3月2日(木)和倉温泉〜珠洲 枕が変わると、寝付けない。 旅が好きなくせに、宿で寝るのは得意ではない。 午前4時くらいから、何度も目が覚める。 小刻みに目が覚める。 午前6時。ゴホッ、ゴホッ、ゴホン、ゲホン! 風邪も一向によくならない。 喉が痛い。のど飴ばかりなめている。噛んじゃいけないのに、ガ キッ!だ。 眠れないので、インターネットをあちこち見たのち、最古のさく まにあ・戸田圭祐の掲示板で遊ぶ。 いつも旅行中は戸田圭祐の掲示板に、どこに着いたとか、クイズ を出したりして、楽しんでいる。 午前7時30分。もう一度寝たいと思うのだが、眠りかけても、 自分の咳で目が覚めてしまう。ゴホッ、ゴホッ、ガハッ! 仕方ないので、予定を早めて、朝の食事を早くしてもらう。 朝からちょっと食べ過ぎた。お腹が出る。 午前8時30分。1Fのラウンジでコーヒーに口をつけたとたん、 午前9時に迎えに来ることになっていたタクシーが来てしまった。 それはちょっと早すぎるでしょ! 午前9時24分の電車に乗るんだから、午前9時でも早いくらい と言っておいたんだからさあ! 何だか何年も連続で、旅館日本一を続けている旅館とは思えなく なってきた。 そうはいっても私は人を待たせるのは嫌いなので、ついつい気に しない素振りをしながら、タクシーに乗ってしまう。 和倉温泉駅まで、わずか5分。 乗る予定の電車まで、30分以上も開いている! だったら、タクシーを旅館に待たせとけよ! いや、そういう悪人にはなりたくない。 血液A型は、泣き寝入りの達人なのだ。 待合室でひたすら待つ。 午前9時24分。2両編成の黄色い電車がごとごとゆっくりホー ムに入ってくる。とても急行「能登路1号」という素晴らしい名前 がついた電車とは思えない。 古ぼけて、オイルの匂いがしそうな電車だ。 和倉温泉から、輪島に向かう。 ここはすでに、のと鉄道で、JRでない。いわゆる第3セクター だ。輪島のように有名な場所に向かう電車が、第3セクターという のは、ちょっとショックである。 今回の旅のメインは、やっぱり輪島である。 『桃太郎電鉄』でも、輪島はロボット研究所になったり、☆印カー ド売り場になったり、毎回どうもまちまちでいいかげんだ。線路も 正直言って、大雑把に引いているので、ずっと気になっていたのだ。 『桃太郎電鉄』のマップでは、金沢駅から、直線で上に向かって、 一本というのは、あっけなくて、能登半島のみなさんには、大変失 礼だと前から思っていた。 今回はそういう意味もこめて、20年ぶりの取材だ。 さらに一気に次回作では、3段飛びで目的地駅にまで昇格させてし まおうという魂胆なのだ。 何たって、輪島がどこか知らない人でも、輪島の朝市と、輪島塗 りの漆器は知っている。 こんなビッグ・ネームの場所を放っておけるだろうか、いやない …という言い回しを昔古文で習った。変な文体だよな。 おばちゃんたちの嬌声と、田畑の雪を眺めながら、電車は行く。 電化しているそうだが、どうも乗り心地は、ディーゼルカーのまま のような気がする。 穴水駅に着く。ここから、輪島行きと、珠洲(すず)、蛸島(たこ しま)方面へと、二手に分かれる。 この二手に分かれるさまを、次回作の『桃太郎電鉄』では表現し たいと思っているのだ。 電車が穴水駅を出ると、車掌さんが回って来て、乗車券と急行券 を回収してしまう。えっ? キップを持たずに、輪島駅を出ろって いうの? 大胆だなあ。途中駅に降りる人のための措置かと思った。 午前10時29分。輪島駅着。和倉温泉から、約1時間だ。ホームに着くと、駅の表示板に、つぎは「シベリア」と書かれて いるではないか! 