7月29日(日) さくまあきら、49回目の誕生日。 朝からたくさん「誕生日おめでとうございます!」というメールが 来ているところを見ると、否定したいが、やはりきょうは私の誕生日 なのだろう。 いよいよ来年は「人間五十年、下天のうちをくらぶれば…」の50 歳。 悔いのない人生を…いつも送っているではないか!と、全国各地か らツッコミの声が聞こえたような。 「誕生日おめでとう」のメールを送ってくれた、みんな、ありがとう。 午前8時。京都のマンションで飛び起きて、これから荷物をまとめ て1時間後に新幹線に乗ろうと言い出す私であった。 きょうからの旅行は、選択肢が少ない時刻表ばかりの土地を歴訪な ので、1本電車に乗り遅れるだけで、行けない場所が出てしまう強行 軍なのだ。 なので時間厳守が大変。英語で習った、パンクチュアリ〜ですなっ。 ぼ〜〜〜っとしたまま荷物をまとめて、午前8時40分には、京都 駅に着く。よかった。 このところ、京都が旅の中継地点の機能しか果たしていないので、 イノダコーヒで朝食を食べられないのが、もどかしい。 午前9時12分。京都駅。のぞみ3号で岡山に向う。 車中、京都駅で買った、鮑(あわび)ごはん弁当を食べる。 絵に描いたような快晴だ。 漫画の場合、真夏の快晴は、黒ベタで表現する漫画家さんが多い。 そんな感じの空が、車窓に続く。 午後10時10分。岡山駅着。 むわ〜〜〜っ!と、まるでビルの冷房の室外機に向って行くような 暑さだ。プロ野球で、いきなり1回表、相手チームに先制点を入れら れたような気分だ。あぢいよ〜! 真っ先に、岡山駅のKIOSK(キヨスク)を覗く。 あった、あった。「桃太郎人形焼」! けっこういい場所に置いて あるぞ! うれしいなあ、自分の作品がお土産品売り場になんて本望 だよ! 全部買い占めたいくらいだ。乗り換え時間は9分しかないから、あまりのんびりしていられない。 13番線はどこだ、13番線は? ん? 何だ!? 階段を下りると、11、12、13番線と表示が 出ているぞ。 島式プラットホームひとつで、何で11〜13番線と3つもあるのだ? 12番線は200メートル先? ふうん? 時間がないので、確認する間もない。 午後10時19分。しおかぜ7号。 おお! きれいな車輌の列車じゃないか。ひと安心。 四国の電車というと、昔から錆だらけの塗料が剥げて、地肌剥き出 しのおんぼろディーゼル列車のイメージが強いから、ステンレス製の 列車というだけで、感動する。 今年に入って、私は何回か瀬戸大橋を電車で渡っているので、つい 熟睡モードに入る。ぐーすかぴー。 嫁は瀬戸内海の美しい海を堪能していたようだ。 きょうはいい天気だから、さぞかし瀬戸内海は、輪郭のくっきりし た、鮮やかな色をしていたことだろう。 気がつけば、丸亀を過ぎて、観音寺を過ぎて、新居浜の手前で目が 覚めた。 ずいぶんと寝ていたものだ。 このところ、連日の会議の興奮で眠れない毎日が続いていただけに、 いくらでも眠れる。 四国の景色は意外と、低い。高い山が少ない。でも一様に、どの山 も尖っている。尖ってはいるが、山頂はまあるいのが不思議だ。右側 に海が見えたり、隠れたりする。カーブが多いので、列車は鳥のよう な鳴き声をあげながら、疾走する。 四国はけっこう電車が海沿いを走ってくれるので、気持ちいい。 瀬戸内海はどこもプールのように穏やかな海だけにに、ぼんやりす るには、もってこいだ。 午後1時9分。松山駅着。 えっ!? 停止信号でローカル駅に停まったの?と思ったら、ここ が松山駅だった。何だかしょぼいホームだなあ。駅をリニューアルし たばかりと聞いていたのに…。駅を直しただけで、ホームのほうはそ のままということか。 暑い。当然のように暑い。猛暑だ。酷暑だ。むわわ〜ん!とする。 真っ先に駅前のお土産品売り場を物色。これが私の仕事だ。 やっぱり、坊ちゃん団子と、一六タルトだらけだなあ。 一六タルトというのは、あんこをカステラ地で海苔巻のように巻い た南蛮菓子。 一六タルトと、六時屋タルトが二大メーカーだ。 しかし松山には、50軒以上のタルト・メーカーがあるそうだ。 50軒以上もしのぎを削るほどの美味しさだとはおもえないのだが、 タルトが好きな人っている? 太巻きのようなタルトも、いまは、スライスされた、ひとくちサイ ズのものが主流になっているようだ。 