1月17日(水)

「お付き合いのある人のなかから、3人尊敬する人を選べ!」と
言われたら、間違いなく選ぶ人は、『子連れ狼』の原作者である、
小池一夫さんと、すぎやまこういち先生と、きょうこれから会い
に行く人である。

 といっても、有名人ではない。
 集英社の編集さんである。
 でもこの人との出会いが、私の人生を変えたといっても、過言
ではない。

 当時、泣かず飛ばずで、仕事もそう多くなく、暇をもてあまし
た私と、相方のえびなみつる(イラストレーター)は、知り合い
を通じて、週刊プレイボーイの花見萬太郎さんを紹介してもらった。
 ギャグ記事を書きたいという、持込みであった。
 緊張しながら、始めて編集部を訪ねたのは、もう20年前のこ
とだ。
「花見さーーーん!」
「ふわーーーい!」
 編集部の隅っこに、カーテンが引かれた小部屋があって、そこ
は本の倉庫なのか、花見萬太郎さんは、本をばらばら崩しながら、
ぬお〜〜〜っと現れた。
 まるで劇画の主人公のような現れ方である。

 さらに驚かされたのは、私とえびなみつるが持ち込んだ、ギャ
グの文章とイラストをろくすっぽ見もせずに「ああ、つかうよ」
と、いきなり採用した。
 こんなにカンタンでいいのかな?と思っていると「週刊誌って
いうのはな、1週間たったら、消えてしまうんだ。つまらい記事
でも、すぐ忘れられる。だから君たちをつかって、あれはひどい
記事だ!といわれても、1週間で終わるんだな。次からつかわな
ければいい!」
 げげっ! なんちゅー人だ、この人は!

 けっきょく、1回目の原稿の人気が記事部門で1位を取ったの
で、その後2年間、パロディ記事を書かせてもらったんだけど、
内容がすごかった。
 
・小説家10人が、秋の味覚を食べたら、どういう文体で書くか?
・ヒット曲の題名が付いた推理小説のショートショートを10数本。
・擬音だけで会話する文章。
・昔話を全部SFで。もちろんショートショートで10数本。
・47都道府県、ひとつひとつにいちゃもん!
・全プロ野球球団に提言す! ペナントレースをもっとおもしろ
 くしろ!
・もしも西郷隆盛から坂本竜馬に当てた書簡集が見つかったら、
 どんな文章を書いたか? ほかにも歴史上の人物同士の書簡集
 を10本。
・お笑い自動車免許教習場。
・結婚式に30の提言いちゃもん!

 こういう無茶苦茶な内容のパロディ記事を2年間で、50作品
ぐらい書かされた。そのすべてが、小説家の文体だったり、その
業界のしゃべり言葉のパスティーシュ(模倣)だった。
 とにかく文章の形態模写であった。
 おかげで、どんな文章でも書けるようになったのである。
 だから、私は花見萬太郎さんに出会わなかったら?という、
「もしも」は、絶対考えられないのである。

 その忠誠心は、ずっと花見萬太郎さんからの依頼は絶対に断ら
ないという行動をもって、信念としてきた。
 だから、きょうこれからどんな仕事を依頼されても、断らない
のである。

 午前11時30分。嫁と神田神保町の「出雲そば本家」。
 神保町再開発で、お店が隣りにズレた。ほとんど変わらない場
所だけど、お店が新しくなったので、新鮮。
「東京一美味しい出雲そば屋」の評価は、きょうも変わることなし。
 食後、書泉グランデで、本を買いまくり。  午後2時。神保町の集英社インターナショナルへ。  この世でいちばん頭の上がらない人、花見萬太郎さんに会う。  もう20年の付き合いになるのに、どうしてもこの人に会うと きは、緊張してしまう。なぜなんだろう? デビュー当時、どの 編集部に行っても緊張していた頃に気持ちがワープしてしまうの だろうか?  読書量、洞察力、決断力。どれをとっても、花見萬太郎さんに は勝てないという確信が強いのかもしれない。
 ちなみに、花見萬太郎さんは編集者としては、週刊プレイボー イを皮切りに、週刊明星、月刊ロードショーで、編集長を務めた。  本宮ひろ志さんの『俺の空』も担当して、『さわやか万太郎』 の『万太郎』は、花見萬太郎さんのことである。  ついに最近も、いま話題騒然! 高倉健さんの絵本を担当された。  嗚呼! 緊張のあまり、花見萬太郎さんの紹介の仕方まで下手 になっている。ははは。笑う! 緊張しているときは、まず笑え!  で、花見萬太郎さんからの依頼は、漫画に関する単行本執筆の 依頼であった。  困った。かつて1万冊以上の漫画の蔵書を誇る漫画評論家だっ た私は、最近すっかり漫画を読まなくなってしまっている。  もちろん、過去の作品でもいいらしいのだが、漫画評論ではな く、漫画人生学のような書下ろし単行本をという内容であった。  とにかく、花見萬太郎さんからの依頼は断らないのが信念。引 き受ける。  いま火を噴くように仕事しているゲームの仕様書が、一段落し たら、この単行本の執筆に専念するかもしれない。    私にとっては、黒船来航のような、ショッキングな依頼である。  いずれにしても、きょうのこの日のことは、頭のなかでまとま らない。単なる仕事をひとつ依頼されただけじゃないか?と思う 人が、大半だろうが、私にとっては一大事なのである。どう一大 事なのかをたとえる言葉が浮かばないくらい取り乱していること だけは、認識しておいてくれ。そのうち事の重大さがわかるとき が来ると思う。きょうのところは、こんなところで。  あ〜、疲れた。  午後4時。帰宅。  ドッと疲れが出て、『ポケモン金』のポケモンセンターで、 ♪ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ピーーー! ポケモン たちの体力を回復させたところで、コントローラを握ったまま寝 てしまった。    午後5時。蔵人総合研究所の赤根豊くんが来る。  先月12月決算の報告。  なんだかよくわからないのだが、出版部門が無くなったので、 会社の経営は良好なのだそうだ。痛しかゆし。    午後7時30分。麻布十番の「むら田」に家族3人で、初挑戦。  ここはご飯を釜で炊くお店。  菅沼真理(通称:すがねまちゃん)さんに教えてもらった。  わざわざご飯のおこげをこそぐ専用の包丁のような、アイスピ ックのようなものまで付いてくる。  とんかつを薄く伸ばした「かみかつ」が美味しかった。  お刺身もまあまあ。  我が家がお刺身で「まあまあ」といったら、相当高いレベルで ある。  ただ「たらふくまんま」の真ん前のお店なので、どっちに行く か今後迷うかもしれないなあ。  それにしても、いつもながら麻布十番は美味しいお店が多すぎる!  午後9時。帰宅。  明日からまたハドソンで会議。今夜はその予習。
 

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