確かに近いのかもしれないが、これだけ堂々とやられると、笑っ てあげたくなる。 もうひとつあった看板には、つぎ「朝市」とも書いてあった。 冗談が好きな駅のようだ。 しかしこの冗談のような駅で、冗談ではない話を聞く羽目になろ うとは、このときの私は知る由もなかった。 まずは朝市を見ようと、タクシーに乗り込む。 運転手さんと話しているうちに、まあ、悪い人ではなさそうなの で、きょう1日の観光タクシーをお願いすることにした。輪島の朝 市めぐりと、奥能登一周を頼んだ。料金も想像してた額の半分だ。 さて! この運転手さんから、冗談ではない話をいきなり聞かさ れた。 「お客さん方、電車で来たでしょう? たくさんお客さん乗ってら した?」「いえ、少なかったですよ」「でしょう! バブルの頃は、 タクシーでお客さん、朝市まで運んで、戻って来ても、まだお客さ んがタクシー待っとったもんねえ! 第3セクターになって、ちっ ともお客さん乗らんようになったで、来年で廃止やもんねえ!」 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待て〜〜〜い! 今、何て言った〜〜〜? 廃止? 廃線ってこと? どこが? 輪島までが? 嘘でしょ! 「JRから、第3セクターになった路線が、廃線になるのは、全国 で初めてらしいですとよ!」 運転手さん、日本初だからって、自慢してど〜〜〜する! こっちは、次回作『桃太郎電鉄』の目的地にして、多くのお客さ んに輪島に来てもらおうと、企んでいたというのに! え〜〜〜〜、へなへなへな〜〜〜。 何のために、昨日東京からほとんど電車乗ってただけのような時 間を費やして、ここまで来たのよ! まあ、そんなに時間かかるから、廃線になってしまうんだろうけ どさ。 ぎょえ〜〜〜。 ま〜〜〜ったく、根底から計画が狂ってしまった。 まさか、輪島がねえ! 『桃太郎電鉄』名物・新宮駅は知らなくても、輪島は知ってるでし ょ? 牛肉ラリーカードの前沢がどこだかわからなかった人でも、 輪島は知ってるでしょ? そんな輪島を地図帳から、消してしまってもいいの? 「この電車は、60年間も走ってたもんねえ!」 一応、私と嫁を乗せたタクシーは、朝市に向かっているんだけど、 話題はずっと、廃線問題である。 地元も、「存続を!」の看板を作って、アピールしているようだけ ど、ほとんど見かけない。 朝市を見る。 どうも朝市を見る眼が、泳いでしまう。 蟹とか、魚、海草といった類が多いのだが、その場で試食したり することができないのと、その場でイカを焼いて食べさせるといっ たイベントが無いので、どうにも地味だ。 暗い私の気持ちを映すかのように、空が一転曇り出した。 曇り出したと思ったら、いきなり大型のクーラーを回し始めたよ うに、寒気が襲って来た! ひ〜〜〜、ついに寒さを体験か? うひょ〜〜〜、雨まで降り出した。 雨の粒が、冷たいよ〜。 どんどん気持ちがブルーになってくる。 「何で輪島行きを廃線にしちまうんだよ〜!」 うつろな顔で、朝市を歩く。 「お兄さん! お兄さん! 買うてって〜!」 「お姉さん! お姉さん! 安くするよ〜!」 冬場は、寒いので、朝市に出る屋台は4分の1程度だそうだ。 『がきデカ』の作者・山上たつひこサンが、一時流行させた「輪島 の朝市、婆あちゃんだらけ!」というフレーズを思い出す。 まさにその通り。 「えがらまんじゅう」という人気のおまんじゅうを買い食いしてみ たけど、ちょっと甘すぎ。あんこをご飯でくるんでいるのだが、こ のご飯がまっ黄色なので、ちょっと不気味。 