なかには、坊ちゃん団子と一六タルトがいっしょになったものまで 売っている。 お土産物のお菓子の量が多かったのは、昔、隣り近所が大人数だっ た時代の名残で、いまはお土産といっても、旅に出た人がそのまま、 東京とかに戻ったときに、また食べることが多いから、名物の詰め合 わせセットのほうが食べやすくて売れるのだろう。 お土産品も少しずつ様変わりしてきているようだ。 午後1時30分。道後温泉の大和屋別荘へ向う。 タクシーにクーラーが入っていないじゃないの! 「すいません! 走り出せば、涼しくなりますから!」 でも近いから、着く頃に涼しくなってもねえ。道後温泉まで、10 分ちょっとでしょ。 ふひ〜。やっぱり涼しくなる前に、宿に着いてしまった。 荷物だけ置いて、そのまま道後温泉のお土産品街まで歩いて行く。 道後温泉郷といえば、日本最古の温泉郷と呼ばれているぐらいだか ら、熱海のように死に絶えた商店街かとおもったら、どのお店もきれ いで、新しくて、活気に満ちていた。 愛媛は、何といっても、ポンジュース! みかん、いよかん、はっさく、ネーブル、ゆず、レモン…、愛媛は 柑橘類の宝庫だから、ゼリーも、ジュースも、クッキーもみんな柑橘 類。 そんななかで、いよかんソフトクリームを食べる。んまいっ! こ れは、んまいっ! 決して上品な味ではないが、んまい。でも猛暑と クーラーの入っていなかったタクシーのせいで、美味しく感じている だけかもしれない。 午後2時。さて、四国松山を訪れた人の101%の人が…おいおい、 それじゃ、訪れている人より多いぞ! とにかく、四国観光の旅番組があったら、真っ先に画面に映し出さ れるのが、ここ、道後温泉本館。ジャン! ジャン!は、レポーター が忍者のように、急に画面に登場したときの音ね。 ここは明治27年に建築された、道後のシンボルといわれる木造三 層楼の共同浴場だ。歌舞伎座のようなデザインだ。 私は過去3〜4回、松山を訪れているのに、観光客のほとんどが訪 れるこの道後温泉本館に入ったことがないのだ。 20歳ぐらいの若いときは、温泉に入るのなんて、爺い臭いといわ れた時代だった。その後も、ホテルにお風呂や温泉があるのに、わざ わざ共同浴場に入るほどでもないと思って、敬遠していた。 あるときは、松山から、すぐ八幡浜に行って、そこからフェリーで 別府に行ってしまった。このフェリー路線が、実は『桃太郎電鉄』シ リーズの四国と九州を結ぶ航路になっている。 そんなわけで、日本縦断塗りつぶしの旅としては、この道後温泉本 館の温泉に入っていないのは、ちょっと汚点なので、入ってみること にした。 いきなり、発券所で迷う。 どうも男女、2個ずつ、4つのお風呂があって、入浴だけだと、 300円。休憩所もつかうと、620円。大衆的なお風呂だけなら、 いくら。上級のお風呂なら、いくら。さらに休憩所をつかったらいく らと、携帯電話の昼割りだか、回数割引きみたいに、とにかく細かく 料金体系が分かれている。悩む。 そんななかでは、個室コースがいちばん値段が高いようだ。 旅に出たときは、何でも高いものにお金をつかうのが流儀だ。旅先 の低料金は、ひどい目に会うことがあまりにも多い。あきらかに「安 いんだから、文句をいうなよっ!」という精神に満ち溢れている場合 が多い。 しかし、このとき、いちばん値段が高い個人コースがわずか124 0円だったことに私は気づいていなかったのである。 そんなことより、個室コースというのは、仲居さんがお風呂まで案 内してくれるというではないか! 東海林さだおサンのエッセイ風に 書けば、うぐっ。仲居さん? お風呂? 個室? うぐぐぐぐっ。 浴場? 欲情? 浴衣? 案内してくれた上に、あんなことや、こん なことまで、うぐうぐうぐっ、じゅるり…である。 …と思ったのも、一瞬であった。 ひさびさに豪快な拷問が待っていた! 1階の廊下を通る。 外の気温は、34度の猛暑である。 館内は…、明治27年のままである。 要するに、クーラーが入っていない。温泉で、クーラーなしである! ゴビ砂漠で、風呂に入れるか!? 石川五右衛門の釜ゆでだって、最 初はぬるかったんじゃないのか? 2階に上がる。 休憩所があった。