7月8日(日)

 午前10時。嫁と東京駅へ。
 昨夜の横浜ベイスターズ谷繁捕手さよなら満塁ホームラン記念で、小
旅行することにした。
 もちろん、こじつけ!
 
 午前10時28分。あさま509号。
 本日の小旅行は、軽井沢なり。
 近くなったよねえ、軽井沢って、ほんとに。  子どもの頃、私は蒸気機関車で通った記憶があるけど、確かかなあ?  秋田の酒田へ行ったときのような気もする。  間違いなく、蒸気機関車から電車になってからも、上野から4時間か、 5時間かかったはずだ。  それが今やわずか1時間。夢のようだ。  午前11時35分。軽井沢駅。  ひや〜〜〜! やっぱり軽井沢は涼しいねえ。  温度が低いわけじゃなくて、風が涼しい。  文字面どおり、涼風というやつだ。  午後12時。万平ホテルへ。  創業1895年というから、明治28年の開業だ。  軽井沢のホテルといえば、間違いなく誰もがこのホテルを真っ先にあ げ、伝統と格式のあるホテルとして名高い。  かつて田宮二郎主演のTVドラマ『高原へいらっしゃい』で舞台にな ったとき、たまたま夕方の再放送で毎日見て、一度行ってみたいとおも っていた。  何たって、私の食道楽稼業の憧れの人のひとりである、小説家の池波 正太郎さんが愛したホテルだし、あのビートルズのジョン・レノンも、 ヨーコ・オノと何度か訪れたホテルだ。  泊まらずとも、ロケハンで来てみた。  しかし、豪華な雑誌や、過去万平ホテルについて書かれた書物を読み すぎたせいか、理想のほうが高くなりすぎて、いきなりフォーク・ボー ルがすっぽ抜けた気分。  うっそうとした森なかに立ち並ぶ別荘群を抜けた先に、万平ホテルは ある。  白い洋館の美しい二階建ての館だ。  でもTVで見たときは、この玄関の前に広大な広い敷地があったよう な気がするのだが…。美化かな?
 玄関を入ると、なるほど老舗ホテル。  時代を幾星霜も乗り越えたような古めかしい調度品が並ぶ。  これはこれで、昔の時代にトリップしたようでいいのだが、このホテル に来ている人たちの雰囲気がどうも、東京タワーに来ている叔母ちゃんた ちみたいなのだ。新宿コマ東宝北島三郎祭り、または五木ひろし公演の幕 間みたいなのだ。  いくら伝統と格式があっても、やっぱり最後はすべて人間が評価を決め てしまうものだ。 「がはははは!」とお下劣な笑い声を飛ばし合うお婆さん。  ワイドショーの話を一生懸命しているファミリー。  何か下品な絵の具を一生懸命、このホテルに塗りたくっているようだ。    ここでランチを食べたかったのだが、レストランの洋食は、1時間待ち だという。ますます観光地だ。  仕方なく、テラスの喫茶店のほうへ。  ここも超満員だ。  嫁は、オープンサンドにあんずジュース。  あんずは、長野県更埴(こうしょく)市の名産品だ。  私は、ミックスサンドに、ジョンのお気に入りだったロイヤルミルクテ ィー。  ジョンとは、もちろんジョン・レノンのことだ。  メニューにも「ジョンのお気に入りだったロイヤルミルクティー」とあ る!  注文しておいてこんなことをいう資格は、ま〜〜〜ったく無いのだが、 伝統と格式のあるホテルなら、いくらジョン・レノンが愛したホテルでも、 それを全面に押し出しちゃいけないよなあ!  でも軽井沢はもはや高級別荘地というよりも、たくさんの人が訪れる夏 の原宿みたいな観光地だから、これでいいのかもなあ。  伝統と格式のあるホテルを望んでいるような客は、軽井沢には来ないか、 別荘を買ってしまうのだろう。  そんなわけで、私のミックスサンドイッチは、玉子にマヨネーズが多く て、うちの親父が昔作ってくれたようなサンドイッチで、なんだか情けな かった。
 万平ホテルから、木立のなかを抜けて、旧軽井沢へ。  のんびり歩きながら、別荘地帯を歩く。  林のなかはクーラーが入っているかのように涼しくて気持ちがいい。  大きな別荘が朽ち果てていたりして、この家の持ち主にどんなドラマが あったのだろうかと思いを巡らせてしまう。
