7月21日(金)


 午前11時10分。小田急新宿駅。えのしま15号片瀬江ノ島行きロマン
スカー。
 本日の小旅行は、江ノ島。
 夏らしい話題だね。

 江ノ島というと、11〜2年前。ちょうどPCエンジンで『桃太郎伝説2』
と『スーパー桃太郎電鉄』を作っていた頃に、合宿所として、マンションを
借りていたことがある。
 あの頃は、本当にゲームを作りに行くだけで、かろうじて海で少し泳いで、
スイカを食べた記憶しかない。

 このロマンスカーには何度も乗ったはずなのだが、当時の真っ赤なボディ
のしょぼい車輌とは、ずいぶん変わっていた。
 メタリックグレーのシックな車体になったし、席もかなり広くなった。広
くなったというより前のロマンスカーの狭さは特別だった。
隣りの席の人と、膝がぶつかってしまうくらい狭かった。だからひとりで乗
車して、見知らぬ人が隣りに座ると、1時間ずっと膝に緊張が走ったものだ。
 古いロマンスカーは、トイレもなかったような気がするが、記憶違いか? 

 そんなわけで、嫁と日帰り小旅行。
 できることなら、また江ノ島か、鎌倉に、賃貸でいいから、家を借りたい
なあなどとも密かに思っている。
 茅ヶ崎、稲村ヶ崎、極楽寺、鎌倉、逗子、葉山…。
 当時散策できないまま終わった町がたくさんある。

 ローストビーフで有名な「鎌倉山」という料理屋さんがあって、当時どん
ちゃん(井沢どんすけ)といっしょに行って、その風体で露骨に入店を断ら
れたことがある。
 どんちゃんを連れて行ったのは、まずかったが、ははは、一応あの頃の私
は、30代の半ばだぞ。
 密かに、「鎌倉山」に通いつめ、お店の人となかよくなった頃に、昔入店
を断られたことがあると言ってみたい気がする。暗っ!
 作家なんてものは、必ずこういう暗い、怨念深い性格を持っているものだ。

