11月23日(木)

 札幌滞在3日目。

 午前9時。ホテル2Fの和洋食堂で、朝食。
 さすがに北海道、肉じゃがが美味しい。
 あとはまあ、ありふれたホテルのバイキングの味。

 食後、土居ちゃんと二条市場まで歩く。
 凍った雪が、沿道のあちこちにあって、つるつる滑りそうで恐い。観光客がこ
の氷で、骨折という話は、札幌では珍しい話ではないだけに、注意しないと本当
にやばい。

 午前10時。二条市場へ。
 蟹がたくさん並んでいるけど、海産物は帰りの函館で買うことにしているので、
目で追うだけ。一応、市場に大きな変化がないか、『桃太郎電鉄』の取材。変化
なし。よし!
 きょうもまた、土居ちゃんとかつて8〜13年前、頻繁に札幌に来ていた頃の 思い出の場所を訪ねるシリーズを始める。  しかし、どうも感動のTV番組のようにうまく行くものではないようだ。二条 市場の一角にあった、イクラ丼と三平汁の美味しい定食屋さんも、無くなってい た。お店の名前も思い出せない。  どうしてこう札幌は思い出の場所が次々に消えてしまうのだろうか。しかもあ の頃いっしょに来ていた、ゲームデザイナー志望の若者たちまで、全員消えてし まっている。なんだかSFのパラレルワールドの都市を歩いているような気分だ。  ホテルから二条市場までけっこう距離があったけど、どうにも思い出の場所が 残っていないので、さらに町を練り歩くことにする。  何かひとつくらい見つけたい。  しかし、かつて何回か朝食代わりにカレーを食べた千秋庵の本店もお店の雰囲 気が変わっている。狸小路をずっと西に向って歩くが、覚えていたのは、演歌の カセットばかり売っている小さなレコード店だけだった。  ほとんどのお店が代替わりしてしまっている。  新しいビルが増えたのではなく、ビルはおなじだけど、中身がみんな変わって しまったようだ。札幌は、バブルの後、未曾有の不況に見舞われたと聞いたが、 その結果がこれなのか?  午前11時30分。疲れていいかげん足がもつれてきたので、昨日行って閉店 時間にぶつかってしまった、「ホテルサンルートニュー札幌」の「アステリア」 に入る。ここの「季節のババロア」が美味しいので、宿泊したときは必ず食べた ものだ。  しかしやっぱり、季節のババロアもまた、メニューになかった。  店はあっても、メニューが無しかあ…。  けっきょくこの「アステリア」で、土居ちゃんと『桃太郎大全集(仮)』の打 ち合わせを始めてしまう。  1時間みっちり、アイデア出しをして、ふたりとも頭がきりきり。すっかりへ とへとになってしまって、ばてる。ロビーのソファーでへたり込む。ベテランは スタミナに難あり。  午後1時30分。土居ちゃんと、地下鉄に乗って、札幌駅へ。うちの家族を迎 えに行く。なんとうちの親子は、本日飛行機に乗り損ねて、次の便で来たために、 1時間遅れ。  午後1時40分。嫁と娘が到着。 「やあ、さくちゃん!」  娘は、日本国じゅうどこに行っても、地元の子どものような顔つきでいられる ところが大物だ。私なんぞ、これだけ日本中旅行してるくせに、旅行したらした で、すぐに帰りたくなる。しかも帰りの日になると、もっと旅行していたくなる。 典型的な血液A型である。  午後2時。ホテルに家族の荷物を置いて、ホテルとは目と鼻の先にある、キリ ンビール園に行く。  北海道に来たら、やっぱりジンギスカン料理である。  何はともあれ、この家族は全員揃うと、すぐ食べる。土居ちゃんも負けじと食 べる。ジンギスカンは肉と野菜以外がバイキングになっている。土居ちゃんと娘 が、おでんやら、トウモロコシやら、おにぎりやら、ケーキやら、訳のわからな いものをたくさんお皿に乗せて戻ってきた。
