息が荒くなるおい しさだよ! うめえええええっ! うめええええっ!

 あまりにも私がおいしそうに食べていたせいか、近くにいたカップルがあわて て牛にぎりを注文していた。 「史上空前の食べっぱなし旅行」でなければ、じっくりひとりで2個食べたかっ た。  嫁とふたりで1個ずつが悔やまれた。  悔やむなよ! ひとりツッコミ!  続いて、「子鯛焼き」。  鯛焼きの小さいやつだ。  5個、700円。  味も大納言、チョコ、チーズ、プチウィンナー、あずきと豊富。  プチウィンナーって何だろうとおもったら、本当にウインナー・ソーセージが 入っていたよ〜! こりゃ、まいったね。

 みたらし団子、飛騨牛串焼きのお店が多いけど、いま食べている場合ではない。  新しい食べ物に遭遇したときのために胃袋に空きスペースを取っておかないと。  おお! みたらし団子屋さんで、ごまだんごを売っていた。  みたらし団子は、60円で、ごまだんごが、100円。  値段が違うほどのおいしさか?と食べてみたけど、凡庸な味。  うーーん。もうひとつの飛騨名物である、五平餅を食べる余裕がない。

 しかし、この古い町並みの統一感は素晴らしい。  低い軒先。出格子の町家。  電線のない通り。  産婦人科さえ、町家(まちや)風にして、まわりの景観から浮かないようにし ている。  ここはお店ではなく、ふつうの民家だなとおもったら、これがなんと携帯ショ ップ! 目立たないように「ドコモ携帯電話処」と書かれている。  家のなかの駐車場も、前を格子で覆って、駐車場とわからない配慮がしてある。  この非日常の徹底ぶりは、見事としか言い様が無い。

 まさに高山は、和風ディズニーシーだ!  ハウステンボスがめざすべきは、オランダではなく、高山の和風であるべきだ ったのではないだろうか。日本には純和風のものが似合う。正しい旅はいったい 何かということをこの高山の古い町並みが教えてくれたような気がする。  あれほど、観光に力を入れて、別府を圧倒してしまった湯布院が、最近俗化し て、湯布院を気に入ったお客さんは、もっと奥の黒川温泉に行くようになってし まったと聞く。意図に反して湯布院の町に増えたものも洋風だった。  高山は、観光地の極致だ。  このまま下品な町にならずに、謙虚に発展してほしいものだ。  さあて、困った。  これだけ盛りだくさんな町を『桃太郎電鉄』では、どう表現すればいいのだろ う。  物件名候補が、こんなにある。 ・みたらし団子屋 ・飛騨牛串焼き屋 ・五平餅屋 ・牛玉焼き屋 ・赤かぶら漬け屋 ・桃園 ・一位一刀彫り工房 ・飛騨家具工房 ・飛騨牛ステーキ屋 ・さんまち古い町並み 『桃太郎電鉄』の『全国編』のほうは、物件の最大数の限界が、8件しかない。  ひとつずつ並べても、10個もある。  どれを落とすか本当に悩みそうだ。  高山は、桃の名産地らしくて、今回も桃ソフトクリームを売っているお店が多 かった。  あと「みたらし団子」を、み「だ」らし団子と濁る表記が多いのも目立った。  どうも高山だけ、「だ」と濁るようだ。  今後この辺のことは調べないといけない。  高山は、1泊では全部を見ることができない町だ。  最低2泊はしたいね。  あと5年に一度は来ないと、町が新しくなっている。  よ〜く考えると、古い町並みが新しくなっているというのも変だし、古い町並 みが増えるているというのも変なんだけどね。  でもやっぱり、高山が好きだなあ。  午前11時30分。高山を離れて、国道41号線を北上する。  川沿いにまるで灯りをつけたような桜の大群が目に入った。  その名もずばり、桜野公園。  この公園には、約00本の桜が咲くらしく、しかもこの桜は、奈良県吉野の桜 を移植した由緒ある桜らしい。  あまりにもずっと桜並木が続くので、カメラにおさまりきらない。

