5月29日(火) 朝、新聞を広げて驚いた。 第47回文春漫画賞の発表のところに、菊池晃弘『メカッピキ ポチ丸』 とあるではないか! 【時事通信】 あわてて、電話する。 「キクちゃん! 新聞見たよ〜!」 「いやあ、ありがとうございます! 本当なら真っ先にさくまサンに報告 しないといけなかったんですが、どうもまだ信じられなくて…」 「ノミネートされたのは、知ってたんだろ?」 「はい。でもノミネートされただけでも、うれしくて。取れるなんて全然 思ってなかったから…」 「キクちゃん! 文春漫画賞って、とんでもなく権威がある賞って知って る?」 「いやあ。聞けば、聞くほど、そうらしくて…」 無理もない。私たちの世代にとって、漫画家としてデビューしたら、絶 対に欲しい、小説でいうと直木賞みたいに憧れの賞だ。 私の同世代の知り合いのなかでも、何人も大ヒットを飛ばした漫画家は いるが、この文春漫画賞を取ったのは、故・安藤しげきだけだ。 「いやあ、うれしいよ〜。キクちゃんのおかげで、私の人生のダメなほう の歴史が覆(くつがえ)るよ!」 「え〜、それじゃ、少しは恩返しになりましたか?」 「なる! なる!」 後日ごちそうする約束をして、電話を切る。 にんまり。にまにま。うれしいなあ。 私には、人生最大の失敗が、3つある。 3つあったら、最大ではないな。ワースト3だ。 ひとつは、1995年の漫画雑誌『チョコバナナ』。 もうひとつは、たぶん1980年頃、『週刊プレイボーイ』での、かま やつひろしサン、写真家の沢渡朔さん、劇画原作者の牛次郎さんの鼎談 (ていだん)ページの構成。 そして、最後のひとつは間違いなく人生最大の失敗だった、1985年 の新人漫画家養成雑誌『マンガハウス』である。 当時、漫画評論家として、プロの漫画家に大きな影響を与える男といわ れた私は、新人漫画家を世の中に送り出す、漫画を創刊させた。 それがこの『マンガハウス』だった。 しかもこの本は、私の子どもの頃からの夢だった、出版社を作る夢への 第一歩でもあった。 しかし、新人類と呼ばれた世代の漫画家志望者たちのわがままな振る舞 いに苦しめられ、ノイローゼに陥った本でもある。 いや、わかりやすくいえば、2億円の赤字を積み上げた本である。 フリーライターの年収の平均が350〜400万円といわれた時期の、 2億円の赤字である。当時、いまのようにゲームを作っておらず、フリー ライターの収入だけで、この本を編集し、発行した。 人生において、半年間だけ、私が背広を着て、日本全国の書店さんに営 業の挨拶に行った時期でもある。 いかん。この話は、根が深いから、話し始めると長くなる。 とにかく『マンガハウス』は、赤字2億円を生み出し、新人発掘の天才 といわれた私の評判をみごとなまでに、地に落とした本である。 しかし、ことごとくダメだった『マンガハウス』は、廃刊したそのあと から、その荒地に、少しずつ、少しずつ、花が咲き始めた。 『きらきら』『お天気お姉さん』のヒットを飛ばした安達哲、『X』の新 井理恵、『やっとかめでGO!』のなかむら治彦くん、『Wゼータくん』 のこいでたく、ほかにも何人かの漫画家がデビューした。 おっと、古川知子もいたんだよな。 この本の営業を担当して、ヘマをしまくったのが、のちのテレビ長崎の 山本耕一アナウンサーだ。そのときの山本耕一の上司が、ショッカーO野 くんだ。 そのなかでも、今回文春漫画賞を受賞した菊池晃弘(キクちゃん)は、 15年前に同人誌に書いていた漫画を私が気に入り、わざわざ新潟まで行 って、スカウトし、事務所に入社させたほど期待の漫画家だった。 入社して、ほどなく『マンガハウス』は廃刊してしまったのだが。 その後は、どちらかというと、そのおっとりした性格で、第2の鳥山明 になりうる逸材と睨んでいた私の期待ほどではなかったが、地道に、活動 範囲を広げて行った。 そして、ついに今回の受賞である。 ようやく、私の歓喜の度合いの一部分がわかっていただけたと思う。 もうちょっと話したいことがあるんだけど、そのうちまた。 午後12時。嫁と、神宮前5丁目の「月光茶房」まで歩いて行って、お なじみの茄子とひき肉カレーを食べる。 午後1時。神宮球場まで歩き、六大学野球「立教―法政」戦を見る。 何で、大学野球など?と思うかもしれない。 実は、母校立教が、きょうの試合に勝つと、優勝なのだ。法政が勝つと、 法政の優勝でもあるのだが。 私が在学中の頃の立教は、滅法弱くて、ほとんど全戦全敗。 私が見に行って、勝ったことがない。 同級生から、冗談まじりで「おまえ、見に来るな!」といわれたほどだ。 けっきょく在学中に優勝を見る夢が破れ、のちに14〜5年前だったか なあ。 何10年ぶりの優勝のときは、ゲーム制作で札幌にいて、どうしても優 勝パレードに行けなかったので、いつか母校の優勝シーンは絶対見てやる ぞ!と思っていたのだ。 自宅も、神宮球場のすぐ側だから、こうして優勝が迫れば、いつでも行 ける。 球場に着いたら、すでに3回の表で、0対2で負けているではないか! むむっ。私の「不敗神話」…いや、「無勝神話」を思い出してしまった。 やだなあ。「無勝(無償)の愛」だとか、当時ギャグを言っていたことを 思い出す。 それでも、相手の法政大学の投手の名前が、土居とあって、大いに期待 する。 