10月5日(金)

 長野県松本は、朝から小雨。
左腕がまだ痛い。あの恐怖の松本城のせいだろう。リハビリという点では
非常に成果が上がったのだが、疲れが残っていて、身体はだるい。

 午前9時30分。ホテルをチェック・イン。
 衝動的に目の前のタクシーに乗って「浅間温泉まで!」と言ってしまう。
 やっぱりどこにも寄らずに、京都まで行くのはもったいない気がしてし
まったのだ。せめて1ヶ所ぐらい飛び蹴りして行きたい。

 えっ? もう着いたの?
 まだ10分ちょっとしか走ってないでしょ?
 え? 浅間温泉は、松本駅から5キロ、松本城からだと、3キロの場所
なの。
 へ〜。さすがに上り坂のままだから歩いてくると大変だろうけど、歩け
ない距離ではない。本当に松本という街は小さいんだ。

 しかし、まだ午前10時前の浅間温泉に来ても、することがない。
 食事でもできればと思ったのだが、温泉に、日本旅館だらけなので、飲
食店が無い。どこも一泊二食付きだろうからね。
 浅間温泉は、400年前から温泉町として栄えた由緒ある町だそうだ。
 でもやっぱり古い観光地独特のこれ以上発展しない匂いが漂っている。
 こういう町は、10軒ぐらいの大型旅館がいっせいに全面改築しないか
ぎり、再浮上は難しいだろうなあ。
 温泉札所めぐりなどやっているが、いかにも発想が古い。
 またまた10分ほど歩いたら、浅間温泉のほとんどを見終わってしまった。  何だか今回の旅は、どこもあっけない。  バスが来たので、乗る。  残った景色は、バスで見る。  信州大学を見ることができた。古い友人のFくんはこの大学に通ってい たのか。  そういえば彼は福岡県人にも関わらず、クソ真面目を絵で描いたような 男だった。実直な長野の風土が彼の性格によく似合ったことだろう。  午前10時30分。松本駅の向かい側の道路にバスは停まる! 松本駅 に横付けじゃないのかあ! まいったなあ。お目当ての特急がいますぐ出 発してしまうよ〜。  バス路線はこれだから困る。だいたい特急に無駄なく接続されている。 接続されているのはいいのだが、私のように行き当たりばったりで旅する 人間にとって、特急のキップを買う時間のロスタイムが用意されていない。  旅行用カートをがらがら引きづりながら駅に向って急ぐ。  やっぱりダメだ。あと3分ほどで、特急が出る。  みどりの窓口に行列ができていて、とても3分ではキップを買うことが できない。あきらめる。急ぐ旅ではない。  そういえば明日から3連休だった。  駅ビル4Fの「いいだや」で、天ざるそば。一応、松本に来たんだから、 信州そばを食べなければ。  駅ビルにしては、美味しいおそば。
 こんなことなら、もっと本格的なおそば屋さんに寄っておくべきだった。  ただ今回の旅でわかったのは、松本という場所は、安曇野方面、上高地 方面、塩尻方面、美ヶ原方面、諏訪方面、白馬方面といったいろんな場所 への出発地点だということ。ここを橋頭堡(きょうとうほ)として、でか けて行けばいいのだなということがわかっただけでも収穫、収穫。  おバカ旅行がひとつ浮かんだ。そのうち疲労しよう…疲労してどうする。 そのうち披露しよう。  おそばを食べながら、仕事のアイデアが浮かんだので、必死にメモる。  旅に出ている間じゅう、ずっと仕事のことを考えているので、いつでも どこでも場所を選ばす、アイデアが出る状態になっている。まるで屁のよ うだというギャグは言っておかねば。  アイデアをメモってるうちに、あっというまに1時間が経っていた。次 の特急が来る時間だ。  午前11時42分。松本駅から、しなの10号に乗る。  電車が動き出したとたん、きょうから京都に行ってらっしゃる、すぎや まこういち先生から電話が入る。 「さくまク〜ン! いまどこ?」 