浴衣姿の人たちが、窓辺で、涼んで…いや、みな さん、顎が上がっていて、「ほへ〜、あぢぢ〜!」とぐったりとした 表情で座っている。 浴衣姿の人たちは、みなさん、窓辺にずらりと並んで、ほんの少し の風を奪い合っていたのであった。 ここから、お風呂に入るのか? いや、個室コースは、3階であった。 言っておくが、ここの階段は、新撰組の池田屋騒動のような急勾配 の階段なのである。手足がいまだ不自由な私にとって、何より階段、 しかも急勾配の階段がいちばん苦手だ。お城の登り階段みたいなやつね。 それがいま、目の前に立ちはだかっている。 何だかわからないまま、私と嫁は、仲居さんに個室に案内される。 四畳半の畳の部屋だ。 クーラーは? うげっ。入ってないの? いちばん値段の高いコースなのに? 扇風機が一台あるだけである。 でもいまは、「けっ、何だ、扇風機かよ!」といった罵詈雑言を浴 びせるどころか「扇風機様、よくぞ私たちの前に現れてくださいまし た〜!」と叫びたくなるほど、砂漠に水である。 畳の部屋にへたり込むと、仲居さんが「浴衣に着替え終わりましたら、 そこのボタンを押してください! お風呂まで案内しますので…」と いうではないか。 えっ? 浴衣に着替えるの? 何で? お風呂に浴衣を備え付けておいて、お風呂から上がったら、浴衣に 着替えて、この部屋に案内されれば、すむんじゃないの? 何だか、区民プールの脱衣室のような、雰囲気で、嫁とふたりで浴 衣に着替える。なんだか所載ない。 第一、私は片手が不自由なので、浴衣の帯が締められない。 嫁に帯を絞めてもらう。七五三の子どもみたいだ! ブザーを押して、仲居さんを呼ぶ。 「それでは、お風呂に案内します。こちらへ…」 ええっ!? さっきの急勾配の階段を下りるの? ぎょへ〜〜〜、 恐いよ〜! まっ逆さまに落ちて行くようだ。手足が不自由でない人でも、この 急な階段はきついとおもうぞ。 2階に下りる。 さらに中二階分ぐらいの階段を下りる。 ここで、嫁と分かれて、私は男子浴場へ。 ええっ? さらにまだもうちょい、階段? もうカンベンしてよ〜! やっぱりここが脱衣場なんでしょ? わざわざ個室で、浴衣に着替えてくる必要、まったくなかったじゃ ないか! おまけに、脱衣場にも、クーラーが入ってないんだよ〜! お風呂に入る前に、汗だくになって、どうするのよ! 曇りガラスのドアを開けて、浴場へ。 ここで、また石段が! 危ないじゃないの? いきなりの石段は! そんなことより、狭いっ! 浴室が狭いっ! 民宿のほうがよっぽど大きいお風呂が多いぞっ! まあ、明治47年の建築されたお風呂だから、この小ささはあたり まえなのかもしれないけど。 お風呂に入ると、一段、低くなっていて腰掛けることができる段の ようなものがあるよね。あの腰掛ける石段までが深いのよ! 湯船に 足を入れて、もんどり打って、ざぶーーーん!とひっくり返るところ だった。 湯に浸かる。くう〜〜〜、くくくくくっ。あぢ…。 温泉だから、熱いのは、当たり前だけど、いかにもおじいちゃんし か我慢できそうもないような熱さだ! 「は〜〜〜、極楽、極楽!」「お肌がすべすべよ〜!」といった慣用 句を吐く間もなく、か〜〜〜っと熱さが胸から上に急上昇してくる。 「あつい!」 3分ほど我慢して、さっさと出る。風呂場からも出る! 出て、脱衣場で愕然とする。 バスタオルがおいてないのだ。さっきもらった貸しタオルだけ。 しかもクーラー無し。 これで、どうやって身体から吹き出て、止まらない汗をふき取れば いいんだ! 困ったことに、私はまだ左手がままならないので、タオルを両手で 絞ることができない。洗面台に、タオルを押しつけて、右手に体重を 乗せて、タオルを絞るしか方法がない。 すると、白髪のおじいさんが「私が絞りましょう!」と言って、タ オルを丁寧にお水で洗って、冷やしてくれたあげくに、ぎゅうぎゅう と絞ってくれるではないか! 「ご病気ですか?」 「はい、脳内出血で…」 「若いのに。私の知り合いにも、たくさんいますよ。何ヶ月になりな さる?」 「もう6年になります」 「はあ、大変ですなあ。がんばって治してください」 「はい!」 こんな人がひとりいただけで、温泉に対する怒りは、薄れてしまう ものだ。 よって、かつて発動した、大分県熊野磨崖(くまのまがい)、日光 に続いて、3弾目の「行ってはいけない!」