1月20日(日) 朝、起きた瞬間、突然、川越(かわごえ)に行きたくなる。 埼玉県の川越だ。 このところ腰痛が出ていて、身体がきつくて、柿添尚弘くんの本日の お誘いを断わったばかりだというのに、この生来の「思い立ったが吉日病」 は直りそうも無い。 迷惑なのは、嫁。 あわてて、川越をホームページで調べ、西武新宿線の小江戸号の時刻表 を調べるはめに。 午前11時28分。西武新宿駅から、小江戸号で、本川越に向う。 腰痛は、ホカロンを貼って、応急手当。 ホカロンは、本当に腰痛によく効くよ。 午後12時11分。本川越駅着。まずはタクシーで「いも膳」へ。 川越の蔵造りの町並みからは、かなり離れた場所にあるが、川越名物、 サツマイモとウナギの両方の料理が食べられることで有名なお店だ。 昔、川越は川がきれいだったので、美味しいウナギ屋が多かったそうだ。 そのウナギ屋さんたちがそのまま老舗として多く残っているので、川越と いえば、サツマイモとウナギの町となったようだ。 サツマイモのほうは、川越イモと呼ばれて、全国にその名を轟かせてい るので、知っている人も多いことだろう。 ![]()
「いも膳」は、中学校とか高校ぐらいの大きな敷地の大きなお店。駐車場 には車がいっぱいで繁盛している。 案内されて、個室に入る。 小さな、小さな部屋だ。茶室より小さい。 ローカル列車の4人掛けみたいだ。 いきなり芋ようかんとお茶が届く。 日本旅館で部屋に着いたときみたいだな。 いよいよ芋づくしが始まる。 芋ビール「さつまいもラガー」が来る。 ![]()
私は「江戸前弁当」。 ウナギのばってらのご飯のなかに、サツマイモを刻んだものが入っている。 嫁は「いも点心」。 芋そばに、茶巾のひつまぶし風に、サツマイモの天ぷら。デザートには、 芋アイス。 ![]()
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嫁の芋づくしのほうが、圧倒的に美味しかった。 「イモ懐石」なるものもあるようだけど、こちらは予約制。 変にお刺身とか入るよりか、「いも点心」のサツマイモづくしのほうが、 美味しいなあ。とくに芋そばは、食感が力強くて、美味しかった。 午後1時。「いも膳」の敷地内にある、「さつまいも資料館」へ。 全国のサツマイモについての展示物や、サツマイモ製品を売っている。 サツマイモせんべい、乾燥イモなど、戦利品のように買い漁る。 ![]()
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「九里四里うまい十三里」という言葉を知っているだろうか? 関東の人にしかわからないかなあ。 石焼き芋屋さんのリアカーに必ず書かれていた言葉だ。 私は子どもの頃から、この言葉の意味がわからなくてねえ。 「九里四里…」を「九里四里(くりしり)」と読んでいた。 「九里四里(くりしり)うまい十三里」と私は読んでいたわけだ。 これじゃ、意味もわかるはずがない。 なんと「九里(くり)」は「栗(くり)」で、「四里」は「四里(より)」 と読むのだそうだ。 「栗よりうまい十三里」。 では「十三里」とは何か? 江戸時代、江戸から川越まで、十三里の道 のりだったというわけだ! ぎょへ〜〜〜! 40年かかって、ついに謎が解けたぞ〜〜〜! えっ? そんなこと誰でも知ってる? そ、そうなのかなあ…。世間知ら ずな子どもだったからなあ。 午後1時30分。川越の「菓子屋横丁」へ。 ![]()
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ここは昔なつかしい駄菓子屋さんとか、焼きだんご屋さんとか、おせん べい屋さん、お芋屋さんといったお店が狭い路地に並んでいる。 きょうは日曜日ということもあって、狭い路地は観光客でいっぱい。大 混雑である。こういう風に町もアイデアひとつで、いくらでもお客さんを 呼ぶことができるという好例だ。 取材という名の名目のもと、串だんご、カップ入りサツマイモなど、食 べまくる。日本一長〜い麩菓子、なんていうのもあった。 ![]()
さて、ここから、川越城址に向ったのは、明らかに失敗だった。 遠い。遠い。実に遠い。 とくにきょうはまだ履きなれていない靴を試運転させているので、足首 に負担がかかり、いつもより歩行距離も伸びない。 午後2時。30分ぐらいかかって、川越城本丸御殿へ。 ![]()
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古い造りのまま、保存してあるので、かえって臨場感がある。あまりに もピカピカに復元させてしまうと、本当に歴史的建造物なのかなと思えて しまう建物はけっこう多い。 庭がきれいだな。 あっ。庭の向こうに見える学校は! 『ウォーターボーイズ』のモデルとなった川越高校だ! 別にびっくりするほど大感動ではないのだが、妙にうれしいものだ。 ![]()