くちなしの花で、この黄色い色を染めると書いてあった。 午前11時。朝市のはずれで、運転手さんが迎えに来てくれた。 雨が激しくなってきた。いよいよ本気を出すつもりだな。 こっちには、秘密兵器もあるんだぞと、ちょっと武者震い。 朝市を出て、運転手さんが、異形な岩が並ぶ、袖ヶ浦にまず連れ て行ってくれた。 ますます寒い。 ここでかねてよりの、秘密兵器。東京で買って来た、対北陸戦用 の帽子を着用する! 耳も隠れて、あたたかい! 暖かいんだけど、ただでさえ丸い顔が、まん丸になってしまった。 笑いたい者は、笑うがよい! 私も笑いたいよ。 午前11時30分。運転手さんの案内で、「輪島屋」という漆器屋 さんに行く。喫茶店もあって、運転手さんがしきりに、ここのコー ヒーは絶品で、ババロアも美味しいと何度もいうので、乗ってみる。 もとより甘い話と甘い食べ物には乗りやすい。 メランジュ・コーヒーに、ババロアは本当に美味しかった。 コーヒーの器も、輪島塗の漆器なので、軽くて、薄くて、口当た りがいい。 何かひとつでも、輪島塗を買って行きたいと思ったのだが、いか んせん、輪島塗はその製作工程の苦労を知った上でも、値段がちと 高すぎる。 でもあまりの美しさに、何か買って行きたい衝動にかられる。 ハイカラなボールペンぐらいなら、買ってみるかと、値段を見れ ば、2万円! チョト待テクダサイ、日本ノミナサン!だ。 けっきょく輪島塗ができるまでの本だけ買って、店を出る。 さて、ここからナジミタクシー運転手さん・山崎さんの怒涛の観 光案内が始まる。 旅行好きの私が、へたばりまくったほどなので、早送りで紹介! ☆☆☆☆☆ まずはキリコ会館から。15メートルもある切子灯篭を肩に担い で練り歩く、能登半島一体の町に伝わるお祭りを展示してある場所。続いて、千枚田。実際は、2092枚ある。小さな田んぼが並ん だ段々畑のような水田が、海に臨んでいる。広さは、小学校の校庭 程度。実に小さい。 御神乗(ごじんじょう)太鼓発祥の地を見て、能登半島の海岸線 をひた走る。北陸の海は、鈍色を想像していたけど、エメラルド・ グリーンの透明度の高い海だった。まさに東山魁夷さん描くところ の海の緑だ。ちょっと感動。 町野(まちの)高校の前を通る。 3年前のドラフト会議で、1位に指名された、谷口投手の出身校 だそうだ。谷口投手といえば、うちの横浜ベイスターズじゃないの! これはうれしいじゃないの、よしよし! 谷口くんがもうちょっと 活躍してくれると、なおよし! さらに、上時国(かみときくに)家という、平時忠の子孫の家を 見る。築180年だそうだ。謁見の間とか、中納言、大納言という 言葉が昨日のことにように会話に出て来る、かやぶきの家。 もうどこを見物したのか忘れそうだよ。 元気だなあ、この運転手さん。 次はここへ! 次はここへ!と、機関銃のようだ。 私は日記が長くなるので、ちょっと嫌気がさしてくる。 書ききれなくなる。 八世乃洞門(やせのどうもん)と呼ばれる、通称・接吻(せっぷ ん)トンネルという名所を通る。映画の『忘却の花びら』の撮影隊 が来たせいで、こう呼ばれているだけで、正式名称ではないという。 正式なら、クイズ問題につかえたのに! 真浦海岸から、垂水(たるみ)の滝へ。 この垂水の滝は、風向きで、滝の水が舞い上がって、落下ではな く、上昇する珍しい滝だ。 しきりに運転手さんが、何年か前に『ウッチャンナンチャンの特 ホウ王国』で、この滝が放送されたということを繰り返す。 やはりまだまだTVの力は偉大だ。 