2月17日(土)

 昨日の柴尾英令くんの名言。
「人は、ゲームを買うときに、まず絵で決める。買って、シナリオの
よさで、おもしろかったと感じる。そして音楽がよければ、そのゲー
ムの続編を買う」

 東武練馬のふとっちょ散財王の言葉とは思えないほど、含蓄に満ち
た言葉だ。
 ゲームデザイナーたるもの、肝に銘じなければいけない名言である。
 柴尾英令という男。デブのわりに猪口才(ちょこざい)な男である。

 そんなわけで、私もよい刺激を受けねばと、昨夜、ビデオで、映画
『グレン・ミラー物語』を見る。
 映画のなかで、グレン・ミラーが「楽器と楽器の組み合わせで、サ
ウンドが出来上がる」と、何度も言っていた。
 あるとき、グレン・ミラーは、サキソフォーン4本に、トランペッ
トで主旋律を吹く構成を、たまたまトランペット奏者がケガしたので、
クラリネットに変えたところ、見事なアレンジが完成した。
 そしてこの曲がきっかけで、グレン・ミラー楽団は一躍世の中に認
められるようになった。なるほどねえ。
 しかし、こういうことは偶然生まれるではなく、そこに至るまで、
死ぬ思いで、もがき苦しんで、絶望の淵に立ち、「ええいっ! ままよ!」
と開き直ったひと振りが、偶然を生むのだろうなあ。

 それにしても私はさほど、グレン・ミラーについて、くわしくない
と思っていたのだが、見たら、全曲知っていたので、驚いた。
『ムーンライト・セレナーデ』『真珠の首飾り』『チャタヌガ・チュー
・チュー』『イン・ザ・ムード』『茶色の小瓶』…。
 全部好きな曲ばかりだ。
 スタンダード・ナンバーになった曲ばかりだからと思ったのが、ど
うも子どもの頃に、この映画を見たような記憶がある。
ビデオには、1954年に、日本で公開された映画だと記されている。
 私が生まれたのが、1952年。不思議だ。

 それにつけても、この時代のアメリカって、やっぱり輝いていて、
いいねえ。
 粗削りで、エネルギッシュで、本気で夢を追いかけていて、ちょっ
と気恥ずかしくなるくらい。熱気が画面から伝わってくる。

 でも、いいなあ。こういうトランス状態って。
 私は『タッカー』という映画がものすごく好きなんだけど、やっぱ
り50年代、60年代のアメリカは、私たちの世代にとっては、あこ
がれの時代だ。
 あの頃の日本人は、全員このアメリカを先行するランナーに思って、
追いかけようとしていたと思う。 
 私もプレイステーションが発売されたときに、同時発売するべく企
画して、のちに諸事情で頓挫したゲーム『アメリカン・ドリームズ』
を、もう一度作りたくなってきた。

 午前8時30分。関西テレビ『いつでも笑みを』を見ながら、帰り
仕度。
 朝から、アリtoキリギリスのおふたり、ご苦労様。
 毎週朝から生放送って、大変だろうなあ。

 いっこく堂が出演していた。
 先週、東京で見た『兵士の物語』が、大阪に来ているせいで、こっ
ちの番組に出演してるんだな。昨日も大阪のほかの番組に出ていた。
公演だけするわけではないのだがら、タレントさんって大変だよなあ。

 午前10時30分。京都駅伊勢丹B2で、「はつだ」の特選和牛弁
当を買う。

 午前11時10分。のぞみ10号で、きょうは東京ではなく、新横
浜に向う。
 新横浜から、鎌倉に行くのだ。

 車中、「はつだ」の特選和牛弁当を食べながら、一時撤退を決意し
た『桃太郎大全集(仮)』の代わりのゲーム『伊吹童子(仮)』を引
っ張り出してくる。
 この題名を覚えている人は、えらい。

 昨年のいつごろだったかな。
 熱病のように、毎日アイデアを練りまくっていたゲームだ。
 これも『桃太郎大全集(仮)』同様、諦めたわけではなく、温存し
て、寝かせて、ワインのように熟成させているのだ。
 
 この『伊吹童子(仮)』は、そのままでもすぐゲーム化できるレベ
ルだったのだが、作品を発売する順番のせいで、表舞台に出ることが
できないまま、温存させていた。どの程度、おもしろそうかを考える。

 いける。どう悲観的に見ても、いける。
 寝かしておいたおかげで、当時もう少し練りこみたいと思ってた部
分の解決策も、目からうろこが何枚も落ちるように、浮かんでいく。

 これは、さっそくまとめに入らないといけないな。

 そうこうするうちに、左手に富士山が見えてきた。
 きょうは、新横浜で降りるのを忘れないようにしないとなあ!と、
お弁当のゴミをデッキに出しに行ったついでに、トイレへ。
 トイレから戻ってくると、あれ?

