7月23日(日) 暑い。あたりまえのように暑い。 「だからどうした!」とわかっていても、暑い! 外に出る気がしない。 でもこの2日間、家に閉じこもっていたから、外には出たい。 なんとか四谷の最近お気に入りのパン屋さんに行くことで、自己暗示に 成功! 家の玄関を開けると、むわ〜〜〜とむせ返る。 午後12時30分。嫁と、四谷に行く。げげっ! パ、パン屋さんが、 や、や、休み!? 自己暗示のパン屋さんが…! し、しまった! 四谷は都心にあるまじき、日曜日にお休みが多い町 だったんだ! ぽしぇ〜〜〜ッ! 以前、住む家を探していたときに、四谷も候補に入れていた。そうい うとき、ふつう日曜日に不動産屋さんめぐりをするよね。ところが四谷 の不動産屋さんはことごとく休みだったのだ。 最近、昔嫌な思いをしたことをすっかり忘れてしまうことが多くて、 失敗したときの悔しさが何倍にもなる。 仕方なく、本来はパン屋さんのついでだった、佐賀ラーメンで、こっ てりまろやかラーメンを食べる。最近のラーメン屋さんは夏でもクーラ ーが効いているからいいよね。昔は、汗だくになりながら食べなければ いけなかった。 でもそのせいで、常連のお客さんが夏を過ぎると戻ってこなくなると いう話を、ラーメン屋さんから聞いたことがある。 午後1時。運動不足解消のために、新宿高島屋へ。 高島屋はエスカレーターが2基あって、どこからでも上下できるので、 低い階からじわじわと、ウォーキング。 さすがに昨日は渋谷の東急ハンズでほしいものを買ってしまったため に、きょうは買いたいものもない。 トイレで、言うことを聞かない子どもをお父さんが怒鳴っている。 広い店内で、子どもが窓ガラスくらいなら割りそうな怪鳥音を発して いる。 遠くにいるおばちゃんの声が、耳元で大声でしゃべられているように 聞こえる。 エスカレーターは左に寄って立つ人が少ないために、急いでいる人が ダダダッと駆け下りてきた人がストップしたきり、困っている。 どれもこれも夏のデパートの風景だ。 午後2時。4Fのタカノフルーツ・パーラーでひと休み。行列ができ ていた。 プリンスメロン・パフェにコーヒー。 ゴージャスな味だ。 タカノは、フルーツ一筋で来て、たゆまぬ企業努力を続けてきたから、 これだけ行列ができるのだろうなあ。 午後3時。帰宅。 『桃太郎電鉄U(仮)』のマップとにらめっこ。 もう3日連続で、にらめっこしている。 どうも気になるところが増えて来た。 柴尾英令くんに電話して、マップについて、あれこれ会話する。 「いまからそちらへ行って、いっしょに直しましょうか?」 ううっ。何て人間の機微がわかる快男児なのだ、柴尾英令くんは! 見た目はおばさんっぽい顔してるのに! 午後6時。颯爽、柴尾英令くんが来てくれた。 戦国時代。姉川の戦いのとき、織田信長を逃がすために、格好つけて、 殿(しんがり)を名乗り出た豊臣秀吉が、浅井の軍勢に押しに押させれ て、あとは自害するしかないと思った瞬間に現れた徳川家康のようだ! 太っているところまで、徳川家康に似ているなあ、とせっかく来てく れた人に対してギャグが浮かぶなよなっ! おっさんがふたりなかよく並んで、地図帳とコンピュータ上のマップ に首っ引きになる!ついに私はこの一騎当千の援軍に対して、禁断の秘奥義を伝授するこ とにした。 「実はね、柴尾くん、ここのところを赤マスにして、次を☆印カード売 り場にするとね、こっちから来た人がね…」 「あっ! なるほど!」 「ここから、ここまでの線路を全部取っ払っちゃって!」 「げげっ! そこまでするんですか! あっ、こっちの線路を目立たせ るためですか!」 「こっちのほうも、海路をこうして、こうして、こうするとね…」 「あっ、さくまサン、こんなずるい仕掛けを作ってたんですかあ! 悪 い人だなあ!」 「げほっ。だからこの秘奥義を伝授するのイヤだったんだよ! 私の性 格が悪いのが、バレてしまう。『桃太郎電鉄』シリーズって、何気なく マスが置かれているようでいて、実は陰謀が渦巻いているのだよ!」 『桃太郎電鉄』シリーズのマップというのは、死ぬほどやり込んでいる 人以外には、何気なく適当にマスが配置されているように思われるよう に置かれている。 ところが、ここでサイコロの2が出ると、どこに行っても、赤マスに しか止まれないようになっていたりするのだ。 これは15年間の歴史のなかで、ひとマスずらしたり、減らしたり、 赤マスを黄色マスに変えたりと非常にゆっくりゆっくり替えて来た。よ く『桃太郎電鉄』はマップがちっとも変わらないという言い方をされて きたけど、それはそうだ、一見ちっとも変わらないように、微妙に配置 を変えてきたのだから。その実、ゲームの行方を左右するような場所の マス配置は大きく変えてきているのだ。 おっと、この調子で解説してると、全国ネットで、秘奥義を披露する ことになってしまう。 柴尾英令が、何かをつかんだようだ。 「ってことは、ここの赤マスは、青にしたほうがいいってことですよね!」 「そう!」 「ここは、1マス減らして、繋げてしまったほうがいいってことですよね!」 「そうそう!」 飲み込みのいい男だ! 柴尾英令くんが、頭がいい人なことは誰もが認めるところだ。 博学だし、雑学王だし、下ネタ大好き男だ。 ただ頭がいいだけなら、東大に行けば、掃いて捨てるほどいる。 柴尾英令くんは、頭がいい上に、勘がいい。 「ニワトリと卵はどっちが先に生まれた?」という結論の出ない問答が あるが、人間が生きて行く上では、知識よりも、勘のよさのほうが、何 千倍、何万倍も大切である。 勘さえよければ、たとえば博多の物件を何にしたらいいかというとき に、インターネットを調べたり、博多出身の人間に聞くだろう。 これが勘が悪くて、頭のいい人は万巻の書物を紐解いて、必死に刻苦 勉励してしまうわけだ。 まあ、異論はあるかもしれないけれど、物事の本質を見抜ける人とい うのは、勘のいい人だけがなせる技だ。 午後8時。小休止! 速攻で戻れるように、近所の「おけいすし」へ。 緊急事態のときは、ごちそうを食べて、速攻、また仕事に戻るほうが 士気が上がる。のんびり和食を2時間かけて食べてしまうと、緊張が緩 んでしまう。 午後8時30分。早い! F−1のピットインのように、すばやく家 に戻り、マップ作りの続き! 「さくまサン! この辺も、マスをまびいちゃっていいですよね!」 「ここの空港は、廃止しちゃっていいですよね!」 「だいぶマップの無駄な部分がなくなって来ましたね!」 豊臣秀吉は、小田原で、徳川家康と連れションをしたときに、ひそか に自分亡き後、この男が天下を取るかと思った。 そんな気分である。 午後10時。常人なら、3週間分の仕事量だろう。 重要な部分のマップ作りが、すべて終了した。 私は業界一仕事が早い男と呼ばれた時期があるが、こうして平然とつ いて来れる男は初めてである。恐ろしい男だ。 恐ろしさを感じる人間との仕事ほど楽しいものはない。 でも今度は、柴尾英令くんでも真似のできない技を披露してやるぞ!
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