 桜を見ようとおもって、高山に来たわけではないので、ことさらうれしい。  飛騨国府(ひだこくふ)を通る。

 天然の古い町並みだ。  家の軒先に鴨居のように張り出た装飾がある。  この部分をこの地方では「雲(くも)」と呼び、大工の棟梁によって、そのデ ザインが違うそうだ。  この地方の大工さんたちの仕事に対する誇りと愛情がこめられているそうなの だ、この「雲」には。

 午後12時。飛騨古川(ひだふるかわ)へ。  ここにも高山のように古い町並みがある。

 高山同様、江戸時代は金森氏がお殿様だったせいで、町割が似ているらしい。  町の人にいわせると「ここには古い高山があります」とのことだ。  うまい言い方だ。  高山の俗化が進みすぎると、あっという間にこっちがブレイクするかも。  ここでも飛騨牛串焼き屋などがあるが、飛騨牛コロッケという魅力的なメニュ ーが私を呼んでいる。  何でも食べますよ。仕事ですから。  何たって、今回の旅のテーマは「史上空前の食べっぱなし旅行」だ!

 うままままーーーいい! コロッケおいしいよ〜!  嫁と半分個せずに、ひとつガブッ!と食べてしまいたかった。  あの狂牛病のときに、飛騨地方の人たちはちっちも話題にしなかったそうだけ ど、これだけおいしい飛騨牛なら、肉骨粉なんて入っているはずがないという自 信があったんだろうなあ。  和ローソクのお店を見る。  このお店は、NHKのテレビ小説『さくら』のモデルになったの?  あまり私は、テレビ小説についてくわしくないんで、わからない。

 お土産品屋さんで、変なものを見つけた。 「アントニオ猪木のダァー麺」。

 井沢どんすけが、猪木教信者なので、東京に郵送する。  4月30日、猪木ファンは我が家に「ダァー麺」を取りに来るように。  井沢どんすけも来るように!  そのうち、コンビニでも売られるようになるらしいんだけどね。  その他、竹の子べったらとか、栃の実クッキーとか、買って送る。  お店の人が「ここらへんは、ノーベル街道と呼ばれてるんだよ!」という。  この先の富山県は、島津製作所の田中耕一さんの故郷で、飛騨古川の隣りの町 の神岡(かみおか)は、小柴さんの故郷で、かつて受賞した白川さんが高山の生 まれなのだそうだ。  なるほど、ノーベル街道に偽りはないなあ。  けっこう本気で、広めたほうがいいかもしれない。  まずはノーベル神社でも作ると、全国の受験生、大学で博士号をめざす人たち がやってくると思う。  瀬戸川と白壁の土蔵街を歩く。  中国地方の津和野(つわの)のように、鯉が放してある。 「鯉にエサをあげすぎないように」という張り紙があるのが笑える。  太りすぎてしまったそうだ。  そのくらい観光客が訪れることがわかるような佇まいだ。  NHKのテレビ小説『さくら』のタイトルバックに登場してから、観光客が非 常に増えたそうだ。

 飛騨古川で、もっと有名なのが、「起こし太鼓」と呼ばれるお祭りだ。  4月19日、20日と、ついこの間開催されたばかり。

 運転手さんが「起こし太鼓の里」というところへ連れて行ってくれたので、こ の「起こし太鼓」を3Dシアターで見ることができた。  これはどこのお祭りにも似ていない、独特で勇壮なお祭りだ。  男の人がふたり大きな太鼓の上に乗って、白く長い棒で、太鼓を叩く。決して 乱れ内ではなく、じゅうぶん間合いを取って、どん!と打つ。それからずっと身 動きせずに上段の構えのまま、剣術使いのように太鼓の上で次の一打を待つ。  不思議な武士道を感じるお祭りだ。