ほかにも朝のNHK連続テレビ小説で、主人公がお母さんを追っ て訪ねてきたところが、ここだとか、いろいろTVネタを披露して くれたが、この運転手さん、ずっと説明し続けるので、2〜3個の 話を混ざって覚えてしまったと思う。 午後2時。少しだけお腹がすいて来たので、「庄屋の館」と呼ば れるお店へ。 ここまでなんと、輪島から、あれだけ見物しまくって、わずか2 時間半。こりゃ台風の移動速度でっせ! しかもタクシーは、上記の場所のほかにも、2〜4箇所停まった はずなんだけど、覚えていない。 「庄屋の館」で、いしり貝焼き鍋と、海藻しゃぶしゃぶと、大漁 丼、かぶら寿しを注文。 海藻しゃぶしゃぶは、やたらと美味しかった。 いかにも地で採れたといった感じの海藻の山を、酒かすが入った 出汁のなかに突っ込んで食べる。単純なんだけど、これが今まで経 験したことのない味わいと、食感でよかった。 大漁丼は、お刺身がたくさん乗っていて、寒ブリは昨日「加賀屋」 で食べたものより、何倍もおいしかった。 食後も、運転手さんは怒涛の勢いで、前進、また前進。 こっちはお腹がふくらんで、眠い、眠い。 ほとんど寝ている状態で、眺めのいいと呼ばれる崖に着いては、 寒い、寒いを連発しながら、景色を見たら、タクシーに戻って、す ぐ眠るの繰り返しになってしまった。 灯台やら、珍しい方式の塩田も見せてくれたのだが、学生時代の 5時間目の授業みたいにほとんど覚えていない。 午後3時30分。のと鉄道の終点、蛸島(たこじま)駅に着く。 無人駅どころか、改札も券売機もない。 乗ってから、整理券をもらうシステムのようだ。 なぜおなじのと鉄道なのに、輪島行きのほうだけ廃線になって、 駅員もいない駅が終着駅の側が残るのか? また話を蒸し返して、 すまぬ。 まったく納得が行かない。石川県民にとって、そんなに輪島は、 前世紀の遺物なのか? 午後4時。珠洲(すず)にある、宿「S」に着く。 「S」と書いたのは、ひどい宿だったからではない。 私と嫁が面食らいまくったのだ。 それを少しずつ語っていくとする。 この「S」は、すべての私たちの概念から外れている。 本のなかでは、何度も読んだことがあるけど、私たちは絶対行き たくないような宿だったのだ。 その宿は、珠洲駅からかなり離れた山の中にあって、たっぷり雪 が降り積もった、狭い農道を走って行った先にあった。 まわりは全部雪に囲まれていた。 大きな犬が一匹、走りまわっていた。 一瞬、たどり着いたときに、これはランプの宿じゃないだろなと 思った。こう思った瞬間から、考え方、感じ方が、限りなくマイナ ス思考へと転げ落ちて行った。 いや、この宿の名誉のために言っておくが、この宿に感動する人 のほうが圧倒的だと思う。 何度も何度も泊まりに来る人も多いと思う。 アウトドア派、廃屋の家に泊まるのが好きな、私の相方・えびな みつるに教えてあげたら、毎年来てしまいそうだ。 問題はいかに、そういう素晴らしい旅館が、自由業という砂糖水 のなかでどっぷりと生きて来た人間にとって、いかに対極側にある かということを少しずつ、実況検分して行きたいと思う。 笑えるよ! まず部屋に通されると、そこには囲炉裏が。小さな薪ストーブが ひとつ。炭の赤い遠赤外線がきれいなのだが、寒い。炭特有の顔は 熱いけど、背中は寒いってやつだ。 板の間がすでに寒い。 靴下をはいてても、寒い。 都会の暖房になれきった私は、エアコンを探すが、そんなものな どあるわけがない。 ひょっとして、炭だけ? その炭だけのようだ。 囲炉裏の上の中2階のような部屋を、私たちの部屋だと言われる。 2階まで上がる。 はっはっはっは。これは、坂本竜馬が「こなくそ!」と叫びなが ら、暗殺された京都近江屋の小さな部屋じゃないの!