6月12日(火)

 午前11時。しまった。
西武新宿線鷺ノ宮駅で鈍行に乗り換えないといけなかったのに!
 気がついたときは、上石神井駅だ。

 西武新宿線上井草駅前に43年間も住んでいて、ほとんど乗り過ご
すヘマなどしたことがなかったのに。上井草から原宿に引っ越して、
6年目。そろそろ故郷が遠くなりにけりかな?

 まあ、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』を読みふけっていたせいだ
と思うが。
 司馬遼太郎さんの文章は本当に美しい。かつて昔やっていたように、
ひさびさに句読点の位置を数えてたりしていた。

 午前11時30分。「細見デンタル・クリニック」へ。
「へ〜! さくまサンが、虫歯? おいおい。珍しいねえ!」
 いつも差し歯が抜けたのを入れてもらうために来ているので、院長
先生も驚いていた。ひさしぶりに奥歯が痛くなった。

 午後12時。治療後20分は食事してはいけないと言われたので、
そのまま歩いて、井草八幡宮の近くの上井草出張所へ。

 途中、小学校、中学校の通学路を歩きながら進む。
「おお! 西森くん家は、まだお父さんが健在か」
「ん? 小松くん家は、お兄さんが家を継いだんだな。私の同級生は
いまどこに住んでいるんだろう」
「昔からお金持ちの家だったSくんの家は、大きなマンションを建て
ちゃって、すごいなあ!」
「ここは水泳部の榊先輩の家だったはずだけど、違う表札になってし
まったなあ…」
 まだ原宿に引っ越して6年目なので、さほど町並みは変わっていな
い。
 というより、この上井草という町は、昔からほとんど変わらない不
思議な町だ。道路の区画もきれいで、それでいて、いつもシーンと静
まり返っている。
 特徴が無いのが、特徴のような町だ。

 午後12時30分。疲れたあ。やっとたどり着いたと思ったら、上
井草出張所が「廃止」の張り紙が貼ってあるではないか。ぷひ〜! 
出張所のイスにへたり込もうと思っていたのに。
 
 よろよろと、さらに昔の同級生の家の表札を眺めながら、西荻区民
センターまで歩く。足が熱い。
 戸籍謄本をもらう。一応、海外渡航用だ。パスポートを作る。
 ふっふっふ。春に断念した韓国行きをまたぞろ狙っているのだよ。
ってここで、韓国行きを白状したってことは、当分行かないよ。急に
外国行って驚かせなきゃね。こんな美味しいネタは。

 午後1時。バス停「日産自動車前」から、関東バスで荻窪駅へ。
 ノンステップ・バスだそうだ。
 一段上がったら、そこはもうフラットな床で、もう一段登って、料
金箱にお金を入れる必要が無い。これはお年寄りには便利だ。でもバ
ス特有の高い視点から町並みを眺める利点が無くなってしまった。ち
ょっと残念。

 午後1時30分。荻窪駅の「マクドナルド」で、食事。マクドナル
ドって、基本をまったく変えずに、マックナゲットのソースを箱型に
したり、コーヒーの味のレベルアップをしたり、こまかいところを常
に向上させている。
 この辺は『桃太郎電鉄』が学ぶべき点だ。
 全部を変えては、マクドナルドではなくなる。
 お客様にとって、便利になるためなら変える。美味しさが必要な時
勢になったら、美味しく変える。この変化が絶妙だ。

 午後3時。四谷の「ボンドール」でパンを買って、バスで千駄ヶ谷
二丁目まで。自宅に戻って、へたり込む。
 まさかこんなに歩くと思わなかった。
 
『街道をゆく』で読んだ箇所を、ビデオ版『街道をゆく』で観る。
 これだと、2回学習できるので、頭に入るし、文章が身体に染み込
む。
 何でも繰り返し学習ですな。
 
 午後6時。嫁と神楽坂に、美味しい焼きおにぎりのお店だあるとい
うので、散歩がてら探す。
 住所もわからなくて、かくれんぼ横丁という俗称しかわからない。
 本多横丁なら見つけた。
 地元の人に聞いても、かくれんぼ横丁は知らないという。
 かくれんぼ横丁というのだから、入り組んだ路地にあるのだろう。
 料亭、割烹が並ぶ路地をあちらこちらと歩きまわる。
 あった。「わかまつ」というお店だ。  ほとんど昭和初年度の古い家。「商い中」の看板があるけど、家の 中には電気がついていない。玄関には、3ヶ所に盛り塩がしてある。  開いてないのかな?と思ったら、路地の向こうから杖をついてやっ て来たおばあちゃんが「何ですか?」という。  え? 何で通行人が? ええっ。このお店の人なの? 「ちょっと出前に出てたんでね!」 「商い中って、書いてあったんで…」 「うちはね、一見(いちげん)さんはお断りなんだけどね。どうぞ!」  どっちなんだい、おばあちゃん。  驚くべきことに、このおばあちゃん、頬にしわひとつないのに、 83歳。  昔、芸者をやっていたそうで、顔も野村沙知代(サッチー)にそっ くり。サッチーも昔の写真を見ると、薬師丸ひろ子のようだったから、 このおばあちゃんも相当美人だったのだろう。  生まれも育ちもこの神楽坂で、34年間、おにぎり一筋でやって来 たそうだ。  注文も何もなくて、勝手に料理が出てくる。  ほとんど居酒屋。しかもコース料理。  京都のおばんざい屋みたいなところだ。  大根の煮つけが旨い。わかさぎかな? 甘露煮も旨い。きゅうりの 漬物もあっさりしていて美味しい。味の素をつかうのだけは、いただ けないが、昔の人は、味の素信仰が強いから、譲歩せねば。     しかしまあ、漫才の内海好江師匠の口調で、大声でしゃべりっぱな しは、パワフル! パワフル! うるさい!  焼きおにぎりは、何もなかに入っておらず、醤油だけで味付けされ た味なんだけど、美味しい。  ふだんはいつも歌舞伎の楽屋に、おにぎりを何10個と出前してい るそうだ。  とにかく、しゃべりっぱなし!  話をあと半分以下に減らしてくれたら、お店には置いたままで骨董 品になってしまった物や、歌舞伎のポスターが所狭しと貼ってあって、 いかにも神楽坂らしいおもしろいお店として、太鼓判を押せるのだが。  う〜ん。なんとも微妙。  午後8時30分。帰宅。  今夜は『桃太郎電鉄』の手直し原稿。女風呂の部分のメッセージを 書く。またあるんかい? そりゃお約束でしょう。
 

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