 この「起こし太鼓」のビデオを買って行きたかったのに、お土産品屋さんに も、町の観光案内所でも売っていなかった。商売気がないなあ。  このお祭りは、生で見てみたいよ。  午後12時45分。飛騨古川駅へ。  ここで、親切な運転手さんとはお別れ。  今度高山に来ることがあったら、絶対また長瀬さんに運転を頼もう。

 へ〜! 飛騨古川は、近くの市町村を併合して、2005年から「飛騨市」を 名乗るのかあ。この辺には、飛騨萩原とか、飛騨金山とか、飛騨なんとかという 名称はたくさんある。  最初に「飛騨市」を名乗ってしまえば、今後は本家だ。  うまいこと考えたなあ。

 それにしても最近は、合併が多い。 『桃太郎電鉄』としては、新しい町が増えるわけで、好都合。  できるだけ魅力的な市名をつけてほしいものだ。  午後1時10分。飛騨古川駅から、富山行きワイドビューひだ5号に乗車。

 まだまだ私の取材旅は続く。 「史上空前の食べっぱなし旅行」は、電車に乗ったところで、ひと休み。  先頭車両の3番目の席に座る。  1番前の席がふたり分開いている。  車掌さんにいうと、「どうぞ!」とあっさり。  先頭座席に移動する。  高山から先まで行くお客さんは少ないから、かまわないのだろう。 「鉄道マニアみたいだなあ!」と言いながら、嫁と運転席の真後ろに座る。  まさにワイドビューだ!  レールがまっすぐに伸びているのが、よくわかる。

 ふと、もうひとり先頭車両の最前席に座っている旅行者の座席を見ると、席に は講談社の『鉄道の旅』が!  思わず「私も持って来ているんですよ!」と話し掛けるところだった。  今回『鉄道の旅』のうち、高山本線、富山鉄道の2冊を持って来ている。  やっぱり私も鉄道マニアかもしれない。  きょうも雨模様なので、車窓からの眺めは、東山魁夷の幻想的な絵画の世界。  昨日は靄(もや)が、遠くの山に見えたんだけど、きょうは靄(もや)のなか を走っている感じ。

 そういえば、よく考えると、高山本線って、業腹なネーミングだねえ。  名古屋と富山を結んでいるのに、たった1駅の名前を取ったあげくに、本線の 名前までもらってしまっている。単線なのに。  鉄道路線の名前というのは、だいたい東海道線、山陽本線、山陰本線と、ライ ンの総称をつける場合が多い。  東北本線、北陸本線のようにエリアでつける場合も多い。  また土讃線のように、土佐と讃岐を結ぶので、両方の名前の1文字ずつを取っ たりする。  なのに、高山本線である。  鹿児島本線、長崎本線のように終着駅の名前をつける場合が多いのに、見事に ど真ん中の駅である。東海道本線を、静岡本線と言い張るようなものだ。  下呂本線でもなく、富山本線でもなく、沿線随一の町はうちだ!といわんばか りだ。誰か強引な人がいて、強権を発動したんだろうなあ。

 午後2時7分。越中八尾(えっちゅうやつお)駅で下車。  いよいよ富山県だ。  駅前のコインロッカーに荷物を預けようとするが、売店のおばちゃんに「そん なものはないね!」とあっさり言われる。  特急が停車するほどの町なのに。

 駅前は閑散としている。  町の中心地は、駅から遠いのだろう。  駅前のタクシー会社で、車を用意してもらう。  このほうが、移動コインロッカーのようなもので、カバンのなかのものを取り 出したいときに出せるのがいい。  コインロッカーに荷物を入れて、市内見物にでかけたときにかぎって、コイン ロッカーのなかの荷物が必要にならない?  午後2時30分。「おわら資料館」へ。