に指定することを中止す る! でも「夏には、行ってはいけない!」を発動! 34度の暑さのときは、道後温泉でなくても、共同浴場の温泉には 行っちゃいけないよね! クーラーが効いているところならいいけど! けっきょく、私は浴衣の帯が締められないので、浴衣を身体に巻い て、手で浴衣のすそを押さえたままで、お風呂を出て、個室に戻ろう としたら…、なんと! 嫁が先に出て、待っていてくれて、私の帯を締めてくれるではない か! 「あれ? 早いじゃない? お風呂に入らなかったの?」 「狭くて、熱いお湯だから、あなたのことだから早く出てくると思っ て、すぐ上がって待ってたの」 できた、嫁じゃないですか、みなさん! 私の性格を知り尽くしている。 実は本当に湯船に浸からずに、戻ってしまおうと思っていたのだ。 とにかく、夏の道後温泉本館は、お笑い芸人のTV珍道中旅番組に 最適である。 『お笑いウルトラクイズ』向き! 個室に戻って、扇風機をかかえるようにして、身体の熱を冷ます。 一応、帰りに「坊っちゃんの間」というのを見て行く。 小説『坊っちゃん』のモデルになった人たちの写真が展示されてい る。 赤シャツとかのモデルの人は、こんなところに写真を載せられて嫌 じゃないのかなあ。 夏目漱石さんの大きな写真が飾られている。目から額にかけてが、 夏目房之介さんにそっくりだ。そりゃ、そうだ。おじいさんだもん。 午後3時。湯上りの熱い身体のまま、道後公園近くの「子規記念博物 館」へ。 クーラーが効いていて、うれしいよ〜! しばらく、受付けの前のソファで涼んでから、観覧券を買って、入 場したくらい。 「子規記念博物館」の「子規」は、もちろん「正岡子規」の「子規」だ。 とにかく、松山では、夏目漱石と正岡子規は、二大巨星で、織田信 長よりも、徳川家康よりも、小泉内閣よりもポピュラーな存在だ。 町を歩いると、このふたりに関係する看板、商品、店名であふれか えっている。 10分も歩けば、必ずふたりに関係した言葉にぶつかる。 喫茶店で、そのものずばり「夏目漱石」というお店があった。 もうちょっと、ひねってもらいたいものだ。 正岡子規といえば、私にとっては、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』 に登場するイメージが強い。 そのイメージは、かぎりなく、せつなく、悲しい。 28歳から、35歳の永眠まで、脊椎カリエスで、喀血し、苦痛に 号泣し、それでもなお詩作活動を続けた、壮絶な人だ。 死の前日も、3つの俳句を書き残しているんだよ。 あまりにも司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』での正岡子規の闘病描 写がリアルで、私は司馬遼太郎さんの作品は、すべて5回以上読み返 しているけど、この『坂の上の雲』だけは、2回しか読んでいない。 そのくらい、読んでいて、痛さが伝わってくる。 正岡子規という人は、大変なメモ魔だったようで、おかげでわずか 35年間の命だったのに、千数点の展示物がここに集まられているよ うだ。 松山には、このほかにも「子規堂」という、正岡子規の旧宅を復元 した場所もある。 「子規記念博物館」は、年齢別に本当に事細かに、その人生を追って いるので、また読んでいて、悲しくなってしまった。 夏目漱石と50日間いっしょにすごして、文学を語り合った下宿が 復元されていて、これもまた胸を締め付けられるような思いになる。 しかし、この博物館の充実度は、私と嫁が、1時間以上もここにい たことでわかってもらえると思う。 ぶ厚い文庫本を一冊読み終えたような気分で、博物館を後にする。 このままだと、正岡子規の暗い部分ばかり書いているような気がす るので、明るい部分のほうについても書いておきたい。 正岡子規は、ベースボールを「野球」という言葉に翻訳した人とい われている。 闘病に入るまで、野球に熱中したことは確かだ。しかも、本名の 「昇(のぼる)」をもじって、「野・球(のボール)」とシャレてみ たりもしていた。 そのせいで、ここ松山は野球も盛んで、お店の名前に「野球道場」 「ベースボール」というのがあったりする。8月11日には、野球サ ンバのカーニバルが開かれるそうだ。 