 夜ご飯も近いので、私はラム肉の暴食を押さえる。  でも家族と土居ちゃんは、エンジン全開なので、私も押さえ気味にと言いなが ら、ずいぶん食べたような気がする。  午後3時。私はホテルに戻り、休むことに。ちょっと歩きつかれたのと、連日 の土居ちゃんとのアイデア出しにエネルギーを放出し過ぎたようだ。    ホテルのベッドに横たわるが、帰りの電車と宿泊のことが気になって眠れなく なる。ちょうど今週は、飛び石連休なので、電車も満席が多い。とくに函館から 盛岡までの区間が、昔から本数が少ないので、まったく選択肢が無い上に、混む。 混むというより、乗る人が少ないほうに合わせて設定されているから、平日でも 満席のことが多い。  今回もまったく電車が無い。このままでは、函館に2泊しないとダメなようだ。 こういうストレスはけっこう身体に応える。  午後6時。ススキノの「あわびの源太」さんへ行く。何を隠そう、 『桃太郎電鉄』の札幌の物件名「あわび料理屋」のモデルとなったお店である。  札幌へしょっちゅう来ていた頃というのは、まだそんなにグルメではなかった ので、いわゆる隠れた名店というのは全然見つけられなかったのだが、唯一見つ けたのが、このお店。  このお店のあわびは、日本中の和食の名店にも出ないような絶品が多い。    このお店に来るのも、8年ぶり。  ところが、お店の人たちが、私たち家族のことを本当によく覚えていてくれて、 感激する。北海道という場所だ。そんなに通いつめたわけではないのに、有難い ことだ。驚いたことに、私の実姉が来たときのことまで覚えていてくれた。  我が家には、往年の東映映画のスターのような男前のご主人が、幼稚園時代の 娘をだっこした大きい写真を飾っているので、片時もこのお店のことを忘れてい なかったのだが、あまりにもお店の人たちが、うちの家族のことを覚えていてく れたことに、どう反応していいかわからなくなるほど、感激する。
 ひとしきり、昔話に花が咲く。  嫁の母である、おばあちゃんが亡くなったときの話や、私の脳内出血の話、そ の後私がTVに出演したとき、一家揃って、その番組を見てくれたそうである。 TBSの『第2の手塚治虫を作る』という番組だった。  私はあまりTVに出るのは、好きではないのだが、こうして私のことを思い出 してもらうには、TVというメディアにも、そこそこ関わっていたほうがいいか な?と思う。  もうひとつ驚くようなエピソードを教えてもらった。『桃太郎電鉄』をプレイ して、このお店を探して来たお客さんが、ひとりやふたりではないというのだ。 えっ? ゲームのなかでは、あわび料理屋としか表記していなかったような…。  えっ? 何10時間もかけてやっと? あっ? ひょっとして、『桃太郎電鉄 HAPPY』の99年ありがとうイベントかな?   そういえば、物件駅ひとつひとつに解説を書いたことを思い出したぞ。それが 『桃太郎電鉄HAPPY』だったように思う。  へ〜〜〜! あの過酷な99年をクリアした上に、ひとつひとつの文章を読ん だあげくに、この「あわびの源太」さんに来てくれたお客さんがたくさんいるん だあ! ますますうれしいなあ!  何たって、今回の北海道行きは、このお店に行くことをいちばん楽しみにして いたのである。脳内出血で倒れて以来、寒い土地に行くことは、ずっと禁止され ていた。だからこそ、冬場にこのお店に来るということは、私にとってとても大 きな意味があるのだ。  正直言って、脳内出血で入院していたときは、こうして冬の北海道へ来れるよ うになるんてことは想像できなかった。この冬のクリスマスで、5年になる。そ の間のリハビリの状況がかなり良好なので、ついに決意して、来たのである。  さて、「あわびの源太」さんのあわびのほうの味を解説せねば。  ガラスの器に入ったあわびが出る。  水貝と呼ばれる料理だ。  これがテーブルに置かれた瞬間に、海水の匂いがぷうんと鼻をくすぐる。