「阿部さんじゃないですか!」
 アリtoキリギリスのマネジャーの安部さんが私とおなじ車輌に
いたではないか!
「今朝、『いつでも笑みを』ですよね! 阿部さんだけ先に帰って
きたんですか?」
「いえ、ふたりは隣りの車輌にいますよ! 新幹線の自動券売機で
3枚買ったら、ボクだけ車輌が別になっちゃったんですよ」
「え〜〜〜、いるんだ!」

 阿部さんと、隣りの車輌に。
 ヅカッチ(石塚義之)がびっくりする。
「あらららららっ! ど、ど、どうしたんすかあ!」
 隣りで、石井正則くんが寝ている。
 何だか騒がしいなあ…という顔で、目を開けて、石井正則くんが
飛び起きた。
「あれ〜〜〜! さくまサ〜〜〜ン!」 「今朝、京都で『いつでも笑みを』を見てから、この新幹線乗った んだけど、まさかおなじ列車になると思わなかったなあ!」  相変わらず、私のばったり病は、健在のようだ。  私はやたらと、外で知り合いにばったり出くわすことが多い。  でも、まさか、きょうはアリtoキリギリスのふたりに会うとは 思わなかったなあ!      午後1時11分。新横浜駅着。  マネージャーの阿部さんに挨拶してから、ホームでアリtoキリ ギリスが乗っている車輌の席のあたりを探す。  やっぱり、ヅカッチ(石塚義之)が、こっちを探している。  しかも指で、「きょうはひとりなんですか?」とこっちに向って、 サインを送っている。私が人差し指を1本立てると、「へ〜」と驚 いたあと、にこっ!と笑って、うなづいている。  ヅカッチって、こういうところがすごく人なつこくて、かわいい のだ。  隣りで再び寝ていた石井正則くんが、また目を覚まして、あわて てこっちに向って会釈している。これまた律儀な石井正則くんらし い行動だ。  きょうはこれから、『タモリ倶楽部』の収録があるそうだ。  新横浜駅から、横浜線で、横浜駅へ。  横浜駅から、横須賀線で、鎌倉へ。  新横浜駅からだから、鎌倉は近いと思ったのだが、品川駅から鎌 倉へ行くのと、ほとんど変わらないようだ。新横浜と横浜は、遠い っていう証拠。  新横浜。新富士。新大阪。新神戸。新倉敷。新尾道。新岩国。新下関。  いちばん本家の駅から遠い「新」の新幹線駅って、どこなんだろう?  鉄道マニアいない?  午後2時。鎌倉駅。さらに江ノ電で、長谷駅へ。  きょうは鎌倉の家に、ベッドとか、テーブル、ソファーなどがと どく。  手足の不自由な私が行っても、何の役にも立たないのだが、嫁が ひとりで行っているはずなので、せめて賑やかしのために。  鎌倉の家に到着。  すでに私の部屋に、本棚が運び込まれて、組み立ている最中。  うれしいことに、予想していたより、はるかに部屋が大きくて、 東京のゲーム部屋に堆(うずたか)く積まれた蔵書が、全部入りそ うな気がしてきた。  鎌倉の家は、いままで私が購入したどの家よりも大きい。  いつも家具が入ったら、身体を斜めにしないと歩けないような家 ばかりだったのだが、今回の家は、ソファーと、ソファーが離れて いる!
 広いフロアの家具展示場に設置されたのとおなじように、配置で きる!  これって、ちょっと驚き。  私の部屋のベッドも届いた。  まんまと縮尺を間違えていた。想像よりもはるかに大きい部屋だ った。  シングルベッドを買ってしまったのだ。部屋のまんなかにぽつん とベッドが置かれている。  さっきまで京都で、ベッドを降りればそのまま机に向かえて、一 歩出ればTVの主電源に手が届く生活をしていただけに、夢のようだ。  きょう、ついに自分の家になった気がした。  しかし、ゲーム部屋の鎌倉移転は、もう少しあと。  ゲーム部屋の家具が来ないと、冷蔵庫もTVもない。  午後5時。鎌倉から品川へ。  途中、何度も自宅に電話するが、娘が出ない。携帯にも電話する が出ない。  こういうときは、家で寝ているのだ、きっと。  電話の音で起きない大物だからなあ。  せっかく、娘の好きな「たぬき」か「EDOYA(えどや)」に 行こうと思っているのに。  午後6時30分、西麻布の「たぬき」へ。けっきょく娘と連絡取 れず。  今週、京都の「M」で、豪勢なものを食べた以外、ほとんど粗食 で、寒さのために、マンションに引きこもっていただけに、「たぬき」 の銀ダラの照り焼きが、美味しいったらありゃしない。  午後7時30分。帰宅。  さて、本日これで、かねてからの念願であった、1日で、室町幕 府(京都)、鎌倉幕府、江戸幕府を踏破する夢が叶った。  バカらしいし、だからってどうってことないことだけど、馬鹿げ たことをするのが、私の職業。大いに満足である。  娘が家の掃除をしていた。案の定、さっき起きたばかりだという。  この娘のほうが、のちのち私より、もっと馬鹿げたことをしでか しそうな気がする。  今夜は、録画しておいたビデオを見る予定。
 

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