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さて、ここで市内を走る巡回バスに乗ろうと思ったけど、1時間2本で まだ時間がある。 道案内を見ると、喜多(きた)院の文字がある。 川越の歴史的建造物というと、この喜多院がいちばん有名である。 ここまで来たら、行くしかないのだが、もはやけっこう足がつらい。で きれば巡回バスに乗って帰りたい。 ![]()
でも、壮年は荒野をめざしてしまったのである。 曲がりくねった、何の変哲も無い住宅地をとぼとぼ歩く。 行けども、行けども、着かない。 健脚で鳴る嫁が「きつい!」と言い出したのだから、私はすでにもう真 っ直ぐ歩くことかなわず、蛇行を続ける。 午後3時。ふらふらになりながら、倒れ込むように喜多院のベンチにへ たり込む。はあはあ…。 ![]()
何だかお城を登るとか、山道を歩くのとは違った疲れ方だ。 しばし呆然として、空を見る。 いい天気だ。 喜多院には、歴史マニアなら、泣いて喜ぶようなものがたくさんある。 ひとつは、徳川家光誕生の間。 徳川家光がここで生まれたのではなく、江戸城にあった家光誕生の間を ここに移築したそうだ。 ふたつめは、春日局化粧の間。 みっつめは、天海僧正の像。徳川政権の黒幕として活躍し、その正体は 明智光秀ではないかと言われている人だ。 この明智光秀説は、かなり信憑性が高いので、歴史ファンの格好の話題 になっている。春日局が、明智光秀のいちばんの家臣だった、斎藤利三の 娘だったり、2代将軍・秀忠、3代将軍・家光の、家「光」、「秀」忠を 合わせると「光秀」になるといった具合だ。 この3つを観るだけでも、達成感はかなりある。 しかも庭には、大きな木に「しだれ桜」の文字が。春に来たら、さぞや 美しいだろうなあ。池の水は抜かれていた。 ![]()
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ちょっと疲労困憊で、もうひとつ軽やかにこの場所を楽しむことができ なかったので、春にもう一度来たいなあ。 喜多院から、さらに本川越駅まで歩くがもうへろへろ。 何でこんなに苦しんでまで歩かないといけないのかと思う。 嫁が「こっちの道を歩いたほうがよさそうよ」と歩道の左側に移る。 「何で?」と聞くと、「上!」と電信柱を指差す。 電信柱の電線には、100羽近い鳥が!「おお!」と思った瞬間、頬に 鳥の出来立てうんちを、ぺしゃっ!と喰らう。ぷひ〜〜〜! まさに、運の尽きである。 午後4時01分。本川越駅着。小江戸号発車まで、あと7分しかない。 キップは買えたものの、駅ビルの「スターバックス・コーヒー」は大行列 で買えず終い。 あきらめて、小江戸号で西武新宿駅をめざす。 もちろん、車中、私も嫁も熟睡。 午後4時50分。速い。もう西武新宿駅に着いた。 都心から1時間以内で、こんな異次元空間に行けるのだから、川越はい いよ〜。きょうなんて、川越のメイン・ストリートである、蔵のある町並 みをすっ飛ばしても、この盛りだくさんだからね。 東京近郊の日帰り旅と聞かれたら、やっぱり鎌倉か、川越でしょう。 午後5時。新宿伊勢丹デパートの地下で「なだ万」のお弁当を買って、 帰ろうとすると、なんと菅沼真理(通称:すがねまチャン)さんが向こう から来る。 「え〜〜〜、もうびっくり〜〜〜!」 すがねまチャンは「滅多に町で知り合いに会うことなんてことないです よ〜!絶対さくまサンの町で人に会いまくる、ばったり病って、変ですよ〜!」 と言っていただけに、大いに驚きまくる。 もはや、おなじみばったり病の私としては、すがねまチャンが伊勢丹好 きなのを知っているので、ちっとも珍しいことと思えない。 「ほうら、すがねまチャン、ついにばったり会いましたねえっ!」。 ちょうど、地下の食品売り場を歩いて、さらに足がもうへろへろになっ ていたので、すがねまチャンを誘って、1Fの喫茶店で、コーヒー。 ![]()
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ふうっ。生き返る。 本川越駅でのスターバックス・コーヒーの敵を討つ。 午後6時30分。帰宅。 家族3人で、お弁当を食べる。 ![]()
さすがに、きょうは日記を書いて、身体を休める。 きょうの戦利品!
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