 わかるはずのないことなのだが、ついつい昔から文筆業として、そんな 訓練をして来ているので、条件反射だ。  かつて室生犀生(むろうさいせい)という、詩人であり、小説家だった 人が、「作家は、道の向こうから来る人が通り過ぎるまでのあいだにその 人の人生を思い描けなければいかない」というようなことを言っていた気 がする。  そんなことを思い出した拍子に、「室生犀生旧宅」の看板が出た。  これは見てみたい。  でもこの広い軽井沢で、道を大きく間違えると、不自由な私の手足の燃 料が切れてしまう。どこかに抜けられればいいのだが、別荘地というのは、 行き止まりが多い。  先々を考えて断念。  じつは万平ホテルから、旧軽井沢までの道のりは曖昧のままスタートし てしまったので、間違える危険性は高い。別荘街に潜り込むと、タクシー は通らなくなる。
テニスコートの恋…。
 午後1時。トンネルから抜け出るかのように、旧軽井沢の繁華街に出る。  懐かしい景色だ。  前にここに来たのは、25年前だ。  ずいぶん道が舗装されて整備されたんだなあ。  いくぶん道が広く見える。  まさか拡幅工事なんてしてないよな。  この道が夏休みに入ると地面が見えなくなるまで人、人、人で埋め尽く される。 いまも夏になるとそんな状態だそうだ。  何10年間とその人気を維持している秘訣を知りたいものだ。  ほとんど原宿とか、横浜の繁華街と変わらないのになあ。  しかも何で東京から来たりするのかなあ。  クーラーの無い時代なら、避暑というわかりやすい名目があるのだが。  新幹線で1時間の距離になったから、格好の日帰り小旅行に適した町に なったということかな?
軽井沢今昔物語
 パン屋さんを覗くと、ありゃま。  ここでも「レノンも愛したフランスパン 270円」なんていうジョン・ レノン便乗パンを売っている。イギリス本国でも、ジョン・レノン空港が できるくらいだから、このくらいはありかな。  ジョン・レノンがデザインしたカップやお皿も売っている。  いつのまにか軽井沢は、ジョン・レノンの町になっていたのか。  浅間山の天然氷をつかったかき氷屋さんが多いなあ。  さすがに食後まもないのでまだ食べられそうもない。  甘党キングとしては、ちょっと不甲斐ない。   暑いけど、涼しい風のせいもある。
懐かしい家並みも。
 その後も、歩く。歩く。  汗はかくけど、すぐに汗が引いていく。  この清潔感がいいんだろうなあ、この町は。  旧軽ロータリーで、おもしろいお店発見。  鎌倉にもよくある手焼き煎餅屋さんなんだけど、ここで売っていたのが、 なんと! 串ぬれせんべい!  焼き鳥みたいに、おかき状のぬれせんべいが刺さっているのだ。  ちょっとしたアイデアだけど、よく考えてるなあ。
 甘い! しょっぱくない!  これは美味しい! 「寺子屋」って名前のお店なの。ふ〜ん。これは『桃太郎電鉄』の軽井沢 の物件にしてもいいくらいの味だなあ。串ぬれせんべい屋というネーミン グも楽しい。  えっ? このお店、京都の西院(さいいん)にあるお店なの?  本当に軽井沢固有のお店って少ないなあ!  お店の前で、ひと休みとばかりにベンチに腰掛けて、串ぬれせんべいを 食べていると、作務衣(さむえ)を来たお店のお兄ちゃんが、氷の入った 麦茶を持って来てくれるではないか!  このちょっとした心遣いで、お店のイメージは何倍にもよくなるものだ。  とくに気が利かない若者が多いだけに、ちょっとでもやさしい若者に出 会うとおじさんたちはコロッとまいってしまう。  そんなわけで、徳用ぬれおかき800円を2袋も買ってしまった!  気分がよくなって、そのまま軽井沢駅まで歩き出す。  ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。  旧軽ロータリーは、軽井沢でいちばん有名な二股に分かれる道だけど、 あの交差点から駅までは大きなお店が増えて、小さな店が少なくなってし まうので景色がつまらなくる。景色が大柄になると疲れる度合いは早くな る。  よろよろ、へろへろ、恒例のちょっとずつ歩行。  足がもつれるというよりも、きょうは左腕の緊張が激しい。  