これ がたまらないのだ。硬いままなのに、食べやすいように、切れ目が入っていて、 まさに海辺で取れたままのあわびを、漁船の上で食べているような気分になる。  ちなみに、いつも仕事が終わると、さっさと帰ってしまう土居ちゃんがこうし て、きょうも札幌にいるのは、この水貝のためだったのである。ずっと私が土居 ちゃんに、水貝の話ばかりしていたからね。サザンオールスターズのベーシスト・ カズ坊(関口和之)は以前このお店でこの水貝を食べたことがあったので、本当 は今回いっしょに来たかったんだけど、竹中直人さんをプロデュースした『口笛 とウクレレ』のキャンペーンがぎっしり詰まっていて、来れなかったのだ。 「え〜、あのお店に行くんだあ! う〜ん。いいなあ! 行きたいなあ…。無理 だなあ…。う〜ん…!」  さらにもうひとり、来る予定で来れなかった男がいる。 『ダビスタ』伝道師の成沢大輔くんである。  先週の仙台牛ツアーを辞退してまで、今回のあわびを食べに来るために、スケ ジュール調整をしていたのだが、年末はゲーム攻略本の書き入れ時。だから今は 締め切りラッシュなのだ。  このお店の御主人がまた、競馬マニアだし、私はお酒が飲めないのでよくわか らないのだが、このお店は特別美味しい日本酒が出るそうなのだ。  美味しいあわび。競馬。日本酒。  まるで成沢大輔くん、そのもののお店ではないか。  ふっふっふ。成沢大輔くん、思い切り悔しがらせてあげよう!  たっぷり、たっぷり、写真を掲載してあげよう!  あわびの上に、ウニが乗っているだけじゃないんだよ。下から燃やしているん だよ。うちの娘がその炎を吸い込んでしまって、げほげほしてたのが笑えるけど。  黒い器にとろろが入っているけど、これは「秀飯(しゅうはん)」という名前 がついている。いい名前だねえ。名前どおり喉越しがなめらか。  さらに私がいちばん大好きな「あわびの雑炊」が出る。  雑炊なのに、白味噌風味。まるでクリームのような味だ。  もちろん、全料理にあわびが入っている。
 もうすでに、「あわびの雑炊」が出る頃には、お腹がはちきれそうで苦しかった のだが、口のほうは、どんどん料理を要求している。 「さくちゃんが、デザートの柿を残してる! 珍しい!」と、娘。 「そうなんだよ。私が柿を残すわけがないんだよ。そのくらいお腹が苦しいんだよ〜!」  土居ちゃんは、日本酒を飲んで、真っ赤っか。ただでさえ垂れ気味の目が、とろ 〜んと下がっている。  う〜ん。去りがたいが、すべての料理を食べ終えてしまった。  帰らねば。後ろ髪が引かれるが、ちょっと外を歩かないと苦しい。  食後、昨日土居ちゃんと見た、大通り公園のホワイト・イルミネーションをもう 一度見に行く。
 娘もお年頃だ。ことのほか喜んで、興奮している。   「日本三大がっかり」のひとつと言われている時計台も見に行く。
 もちろんわが家族も、土居ちゃんも何度も来ている。一応夜は初めて。でもやは り「日本三大がっかり」と呼ばれるように、だからどうしたという気分である。  なにしろ、観光ガイドでは、さも広い土地にぽつんと美しく立っているように思 えるのだが、これが来て見ると、ビルに囲まれて、押しつぶされそうに建っている。 目の前には、ロイヤルホストやマクドナルドがある。ほとんど隣りは、ローソンだ。  そんな場所にあるんだもん。どんな気分になるかわかるでしょ?  午後8時30分。ホテルに戻って、コーヒーを飲んで、休む。  ちょっと歩きすぎで、足が熱い。  暴飲暴食を続けているので、減量と体調の維持のために、一生懸命歩いたら、体 重は微増ですんだものの、疲労困憊になってきた。  明日も、札幌。
 

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