「松本で〜す!」 「何? 松本〜〜〜!? あっはっはっは!」  やった。笑っていただけた! 「京都に来ていると思って、電話したんだけど…」 「京都に着いたら、電話させてください!」  すぎやま先生に笑っていただけるだけで、つらい松本城の苦しみが軽く なる。  車窓から、曇り空の山に立ち込める煙を眺めながら、『桃太郎電鉄11 (仮)』のアイデア出し。  しかしどうしても、特急しなのに乗ると、『ジャンプ放送局』のときの 常連投稿者・L特急しなのという名前を思い出してしまう。どうしている んだろうなあ、かつての常連投稿者たちは。いまでも毎月ひとりぐらいは、 週刊少年ジャンプの連載を楽しく読んでいましたという新しいお客さんか らのメールが来る。  さて、松本駅から、名古屋駅に向う。  どうもこの路線は、途中下車して探索する勇気が出ない。  木曽福島、中津川当たりが、『桃太郎電鉄』の中部編を作ったときなど、 物件駅になるのだろうが「木曾は山の中」というぐらいで、山はどうも苦 手だ。  何もないのがいいところという言い方があるのはわかるが、『桃太郎電 鉄』は何もなくては、☆印カード売り場にするしかない。困るのだ。  中津川で下車するつもりが、うたた寝してしてるうちに通り過ぎてしま った。  午後1時42分。名古屋駅着。  午後2時1分。のぞみ63号に乗って、京都へ向う。  おっ。この車輌は、10月1日から、「のぞみが30分に1本になった」 のCMでおなじみのほうだな。座席の端に、丸いゴムがついていて、揺れ たときにつかめるようになった。いろいろ小刻みに考えてますなあ、JR 東海は。  午後2時37分。京都駅着。  午後3時。京都のマンションに着くや、ホッとして、仮眠。  京都のマンションがいちばんよく眠れる。  午後7時。すぎやまこういち先生ご夫妻と、祇園のおでん屋さん「おい と」へ、ごいっしょさせていただく。  このおでん屋さん、一見(いちげん)さんお断りのお店らしいのだが、 すぎやま先生が噂を聞いて、アポなしで入ったところ「先生〜〜〜!  おまちしておりました〜!」という調子のいいお店らしい。  きょうもアポなしで行ったところ、「先生〜〜〜! そろそろ来ると思 って、イスを空けて待ったんですよ〜!」とまことに調子がいい。本当に すぎやま先生のいう通りだ。  ただこういうお店は、味も浮ついているものなのに、おでん屋さんと呼 ぶより、おでん懐石のお店と呼ぶほうがふさわしいぐらい、上品な料理が 出て来た。
 おでん屋さんなのに、ハモが出たり、松茸のしんじょうが出たり、ほか のお店では味わえないような料理が次々に出たあと、ようやくおでんが始 まる。  種類は23種類あるそうだが、それより多く思える。  燻製玉子、豆腐、牛すじ、銀杏、昆布、レンコンなどいただく。  出汁をたっぷり染み込ませるタイプで、銀座の「よしひろ」とは別系列。  どれも美味しい。  しかもお店の人たちが、お客さんとよくお酒を飲む。  ぐいぐい飲む。  終いには、店員全員で「かんぱ〜〜〜い!」と叫んでいた。  この光景を見ていた、すぎやまこういち先生の「このお店は、ほら、 さくまクンのチームの目の大きい、そうだ、柴尾くんだ。柴尾くんに似合 いそうなお店だね!」には、大爆笑!  柴尾英令くん、月末このお店に来ましょう!  食後、祇園先斗町を歩いて、「タナカコーヒー」で、奥様にコーヒーを ごちそうになって、京都のマンションまで散歩しながら、帰る。  いつもいつも、すぎやまこういち先生ご夫妻に気軽にお付き合いいただ いた上に、業界の約束事まで教えていただいて、私は贅沢者ですなあ。果 報者ですなあ。  阿呆者ですなあ。
 

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