また野球ファンの人なら知っているとおもうけど、松山には、坊っ ちゃんスタジアムというプロ野球公式戦ができるきれいな野球場まで ある。ちなみに来年のオースター戦が、この坊ちゃんスタジアムで開 催されることになったそうである。 さすがにドーム球場ではないので、来年、雨が降らないことを祈り たい。 しかし、個人がここまで松山市という、四国でいちばんの都市に影 響を与えていることがすごいと思わない? 戦国武将でも、明治維新 の英傑でもなく、詩人というのがすごい。 午後4時30分。このまま旅館に戻ってもいいのだが、松山に来た ら、伊予鉄道に乗らないと楽しさは半減する。いまや全国でも少なく なった路面電車だ。 しかも道後温泉駅は、レトロ風のかわいい駅舎。 博物館からも近いから行くっきゃない。 …と思ったら、レトロ風の駅舎は、現在改装中。残念。 それでも松山駅行きの伊予鉄路面電車に乗る。 松山駅に何の用事があるわけではない。 ただこの路面電車に乗りたいだけだ。 鉄道ファンなら、あたりまえの行動だが、私にしては珍しい。 上一万(かみいちまん)駅という風情のある名前の駅を通って、 一番町、県庁前、市役所前などを、ゴトゴト、のんびり、路面電車は ゆく。 松山城の前も通るが、このお城には登らない。 ロープウェイに乗らないと、天守閣に行けないお城だ。 飛行機に乗れない人間が、ロープウェイなどという遊園地のアトラ クションのような乗り物に乗るわけがない。 納豆嫌いな柴尾英令くんが、丼いっぱいの納豆を食べたら、私もロ ープウェイに乗ってもいい!というくらいである。 午後5時。本当に意味もなく、松山駅へ。 そのままタクシーで、再び、道後温泉へ。 午後5時30分。大和屋別荘へ。 きょうは私の誕生日ということもあって、けっこう値段の高い部屋 を奮発したのだが、案内されてみて、驚いた。 まるで桑名の殿様が泊まるような部屋ではないか! 何で桑名の殿 様なのかよくわからないけど、屏風が置いてあるんだよ。屏風のある 部屋に泊まるのなんて、さすがの私も初めてだよ。 しかも掛け軸も、かなり名のある書道家の書なのだろう。 「分け入っても…」? それって、ひょっとして「分け入つても分け入つても青い山…」と かいう、種田山頭火の句じゃないの? それほど私は種田山頭火についてくわしいわけじゃないけど、私で も知ってる有名な句だぞ。しかもその書の脇には「山頭火」とあるぞ。 書道家の名前ではなく「山頭火」? 本人の書かよ! さま〜ず・三 村みたいなツッコミを入れたくなるぞっ! 「本人のかよっ!」 おいおい! 本当にとんでもない部屋に通されてしまっているぞ、 私たちは。 確かに値段の高い部屋だけど、スイートルームでもないし、箱根の 名旅館よりも安い部屋だ。松山だとこの値段でこんなすごい部屋が用 意されてしまうのか。 何たって、隣りの部屋には、お茶の立礼(りゅうれい)の道具が鎮 座しているのですよ。私たちはただの平民でござりますると、頭を畳 にこすりつけて謝りたくなるような気分だ。 料理もすごいなんだろうなあ。 すごかった。 和の王道を行く、馥郁(ふくいく)たる味の連発。 ひとつひとつに手間のかかった、料理人の凝り性な顔が目に浮かぶ ような見事さだ。 残るは、お風呂。 このお風呂がまた素晴らしい。 泉質がまろやかで、熱くない。熱くないけど、身体の芯からじっくり、 遠赤外線で暖めるかのように、少しずつ、少しずつ、温まって行く。 露天風呂の景色は、それほどでもないが、泉質のやさしさは、ベスト ワン! 長いこと、泉質で1位と個人的に認定していた、別府堀田(ほりた) 温泉の「芙蓉倶楽部」をついに抜く温泉がついに登場した。 こんな温泉なら、いつまででも入っていたいと思っていたら、嫁がち っとも温泉から戻って来ない。なんと1時間も温泉に浸かっていた。 それほど、ここの温泉は素晴らしい。 次に、松山を訪れるときは、もっと値段の安い部屋にしてもらって、 温泉に浸かりっぱなしで、ふやけまくろう! 『竜馬がゆく』を読みながら、就寝。 司馬遼太郎さんの『街道をゆく』と『竜馬がゆく』を読みながら、四 国をゆく。 これほどの贅沢な旅があるだろうか。いや、ない…だ。
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