 八尾(やつお)町は、「おわら風の盆」のお祭りで、有名な町だ。  人口2万人の小さな町が、9月1日から3日間のお祭りの時期には、連日10 万人に膨れ上がるそうだ。このときばかりは、富山市内から、高岡市内、宇奈月 (うなづき)温泉に至るまでどのホテルも旅館も満員になるそうだ。  八尾町には宿泊施設が少ないので、町に許可を取って、民宿ならぬ、民泊(み んぱく)とでもいうべき、自分の家に泊める家も出現するそうだ。  こんなシーズンはずれの雨の日に「おわら資料館」を訪れる人などいないよう で、係りの人が「きょうはお二人様の貸切でございます」と言いながら、スライ ドとビデオの映写室で、「おわら風の盆」を見せてくれた。

 今回の旅は、お祭り紀行みたいでもある。  でも基本は「史上空前の食べっぱなし旅行」! 「おわら風の盆」というのは、210日の台風よけと、五穀豊穣を願って行われ るお祭りだ。男性的なお祭りではなく、編み笠をかぶった女性が、三味線、太鼓、 胡弓(こきゅう)に合わせて、しずしずと流麗に踊る。  この胡弓(こきゅう)の音が、ひゅううひゅうと、物悲しく、せつなく、一種 独特の雰囲気をかもし出している。  踊る女性の年齢も、25歳までに限られているそうだ。  編み笠で顔が隠れているので、どの女性も美人に見える。

 実はこの「おわら資料館」に来てみたかったのは、西村京太郎さんの昨年の作 品『風の殺意・おわら風の盆』(文芸春秋社)を読んだから。  昨年突如として、20年前の全盛期のおもしろさを取り戻した西村京太郎さん のシリーズのなかでも、いちばんおもしろかったのが、この作品だった。  お祭りの時期に来ればいいんだけど、お祭りはホテルがいっぱいで来れたもん じゃないからねえ。 「おわら資料館」は、充実した展示で、来てよかった。  まるで八尾(やつお)町の名称を「おわら町」に変えたほうがいいのではない かと思えるほど町じゅうで力を入れているお祭りだとういうことがよくわかっ た。  運転手さんに、「おわら資料館」の近くの和菓子屋さんに連れて行ってもらう。  八尾町の名物「おわら玉天」を買うためだ。  この「おわら玉天」は、摩訶不思議な食べ物だった。  玉子をつかったカステラだとおもって食べたら、これが和製マシュマロと呼ぶ べき、ふにゃっとした食感。  でも表面がしっかり玉子の固さを持っているので、マシュマロより断然存在感 が違う。箱入り10個、900円を買ったのはいうまでもない。ちなみにほかの お店でも売っていたので、また買った。  越中八尾町の物件は、「おわら玉天屋」で決まった。

 この後、諏訪町通りと呼ばれる古い町並みに連れて行ってもらう。  高山のように、出格子の家が並ぶきれいな通りだ。

 驚くべきことに、この通りには飲食店もお土産品屋さんひとつない。  これだけの町並みを持っていながら、もったいない。 「どうもこの町は、商売が下手でね…」と、運転手さん。  そうだと思う。 「おわら風の盆」のお祭りにしても、富山市内、宇奈月温泉が超満員になるほど の盛況なのに、町のなかに宿泊施設を増やす気配すらないようなのだ。  だから、これだけ美しい町並みを整備しても、観光地にする気があまりないよ うなのだ。潔いというか、お人よしというかだ。

なんと郵便局までも!