〜と、言うぐ らい小さい。 6畳の部屋に、小さな小さな布団が、2組すでに敷かれていた。 しかも1階より、さらに寒い。 部屋に暖房器具が…、あるわけがない。 下の囲炉裏にある炭の温度が上昇するから、それで十分なのだと 「S」の従業員は言った。 でも寒いよ! どうせこの地方で生きているあなたたちには、寒 くないのだろうけど、お客さんはこっちなんだから、寒いか? 暑 いか?の決定権は、こっちにあるんでないかい? 私はそういう宿がと〜〜〜っても、大嫌いだ! 本気で、宿泊費を払って、ほかのホテルに移ろうかと思った。こ の時点で。 しかし、このあと起きる素晴らしい世界に、フリーライター魂を ゆさぶられてしまった。 これはとことん、とんでもない目に会って、読者に伝えたい! 伝えようじゃないの! 私とこの宿のミスマッチを! ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ! さあ、一挙に、アップテンポの曲を行くぜ! みんな、総立ちで答えてくれよ〜〜〜! まずVAIOを立ち上げた! インターネットを接続だ! すぐ切れる! まさか通じない? まあ、PHSで接続だから、こんな人里離れ たところじゃねえ! って、おい! 携帯も圏外かよ! 嫁の携帯 がまったく圏外! 私の携帯がかろうじて、方向によって、2本ぐ らいアンテナが立つときがある。 よし、こっちを向いて、戸田圭祐に連絡を入れよう。 繋がった! 「私だ。業務連絡を一方的にいう。携帯電話の届かないところに来 て…」。ここまでしゃべって、切れた。3秒か、4秒だったぞ。 このダイング・メッセージのような言葉だけで、戸田圭祐なら、 伝言してほしい人に、伝言してくれるだろう。 戸田圭祐のホームページの伝言板にも書いてくれるだろう。 そういうところは、頭の働く男だ。 そういえば、TVがない。 TVが見れないんだよなあ! ふっふっふ。ふっふっふ。私が横浜ベイスターズの様子を知るこ とが出来ない状態に陥ると、ほんとに頭来るよ! 新聞もないなん てことは言わないよね。 言わなかったけど、新聞はなかった。 いわゆる、時を忘れて、自由な時間を味わってくださいって、宿 だな、こいつは〜〜〜! まさか、日本びいきの外人旅行客なんか来てねーだろな! 来てた…。 しかもカップルで…。 やたら、輪島塗にくわしい外国人だ。 やだやだ。親切な日本人の縁起をしないといけないじゃないの! やだよ。こういう美しい場面。 とどめに、きょうの宿泊客は、この2組だけのようだ。とほほ。 風呂でも入るよ。 この宿に決めたのは、輪島塗のお風呂がある、小さくても贅沢な 宿というから来たのだ。時間を贅沢につかえる自由は、いらないん だよ。毎日1時間散歩できる時間があるだけで、私は十分贅沢を感 じてるんだから。 おっ! 風呂は確かに、輪島塗だ。 やった。よかった。 これで、これから幸せの世界へ、一挙に逆転だ! ざざざざざざ〜〜〜っ。 こんなにお湯があふれちゃって、贅沢だね〜。 あの川島なお美が、映画『卍』で横たわっていた、あんな感じの お風呂だよ、黒塗りで。豪華な風呂だろ。 川島なお美とおなじポーズ取ろうか。気持ち悪いぞ! 風呂からは、雪景色の林が見える。 まだ夕方だから、一面の白い雪が本当にきれいだ。 よくぞ、湯の国・ニッポンに生まれけり。 さあ、頭洗うぞ。 シャンプーはどこだ? 無いぞ。おい。またまた冗談を。 おお! ちゃんとボトルがあるじゃないか! 外国製のシャンプーは要求しないよ。 安いシャンプーでも怒らないよ! ん? 粉シャンプーって書いてあるぞ。 何だ? 粉シャンプーって? 