相手投手とおなじ名前の人で、ちゃらんぽらんな人をひとり知っている からだ。そのうちコントロールを乱してくれるのでは…? そのうち、大きな雨雲が寄ってきて、大粒の雨を降らす。 雨をガマンしてまで、見届けなければいけないほどの試合ではないのだ が、ここで帰って、優勝でもされたら、また悔やむ。 しかし、立教の投手は、110キロ台のスピードしか出なくて、法政の 土居投手は、130キロ台後半の平均スピードだ。ちょっと先が思いやら れる。でもあとで知ったのだが、立教の多田野投手は、かつて甲子園を沸 かせた名投手だったそうだ。 大粒の雨どころか、雷までごろごろ鳴り出した。 立教は、何度もランナーを出すが、いつも残塁で終わってしまう。今シ ーズンの横浜ベイスターズみたいだ。背の高い選手が全然いないところま で、横浜ベイスターズにそっくりだなあ。 最後、立教は、甲子園の大スター、六大学では完全試合も達成した、P L学園出身の上重(かみしげ)投手が、代打に出て、ヒットを打ち、ホー ムランが出れば、逆転というところまで追い上げたのだが、けっきょく及 ばず、法政大学の優勝シーンを見るはめになってしまった。でも、25年ぶりに、立教大学の応援歌を、生で何回も何回も聴けたか ら、満足! ♪立教〜! セントポ〜〜〜ル! おお! わが母校! などというと、実に愛校心あふれる学生さんだったみたいだが、実は立 教よりも、近所の成蹊大学ばかり行っていて、ほかにも明治大学、早稲田 大学ばかり遊びに行っていた、いいかげんな天ぷら学生であった。 午後4時。帰宅。 だらだら『桃太郎電鉄X(仮)』の仕事を始めていたら、ゲーム・ディ レクターの國政修くんから電話が入って、決算イベントの手直し原稿を催 促されてしまった。昨日一気に、九州マップ部分の物件に読み仮名をつけ る作業を完成させて送ったけど、時間稼ぎにならなかったかあ! 今回はフルモデル・チェンジだから、書き直しの原稿の量が膨大だ。 いいゲームを作るためには、なんのその! 午後6時。スカイ・パーフェクTVで、横浜ベイスターズ―中日戦を見る。 きょうは待ちに待った、シアトル・マリナーズのサンダース外野手のデ ビューなのだ。いわゆる「横浜ベイスターズの救世主となるか?」だ。 「救世主となるか?」ではなく、なってくれなきゃ、もう今シーズンの横 浜ベイスターズに希望はひとつもないのだ! 本当はきょう、ぎりぎりまで名古屋ドームまで、サンダース外野手の応 援に行こうかと思っていた。縁起のいい私が行って、波に乗ってもらおう と思ったのだ。 1回表。さっそくサンダース外野手の打順が回ってきた。 なんだか、やさしそうな顔をしているなあ。 でも期待しちゃうよ。何たって、来日3日後に、2軍戦にも出場せず、 いきなり5番でデビューだからね。森祗晶監督の期待のほどがわかる。あ の慎重な森祗晶監督が5番に起用した選手だからね。 この4月までシアトル・マリナーズの1軍にいた27歳の選手だからね。 若いよ! シドニー・オリンピックで金メダルを取った米国チームの主軸 選手でもあったか。 しかし、あっけなく三振。 食事の時間がもったいない。いちばん近所の「東の十七」で、お惣菜っ ぽい料理をものすごいいきおいで食べ、嫁と娘を残して、自宅に戻り、再 び観戦。 いきなりサンダース外野手、2打席目。間に合った! ランナー1塁、2塁だ。明日の新聞に「鮮烈デビュー」の文字が躍るぞ! えっ!? えええええっ? 送りバント???? 3塁ランナーが刺されちゃったよ〜! 森さん、いくらなんでもバントのサインはないでしょ〜? ん? どうやら自分で考えて、送りバントをしたようだ。 そんなやさしい心を持った外国人選手なんか、期待していないよ〜! 2割5分台でいいから、本塁打を30本以上打つ選手が欲しいんだよ〜! 送りバントなんかする外国人選手なんていらないよ〜! どうせなら、恐い顔の選手であってほしかったよ〜! ゴメスも、ティ モンズも恐ろしい顔してるじゃないか! 見た感じ、いい人そうだよ、サンダースくんは! いい人は、プロの世界では、不利だよ! けっきょく、試合のほうは、5対3で勝ったからいいけど、負けて、き ょうのサンダース外野手の4打数0安打を見ていたら、発狂していたか、 明日の名古屋ドームで、わめき散らして、係員に連行される私を、スカイ・ パーフェクTVをご覧のみなさんさんたちが見ることになっていただろう。 森祗晶監督。もうひとり外国人選手入れません? ロバート・ローズ選手ってのがいるんですけどね? いかがです? いい子ですぜ! しつこい? しかし、日本人選手よりも背の低いドスター選手が密かに、打率を上げ 始めていることを知っている横浜ベイスターズ・ファンは少ないと思う。 とにかく今はサンダース選手が、早く「サンダース軍曹」と呼ばれて絶 賛される日を夢見よう。いまの若い人には「サンダース軍曹」のたとえは、 わからないな。 スカイ・パーフェクTVで、試合終了まで見てしまったので、DVDで 鑑賞中の『エントラップメント』の続きと、録画しておいた『踊るさんま 御殿』と『プロジェクトX』をこれから見ないといけない。 夜更かしになってしまうなあ。
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