 午後3時。曳山(ひきやま)記念館へ。  こっちは5月5日の「曳山(ひきやま)祭り」につかう屋台を展示している。  高山の屋台を見てきているので、ちょっと驚くことや、感動することができな いのが申し訳ない。

「撮影ご遠慮下さい」の立て札が、いまどき時代遅れ。  いまはどの観光地も「フラッシュ撮影はご遠慮ください」になっている。  曳山(ひきやま)記念館の前の上新町通りのお土産品屋さんに入る。

「あっ!あっ! ドアが軽い!」  入る瞬間、ドアに体重をかけてしまったために、バランスを失い、足がもつれ て、どしーーーん!と音を立てて、転倒してしまった!  痛い! とても痛い!  左膝から、血がにじみ出てきているのが、感覚でわかる。  痛いよりもっと難儀なのが、起き上がることだ。  左半身がまだ完全に直っていないので、右半身を下にして倒れると、まったく 起き上がれないのだ。  人間の身体っていうのは、不思議な作りになっている。  店の人とかが、心配して駆け寄ってくれるが、どうにもならない。  じわり、じわりと、右半身の力だけで、ゆっくり起き上がるしかない。  非常に長い時間をかけて、起き上がったような気分だ。  いままで見て来たものが、走馬灯のようには流れなかったけどね。  でも、ほんと痛い!  これだけ派手に転倒したのは、脳内出血で倒れて以来初めてだ。  道端で倒れそうになるのは、毎日のことなんだけど、不思議といままで一度も 倒れたことはなかった。  さすがにきょうは、歩き過ぎたようだ。  とくに雨の日は、退院直後など、10メートルも歩くと、湿気でまったく動け なくなるくらい天敵だった。こんな雨の日にこれだけ歩けるようになったこと自 体、驚異的なのだが、痛いものは、痛い! ははは。てれ笑い。

 この辺で、八尾町の観光を終了して、きょうの宿泊地へ。  実はきょうのホテルは、予約しただけで場所もわかっていない。  運転手さんに聞くと「ここから15分ぐらいのところですよ!」というではな いか! えっ、そんなに近いの!  越中八尾駅から、富山駅に出て、そこから車で行こうと思っていた。  このコースだと、ほとんどまたここに戻ってくるような感じらしい。  何はともあれ、近いのは助かる。  午後3時30分。大沢野(おおさわの)町の「雅樂倶(がらく)」へ。  最近、テレビ、雑誌にやたらと登場するおしゃれなホテルだ。

 神通川に隣接していて、大沢野ダムが見える。  きょうは雨なので、濁流のように見える川だが、晴れた日には、エメラルド色 の美しい水面になるという。  ここに2泊する予定だが、明日も雨の予報だ。  ちょっとくやしい。

 このホテルはいい。  まるで住宅展示場のモデルルームのようだ。  部屋にジャグジーまである。  このジャグジーは青山のショールームに売っているのとおなじで、一度私がこ のジャグジーを自宅のお風呂にしたくて、見に行ったことがある。  でもうちのお風呂の倍以上のスペースを必要とした。そのくらい大きなジャグ ジーなのだ。  やっぱりホテルくらいの広さがないと、このジャグジーは置けないんだなと、 実感する。  ちなみに値段もたしか、300万円だったと思う。  我が家の初代ニッサン・シルビアよりも高い。

 さすがに、足も痛いので、きょうはこれ以上の取材をストップ!  ホテルの部屋で身体を休める。  VAIOのPHS接続も、ダメだ!  さすがに山の中だからなあ。  午後6時。ホテルの「西洋膳所」で食事。

 フランス料理だけど、和風味を取り入れた上品な味だ。  最初から、お箸を置いておいてくれたのが、助かる。  料理は、少量ずつ多品種が、ちょこちょこ出てくるので、非常に私好み。

 むむ? このお肉は味が軽いなあ。  飛騨牛ではないような気がする。  ホテルの人に聞いてみると、「近江牛です」とのこと。  ここは、越中富山の国。飛騨地方から抜けると、つかわれるお肉の種類も変わ るわけだ。富山は関西地方に近いことが、お肉からわかる。

 さて。きょうはのんびり8連敗中の横浜ベイスターズの試合でも応援するかと おもったら、雨で中止。  ほっとするやら、早く連敗が止まってほしいやら。

 

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