 午後12時15分。片瀬江ノ島駅着。
 う〜ん。潮の香りだ。
 ほう。駅のトイレもきれいになったなあ。
 竜宮城をかたどった駅舎は今も健在。
えき
   思ったより、暑さはきつくない。海風が心地いい!  わずか2年だけだったけど、仕事場として借りていただけに、なんだか故 郷に帰って来たように、なつかしい。  おお! 駅前にコンビニができたのか。  当時は、まだコンビニが少なかったなあ。  隣りがモスバーガーになっている。    あれから10年。世の中も変わった。  携帯電話なんてのがなかった時代だったなあ。  ファックスが出始めの頃で、よく電話機が熱で熱くなった。  ゲームの仕様書も、手書きから、ワープロに替えたばかりで、東芝ルポが 1台しかなくて、みんなで順番を待ってはつかったものだ。  その東芝ルポもついに生産中止だもんなあ。    さてと、どこぞの不動産屋さんでも覗いて行くかと、嫁と歩き始めようと した、そのとき。いきなり目に「住居者募集」の看板が目に入る。 「ダメだよ、あれは2階に住む人、募集ってことだろ? ふつうの民家だよ、 あれは。1軒家だし!」  ちょうど誰かが、その家を下見に来たようで、不動産屋さんもいっしょに いる。  嫁がさっさと不動産屋さんのあとからついて行って、家のなかに入ってし まう。おいおい。  え? いっしょに見てもいいって?  まあ、物件を見るのは大好きだから、いっしょに入っちゃえ!
いえ 江ノ島駅 徒歩10歩
   広〜い! 会社の寮につかっていたようで、何部屋もある。  これはいいなあ!  前に入ったお客さんは、賃貸ではなく、この家を買いたいようだ。  そりゃそうだろ。片瀬江ノ島駅から、徒歩10分ではなくて、徒歩10 「歩」くらいなんだから! 駅前の橋すら渡らない。駅構内といっても過言 ではない。  いいなあ! いいなあ! これはいいなあ!  海はいいなあ! 江ノ島はやっぱりいいなあ! いいなあ! いいなあ!  借りたいなあ! いいなあ! いいなあ! 借りたいなあ! 前の人はど うなるんだろう? 買うのかなあ! いいなあ!   いいなあ! 私もほしいなあ! いいなあ! いいなあ! 子どもがおも ちゃ屋さんの前で駄々をこねているみたいだな。いいなあ! いいなあ!  気がつくと、前の人が借りないなら、賃貸で貸してほしいと不動産屋さん に言ってしまっている私であった。  わっはっは。この調子だと、江ノ島に家を借りてしまうかもしれない。本 当の狙いは鎌倉だったんだけど。  何で鎌倉かというと、現在、東京と、京都に家を持っているわけで、これ に鎌倉が加わると、「幕府」のスリーカードが揃うのだ。  江戸幕府、室町幕府、鎌倉幕府。  こういうこじつけを本気でやりたいのが、私なんでね。  自由業だからこそ、バカげたことをしでかしたい。  まあ、どうなるか、乞うご期待!  橋を渡って、西浜海岸へ。  夏休みに入ったというのに、思ったより人出が少ないなあ。海にバブルな んて関係無いよね。江ノ島に仕事場を借りた頃はバブルの真っ最中だったも んでね。イモを洗うような人出がぴったりなくらい、海水浴客は多かった。  今は海外に行っちゃうのかな?
海岸 海岸 海岸 海岸 サービス・ショット!
   おっと、砂浜は不自由な足にはつらいなあ。  でもリハビリには、この砂浜はいいかも…と、早くも江ノ島に再び仕事場 を持ちたいいいわけが始まったようだ。  どうも私は、江ノ島を無性に借りたくなっているようだ。  霊能者の岩崎摂さんには、海辺はダメだと言われてはいるんだけどね。駄 々こね、駄々こね!  うひょ。足首が砂に引っ張られる。歩きづらい〜。  砂に靴がめり込む〜!  とても渚まで歩いて行けない。  泳ぐ気はない。    なんとか江ノ島大橋まで戻る。  江ノ島へは渡らずに、江ノ島電鉄の江ノ島駅へ向かう道を歩く。 「すはな通り」とかいう名前がついたのか。あれ? 「すばな」だったかな?   昔は名前なんかなかったなあ。相変わらず古い家が立ち並んでいる。射的 場がまだあるぞ! まだスマートボールと併設だ! ポスターが宮沢りえが リハウスのCMのときのやつじゃないかあ! すごいなあ! この頃の宮沢 りえチャンって、ビッカビカに輝いているな!
射的