足のほうは本当にリハビリが進んでいるようで、長い距離歩けるように なったとおもう。スピードは決して速くないけど。  なんとか、軽井沢駅までたどり着いたところで、ふうっ!  まだどうしても一ヶ所行きたい場所があったので、駅前からタクシーに 乗る。  タクシーは南軽井沢のほうに向う。  以前、成沢大輔くん、柴尾英令くんといっしょに行ったお蕎麦屋さん 「東間(とうま)」の方角だ。帰りに食べて行きたいなとおもったけど、 串ぬれせんべいがことのほか、お腹を満たしてしまった。  午後2時30分。浅見光彦倶楽部クラブハウスへ。  ここは小説家内田康夫さんが自費で、ファンクラブ向けに建設したロッ ジなのだ。もっと小さいものを想像していたけど、でかい! 建坪だけで、 有に100坪を越えているだろう。
「浅見光彦」というのは、内田康夫さんの推理小説に登場する主人公の名 前。  嫁はファンクラブに入っているので、無料。私は一般なので、入館料 500円を払う。  クラブハウスのなかは、ちょっとしたホテルのロビーよりも広い!  いいたかないけど、万平ホテルよりおしゃれなロビーだぞ。  この規模は一体何なんだ。  でかいにもほどがある。  二階には、作品に登場する品物のレプリカがたくさん並んでいる。  長兄の刑事局長・陽一郎さんの机とか、浅見光彦が子どものときに書い た書道。  雪江夫人の絵、『天河伝説殺人事件』に登場した鈴とか、能面といった 作品にまつわる品がユーモアを交えて展示されている。
 ところどころにファンの人の作品も展示されている。  落書き帳など見ると、内田康夫さんのファンの質の高さが目につく。  タレントのファンクラブというと、一種独特な宗教性を帯びていたり、 ファンだからと傍若無人な振る舞いをして、まわりの場を読めない人が多 かったりする。  そういう現場を私は仕事でよく見てきただけに、見事だ。  私から見れば、ファンが暴走してもおかしくないような豪華なクラブハ ウスだけに、感服することしきりだ。
 内田康夫さんの全作品も販売されていて、最近は本屋さんでひとりの作 家の作品が全巻揃うなんてことはまずないから、内田康夫ファンはここに 来て、買いそびれた作品も買うことができていい。
 ちなみに、嫁は内田康夫さんの作品を100%、私は80%読んでいる。  自慢話ね!  本当はこのあと、絵本画家の東君平さんの記念館?と、内田康夫さんの 奥さんが経営している喫茶店「芽衣」に行きたかったのだけれど、私の歩 行燃料が尽きた。「浅見光彦倶楽部クラブハウス」で、タクシーを呼んで もらって、軽井沢駅へ。   午後3時30分。軽井沢駅で新幹線を待つ。  東京を出て来てから、ちょうど5時間。  5時間でこの密度の小旅行は、楽しいねえ。  午後4時7分。あさま564号。  1時間ほどで東京に着くとおもったら、上野駅の手前で新幹線は急速に 減速。  何でも東北新幹線仙台付近での停電の影響でダイヤが乱れまくっている ようなのだ。わお〜〜〜! きょうは軽井沢もいいけど、仙台で「大胡椒」 のお肉もいいなあ!とちょっと思っていただけに、仙台に行かなくてよか ったあ! こういうピンチって、私は絶対乗り越えちゃうからなあ。  午後5時40分。予定より20分近く遅れて、東京駅に着く。  まだ外は明るいので、ちっとも遅延した気にはならない。  大丸地下お弁当公園で、「けやき弥」の新商品「夏だより」を買って帰る。  午後6時30分。帰宅。  お弁当を食べて、ナイター中継を待つ。  ふにょほひょひょ〜〜〜!  黙っていても、顔が崩れてしまうのよ〜〜〜!  巨人戦3連戦、3連勝!  こんなうれしい事態に、どういう笑顔をしていいのかわからない。ふに ょほほほほ〜〜〜っ! ふににに〜〜〜! ウヒャヒャ…! おちょほほ ほほ〜〜〜!  にまにましているうちに夜は更けていく…。    ほほほほほほ…。  ほほほ…。    うふ。  ほ…。  うひょ〜!
 

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