昭和30年代に、粉石けんってのがあって、わびしかったぞ! おおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜! まて、まて、まて、まて! 私はこんな能登半島まで来て、さだまさし主演、共演・モト冬樹、 でんでんのダスキンのあの長いコント形式のTV−CMやってるん じゃねーだよ! 粉シャンプーなんて、生まれて初めて見たよ〜〜〜! もう驚かないぞ! こんなすごいもの見てしまったんだから、も う二度と驚かないぞ! おい、おい、髭剃りも無いのかい? ははははは。驚かないよ。 髭剃りも無いってことは、風呂場に鏡もないってことだろ? 全然驚かないよ。 どうせこの調子じゃ、歯ブラシも無いっていうんだろ? 本当だ。 驚かないよ。ちょっと驚くことに疲れて来たけど。 午後6時30分。外国人さんといっしょに食事だよ〜。 いきなり、おそばが出る。 おそばというのは、ふつう料理の最後に出るものだ。 ってことは、おそば1枚だけかい? やだよ。ここは絶対歩いて人家の見えるところまで行けないよう なところなんだから。夜中にお腹すいたら、吼えちゃうよ! ただ、おそばは美味しかった。 美味しいとわかる頃には、次の料理が出て来た。 自家製のおぼろ豆腐だね。 美味しいじゃないか! 料理はいいよ。でもこうやって食べているときも、寒いのよ。 このあと中二階のような部屋に戻るの、イヤだよ。 料理美味しかったのに、どんな料理が出たか、忘れた。 写真のほうを見て。 午後8時。この時間で、TVが無い、CDが無い、インターネッ トが無いとしたら、みんなはどうする? 本を読むよね。灯りは行 灯みたいなのがひとつしかないのだ。 本を読むのには、暗い。 でも本を読むしかない。しかも布団のなかで。 布団から出て、本を読むと、とても寒くて、読んでられないのだ。 布団のなかで、本を読む。 しばらくすると、パジャマ姿で、本を読んでいては、寒いという ことに気がつく。 ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホン、ゴホン、ゴホン! 咳をする回数がどんどん増えて行く。 けっこう私のことに詳しい人は、脳内出血で倒れて以来、寒いと ころが危険ということを、私から聞かされている人は多いと思う。 今そこにある危機に、直面しているのである。 トイレに行きたくなった。 囲炉裏のある部屋から、廊下に出ると、キーーーンと頭が痛くな る。寒さのせいだ。あの脳内出血で倒れたときの、異常な寒さとお なじだ。あの寒さとおなじ温度を味わったときは、緊張で今も足が がくがくする。 足が、ガクガク震える。吐く息が白いぞ。 トイレまでが長い。 過剰なサービスをしないのが、この宿の売り文句なんだそうだ。 サービスと、寒いトイレは別ではないのか? あんたたちは平気かもしれないけれど、老人はこの寒さで簡単に 倒れることができるぞ! 私はもう一度、脳内出血で倒れたら、命が無いといわれているの だ。その男があのときとおなじようなトイレに向かっているのだ。 まあ、こうして今も日記が書かれているわけだから、私は生きて いるわけだ。でもこの日のことは絶対忘れないよ。 何もできないから、午後8時に寝るしかなくなった。 しかもパジャマ姿では、寒すぎて眠れないので、ついにパジャマ の上から、いつも着ているトレーナーも着用することにした。もち ろん靴下をはいて。 これなら寝付くことができるだろう。 寝付くことはできた。 もちろん、1時間程度で目が覚めた。 この続きは、また明日の未明に続く…。
-(c)2000/SAKUMA-