   ほう。道路を舗装したのか。きれいな石畳風だ。  明るくていいな。  おお! やっぱり、ここは昔のままか。 「玉屋ようかん」。渋い店先のままだ。  当時、買わなかった「のりようかん」を買ってみる。  うひょひょ。岩のりの味がするぞ、このようかん。白いようかんのなかに、 岩のりが塗りこんである。磯の香りだ。けっこういける味だ。ふ〜ん。何で も羊羹になるもんだなあ!
ようかんや
   午後1時。江ノ電江ノ島駅を越えたところにある、定食屋さん「舟(ふな) ぜん」で食事。  10年前、しょっちゅう食べに来た場所だ。どんちゃん(井沢どんすけ)、 覚えているかい? このお店でご主人にもらった梅干が大きくて酸っぱかっ たので、どんちゃんが「すぺぺぺぺぺっ!」と叫んで、私がびっくりしたあ のお店だ!  当時とおなじように、江ノ島定食を注文する。  あじの叩き、焼きハマグリ3個、サザエの壺焼きと、江ノ島の名物が並ぶ なので、定食といっても、2500円以上もしてしまう。サザエもつくと思 えば安いんだけどね。  これに、美味しい岩のりがつく。  さらにオプションで、生しらすも注文する。
舟ぜん 舟ぜん
   ああ! ちっとも変わらない美味しさだ。あれからすっかり私はグルメ街 道まっしぐらで、口が奢っているんだけど、肉厚のアジの美味しさは変わら ないし、岩のりの甘さもおなじ。むしろ量が増えてるぞ。そうそう、この海 藻入りの味噌汁が美味しかったんだよなあ。どんどん昔の記憶が蘇って来る。  思えば、魚を好きになり始めたのは、このお店がきっかけだったような気 がする。10年前は私のただの肉好きなおじさんで、ちっともグルメではな かった。  そう思うと、魚が好きになった今こそ、江ノ島の本当の良さがわかるよう になったのではないか?と、また自分をいいくるめ始める。  詭弁ってやつだな。詭弁学園ってのがよく甲子園に出場する。それは、智 弁学園だってば!  食後、暑いことは暑いけど、京都ほどではないので、少し歩く。  モノレール江ノ島駅の近くに、昔はなかったお店ができていたので、見に 行ってみる。シャレた郵便局だなあ。
郵便局
   モノレールは高架だから乗らないよ。  江ノ島から腰越方面に向かう。    竜口寺(りゅうこうじ)の門前の交差点にたどり着く。  この竜口寺は、その昔日蓮上人が、首を斬られそうになったとき、UFO が来て、命拾いしたといわれるお寺だ。  来年の大河ドラマは『北条時宗』だから、その辺のことも登場するはず。  その交差点なんだけど、とにかくダイナミック!  江ノ電が唯一、一般道路であるこの交差点を通って、電車と電車がすれ違 う。しかも急カーブ。交差点だから、車同士もすれ違う。   そんな大きな交差点なのに、驚くべきことに、信号が無い。  この交差点は鉄道カメラマンにとっては、絶好の撮影ポイントになってい る。
江ノ電
   この交差点の一角に喫茶店が出来ていたので、入る。 「小さな喫茶店」という名前だけあって、4畳半もないようなカウンター4 席だけのお店。  向かい合わせの電車の座席でコーヒーを飲んでいるような感じ。  なんでも一昨日開店したばかりだという。  まだお客さん馴れしていないご主人の応対が、新鮮。人がよさそうだ。プ ロスペックの江口貴博(えぐち・たかひろ)くんに似ている。  喫茶店で一息ついて、また歩く。  10年前、よく本を買った書店に寄る。当時このお店は『ジャンプ放送局』 がいつも全巻揃っている不思議な本屋さんだった。 『ジャンプ放送局』は、当時1巻が30万部も売れた本ではあるけど、なかな か全巻揃っている本屋さんというのは、なかっただけに、ずいぶんとひいき にしたものだ。身分も明かさずにね。  相変わらず「ひもの屋さん」は、昔のまま何軒も並んでいるなあ。  町並みは、10年前とまったく変わらないのに、こっちの気持ちと境遇の 変化にびっくりする。  物の見方、知識、興味の幅、食べ物の好き嫌い。この10年間たいして成 長していないものと思っていたのだが、しらす釜揚げ丼の文字に反応するよ うになったし、フランス料理屋を見つけると、門構えで品定めをするように なっている。  五つの頭を持った竜の伝説が「腰越」にあったなんて知識は、当時まった くなかった。日蓮、新田義貞の伝説もほとんど教科書レベルの知識しかなか った。江ノ電の沿線は花がきれいなのに、花の知識もまったくなかった。今 もちょっと少ない。  当時、せっかく江ノ島に仕事場をかまえたのに、まったく最高の環境をい かせずに終わってしまったような気がする。  もう一度、この場所を極めたいなあ。  頭悪いってことは、確実に人生を損するもんだなあ!  痛感! 実感! 体感!
腰越駅
 歩き疲れて来たので、江ノ電「腰越駅」で、江ノ電に乗る。  腰越から、七里ガ浜に抜けると、突然海が一面に広がる。  江ノ電の景色のなかでも、この瞬間がいちばん好きだ。    午後5時。鎌倉駅着。  江ノ電鎌倉駅構内に、江ノ電グッズショップがあるではないか。  何か記念に買って行きたくなる。  気持ちがすっかり江ノ電びいきになっている。  財布と、江ノ電巾着袋を買う。
江ノ電グッズ
     江ノ電が短針と長針になって、くるくる回る腕時計がよかったよ。  私は腕時計しないんで買わなかったけど、あれは絶対お勧めだ。  JR鎌倉駅のほうから降りる。
鎌倉駅
    鎌倉駅のお店のあちこちに、横浜ベイスターズの2軍である湘南シーレッ クスのポスターがやたらと貼ってあるではないか。地域密着型の球団にする っていっていたけど、鎌倉も地域に入るのか。  たしかに、鎌倉から湘南シーレックスのある駅までは、2駅だもんな。ま すます魅力的な町に思えて来たぞ!  竹細工のお店を覗いたりしながら、由比ガ浜の海岸まで歩く。  またしても砂浜に足を取られて、もらい水ではなくて、歩きづらい。リハ ビリ、リハビリ。  これ以上歩くと、せっかくの海が嫌いになってしまいそうなので、海の家 で休む。  10年前に比べると、海の家もおしゃれになったもんだねえ。  白いギリシャの家のような壁の家が多いし、何より造りがしっかりしてい る。昔の海の家はほとんど葦(よしず)張りなだけの粗末な家で、台風が来 ると、よく吹っ飛んだ。
海
 海の家で、嫁とふたり、ほけ〜っ!とする。  いいなあ、こういうのって。  そういえば、霊能者の岩崎摂さんが、海に住むと、仕事しなくなるからダ メって言ってたよなあ。それって、こういうことだよなあ。   でもこういうことしたいよなあと、嫁とほっこりする。  夕方になって来た。
海
 私は夕方の海が好きだ。  暑かった日中が冷めてきて、風が吹き始める。  遊び飽きた人たちが、荷物をまとめて三々五々、町に戻って行く。  あの雰囲気が好きだ。不良そうなお姉ちゃんたちが、妙にゴザとかパラソ ルをていねいに畳んで、ゴミをちゃんと片付け行ったりするのも好きだ。  遠くまで帰るんだろうなあ。  そんな人たちを見届けるみたいで、夕方の海が好きだ。  海の家で、けっこう日に焼けたので、そろそろこっちも帰り道に。  えっ? 海の家だと思ったら、コンビニがあるの? AMPMがあるぞ! 海 の家も便利になったもんだなあ。  鎌倉の裏通りを通り、大船駅まで行く。  午後4時50分。大船駅から東海道本線に乗る。  東海道本線の4人掛けの座席って、ひさしぶりだけど、狭いねえ!  歩き疲れたので、電車のなかで眠りたいけど、これじゃ眠れないなあ。眠 れないどころか、姿勢がよくなっちゃうよ。  それでも何だかとっても充実の1日。  本当は逗子(ずし)マリーナまで行きたかったけど、今度来るときの楽し みのために、わざと取っておくことに。  江ノ島駅前の家は無理でも、海辺に居は構えたいぞ。  午後5時30分。東京駅着。  地下街で、先日買いそびれた九尾の釜飯を買って帰る。五十周年記念の復 刻版だそうだ。駅弁にも復刻版か。28年前に食べたやつとおなじかな。  午後6時。いつものように並びの喫茶店「らぴす」サンでコーヒーを飲ん でから、帰宅。 「らぴす」サンで、海が好きという話で盛り上がる。  海はいいよね〜。  石原裕次郎の世代は、逗子マリーナ。  加山雄三の世代は、茅ヶ崎。  サザンの世代は、江ノ島。  それぞれ海が好きな人には聖地がある。  家に着くと、なんだか肌で海の潮が乾いて、塩になったような感じがする。  シャワーを浴びて、ジュニア・オールスターを見ながら、釜飯を食べる。  釜飯は、全体的に甘い味付けで、基本的にお子ちゃま味覚の私にはうれし い味。うずらの玉子と、栗をどの時点で食べるか悩む。アホらし。
釜飯
 夜になっても、潮で焼けた肌がひりひりしている。  痛いのぎりぎり一歩手前!  もうちょっと海にいたら、危なかったかも。  とにかくやっぱり海が好き!  昔からの夢は、晩年を海辺ですごすことだった。  その夢をまた思い出してしまったような1日だ。  さて、不動産屋さんから連絡が来るかな?
 

-(c)2000/SAKUMA-